第7章 月と金星と家族風呂

冒険録54 白くて良い夢を見られるブツが足りないぞ! (挿絵有)

 突如とつじょ現れた刺客しかくからホリンをかばって致死毒ちしどくを受けた俺だったが、たよれる娘たち――天野あまの夕星ゆうづ妖精ようせいルナの願いの力によって、こうして無事に復活をげた。

 それでいこいの宿屋バコスの店内に戻った俺たちは、ヤスが突貫とっかんで用意してくれた客室へと向かうべく、酒場奥のおもむき深い木製のL字階段を上っているところだ。


「二階には八つ部屋があって、六つは客室。んで大地らがまる部屋はこっちな」


 ヤスの先導に従って、左右に真っ直ぐびる廊下ろうかのうち左側へと進むと、両側に部屋が二つずつ設けられていた。一階との位置関係からすると、カウンター奥の厨房ちゅうぼうの上にあたるだろうか。

 ヤスが左手前の部屋のとびらを開いて中に入ると、俺たちも続いて入室する。その部屋は四〜五m角――十畳じゅうじょう以上の広さであり、四隅よすみと中央の丸テーブルに置かれたランプが、落ち着きのある橙色光とうしょくこうで部屋を照らしていた。正面奥の煉瓦れんがの壁には窓が二つ設けられているので、朝に窓を開ければ東から陽光が差し込むことだろう。


「ひろいのー!」

「わあ~、素敵なお部屋をありがとうございます!」


 先ほどヤスが頑張ったのか、男部屋としてはずいぶんと整理整頓せいとんされており、女の子基準でも合格レベルのようだ。それを聞いたヤスは、ホッと胸をで下ろしている。


「それとヤッスさん……無理させちゃってすみません」

「ハン、坊主ぼうずにはもってぇねぇ部屋だ、気にすんナ!」


 そこで俺にとって重要案件となるベッドの数を確認すると、簡素なベッドが窓の下に一つえられているのみ……こりゃ俺は床で寝るしかないな。

 そう考えていたところで、夕がベッドにちょこちょこと寄って腰掛こしかけると、


「ん~、ちょっとせまいかもだけど、あたしとお兄ちゃんならられるね!」


 元気よく両手を上げてそうのたまいよった。


「るなもー!」

「うんうん、川の字だね!」


 ルナまで三人で寝る気のようで、夕のかた一緒いっしょにバンザイをしてはしゃいでいる。


「いやいや何言ってんの!? 夕がベッドで、俺は床で寝るに決まってんだろ」

「んもぉ、お兄ちゃんこそ何言ってんのよ! こんなかたい床にじかで寝たら体こわしちゃうわよ?」

布団ふとんけば平気だろ。……なぁヤッス、すまんけどもう一組持ってきてくれるか?」


 宿屋を経営しているなら、当然布団のえがいくつかあるはずだ。


「うん。倉庫に――」

「ぐおっほんぬ!!!」


 そこでバコスさんが咳払い爆音でヤスの発言をさえぎり、


「すまねぇ、それしかねぇんダ! ちゅうわけで、寝台しんだいで兄妹仲良く寝てくんナ!」


 そう言って夕へウインクを飛ばせば、グッとサムズアップが返る。……くっそぉ、バコスさんまで夕サイドかよ! ――となれば、残された味方である売人ヤスと裏取引だな。


「(なぁヤス、白くて良い夢を見られるブツ、ほんとはあるんだろ? 後でこっそり回してくれよ?)」

「(すまん大地……ボスにバレたら僕の命がないんだ……ここは二人で分けて使ってくれ……)」

「(ちきしょう!)」


 裏取引失敗! 使えない売人だな! ……んー、でもやっぱヤスはノリいいなぁ。


「……あーはいはい、分かったよ。俺もベッドで寝りゃいいんだろ!」

「よろしですし~♪」「ですしー!」


 一対四のパーフェクト四面楚歌しめんそか状態でははなから勝負にならないし、それにこのまま言い合いを続ければ、夕まで床で寝ると言い出しかねない。……あと夕、カレンのモノマネするのほんとヤメテ! となりの妖精さんの教育にも悪いぞ!


「うふふふふ。これは楽しい夜になりそうね、お・に・い・ちゃん♪」


 そして夕は少しあやしい笑みをかべると、ホラー映画の黒幕系幼女が言いそうな台詞せりふをとても楽しげに言ってきた。こちらとしては、「こんなところに二人で寝られるか! 俺は外で一人で寝る!」とでも言い返してやりたいもので……ああ、果たして俺は無事に朝をむかえられるのだろうか。




【願いの力:259/259(+4)】



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 酒場&宿屋の間取りを描きましたので、参考にどうぞご覧ください。

https://kakuyomu.jp/users/mochimochinomochiR/news/16817139558613015500

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