冒険録55 ヒロインはフワフリスケを手に入れた!

 本日の就寝しゅうしんスタイルが川の字に大決定してしまった後、俺たちはヤスから宿について諸々もろもろの説明をしてもらっていた。こうして見ると、ヤスでもそれなりに従業員やれてるんだなぁ、と少し感心する。


「――あとは風呂かな? 今日はつかれてるだろうし、ゆっくりつかかるといいよ」

「ええっ、湯船があるってことですかっ!?」「おっふろー!」

「うおとと」


 お風呂と聞いて、夕がその蒼黒そうこくひとみかがかせてヤスへグイグイめ寄る。言われてみれば、この街は西洋風の文化なので、日本のように湯船に浸かる習慣はなさそうに思える。


「ははは、そりゃ女の子だしメッチャ気になるよね。ここの人らは大衆浴場に行くんだけど、こっからだと地味に遠いし面倒めんどうだなと思ってさ? そんで空いてた特大の酒樽さかだるを湯船代わりにしてみたら……これが結構イケル! お客さんの評判もいいんだぜ?」

「樽風呂! すごいです! ヤッスさん最高ですっ! サッスです!」


 夕はハイテンションになって拍手はくしゅたたえている。


「ンまぁ、坊主ぼうずにしたら上出来だナ?」

「ぼーずもやるのー!」

「へっへ。偉大な僕をもっとめていいんだぜぇ! さぁさぁ!」

「調子こいてんじゃネェ!」

「ふぐぁ」


 ドヤ顔で両手を広げるヤスの頭へ、バコスナックルが振り下ろされる。ここではバコスさんが代わりにツッコミ入れてくれるから楽だなぁ。


「――そうだヤッス。風呂ついでに着替きがえたいんだけど、何か適当に貸してくれんか?」

「イツツ……ああ、そんくらいお安い御用――ってかもう、タンスにあるの好きなん着てくれ」

「サンクス」


 ヤスとは体格も結構近いので、こういう時は助かる。


「んと、あたしが着られるのは……流石さすがにないですよねぇ?」


 すまなそうな顔をするヤスに、夕は自分の服をチョンとつまんで小さく溜息ためいきらす。夕とヤスは四十㎝程も身長差があるので、無理やり着ても歩くだけでずり落ちるだろう。そもそも、ヤスの服を着させることに割と抵抗ていこうがあるな。


「――わしが貸してやろうか?」

「「「えっ!?」」」


 そこで夕の体格から一番遠い人の声がかかり、一斉いっせいおどろきの目を向ける。二mを超えるバコスさんなので、半袖はんそでシャツでも夕にはロングワンピースになってしまうだろう。


「……おい、儂の服じゃねぇゾ? んまぁ来ナ」


 本人の服ではないと分かり、一同ホッと息をつく。デスヨネー。

 バコスさんは隣の部屋へドスドスと入って行き、連結した奥の部屋でガサゴソした後に戻ってくると、


「嬢ちゃんにはチィと大きいかもだが……男もんよりゃ、ナ?」


 そう言って薄手うすでの白い寝巻ねまきを夕にわたしてきた。


「ふわぁぁ、すんごく可愛いナイトローブ!」「ふわふわふりふりー! おそろいなのー!」


 広げられた服を見て、女の子二人が目を輝かせる。


「……でも、こんな上等な物をお借りしていいんです?」

「ウム。嬢ちゃんには……ダロウ?」


 ニヤリと笑うバコスさんを見て、夕は一瞬驚いた後にお礼を言うと、うれしそうに服を身体に当てる。それは少し大きめだが問題ないサイズで、夕にとても良く似合いそうなんだが……気のせいか、微妙びみょう生地きじけてない? こんなん着て大丈夫? 主に俺がっ!!!


「いやぁ、まさかマスターにこんな趣味しゅみが――」

「こんのボケ坊主がっ!」

「ぐふっ」


 いらぬ想像をしたヤスが、いつも通りゲンコツを頂戴ちょうだいしている。


「こいつぁ昔に、宿泊客のわけぇネェちゃんが、飯代として泣く泣く置いてったんダ」

「え、食い逃げしようとして捕まったとか?」

「いやいや、ねぇだろ……」


 いくら何でも、このいかついバコスさんを見て食い逃げしようとする命知らずは居まいて。


「それがナァ……今日はアタシのおごりよ! とかさんざ乱痴気らんちきさわぎした挙げ句、つぶれて有り金スられやがってナ? 気のいいネェちゃんだったし気の毒たぁ思ったが……まぁこちとら商売なんで、払うモンは払ってもらわネェとと」

「おうふ……」「こわぁ……」「ほへぇ」


 それは何とも恐ろしい話――というか他人事ではなく、大金を持ち歩いている俺も十分に注意しないといけないな。日本のように治安の良い国など、そうそうないのだから。




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