冒険録52 主人公の背後に魔の手が迫ってきた!

 夕とルナのおかげで九死に一生を得た俺だったが、残念ながら完治には至っていないようで、まだ少し足にしびれが残っていた。転べばまた心配をかけるので、もう少し座って休んでおくとする。


「団長! ご無事で!」


 そこでホリンの部下と思われる三人が、騎士風のよろいをガシャガシャ鳴らしてんで来た。門番姿の団長よりも立派な装備なのが、何だか可笑おかしくなってしまう。


「おう。向こうに転がってる二人、しばって連行しとけ」

「ハハッ! 逃げた刺客しかくはすでに部下達が捜索そうさくしております!」


 そう告げる間にも、後ろの騎士二人が黒装束くろしょうぞく達をなわで縛り上げている。


「うむ。やはり副団長は仕事が早いな」

「ホリンさまぁ――コホン。おめに預かり光栄であります!」


 そうか、俺が死にかけている間に、ホリンが何らかの手段で連絡していた訳か。あとこの副団長さん、かぶとで顔は見えないが……女性なのかな? ハスキーな声が一瞬だけみょうに……気のせいか?


「我々はこれにて失礼いたします!」


 副団長さん達が走り去って行くのを見ていたところ、


「――治すのはこのぼうやでして?」

「んなっ!?」


 突如とつじょ耳元に女性の声がかけられ、慌てて反対へりつつり向く。するとそこには、茶の肩掛かたかけローブをまとった妖艶ようえんな女性が前屈まえかがみに立っており、手元の短い杖を向けながら俺をのぞき込んでいた。どうやら一瞬で背後に現れたのか、夕やバコスさんも全く気付かなかったようであり、俺同様に驚愕きょうがくの表情を見せている。


「どっ、どちら様で?」

「あら、ピンピンしていますわね。てっきりお亡くなりか、良くて瀕死ひんしかと思っていたのですけれど……鳥兜とりかぶとの毒で間違いなくて?」


 色々と豊満なその女性は、さらに俺へ顔を近づけて不思議そうにしているが……お願いだからそんな胸元の開いた服で屈まないで欲しい。すごく目のやり場に困る。


「おう、そのとなりにいるらが治した」

「な、なんですって! ……むむむ、確かに毒と魔法の痕跡こんせきがありますわ。でもこのような幼いがどうやって……」


 女性は矢を受けた俺の右腕を杖先でツーと撫でてそう言うと、次いで夕を横目で見ていぶかしげに首をかしげる。


「なんでルケー、帰っていいぞ。ご苦労さん」


 ホリンが物凄く嫌そうな顔でそう言って、シッシッと手を振ると、


「まあ! まあまあまあ! こんな夜分にわたくしを呼び付けておいて、何てひどい言い草ですこと! 『どんな手を使ってでも助けろ』とのご要望通り、土魔どま秘蔵の特級触媒しょくばいまで用意してきてあげたのですよっ!? 代わりにその口が毒をかないよう、永久に閉じてあげようかしら!?」


 ルケーと呼ばれた女性は、ホリンの顔に杖を突きつけて文句をまくし立てる。こうしてルケーさんが怒るのもごもっともで、流石さすがにこのホリンの対応はあんまりだと思う。


「ヘイヘイ、悪かったよ。でも使わずに済んだんだから、別にいいだろ?」

わたくしが言っているのは、そういうことではなく……はあ、まったくホーちゃんは……」


 ルケーさんはヤレヤレと首を振っているが、何故なぜかそこまで腹を立てていないようにも見える……ような?


「――まあ良いですわ。ですが、もちろん貸しにしておきましてよっ?」

「ちぃっ……わぁってるよ! ほら、後は水槍すいそうに任せてアンタはさっさと帰ってくれ!」

「んまっ、言われずともおいとまいたしますわ」


 そこでルケーさんはするどい目で夕を一瞥いちべつし、


「……でもその、きちんと調べておきなさいね?」


 そう言いながら手元の杖で宙に素早く五芒星ごぼうせいを描く。すると足元に黄土色にかがやく大きな五芒星が現れ、「ごめんあそばせ」の言葉と共にその姿が一瞬でき消えてしまった。まるで物語に出てくる魔女のようだが、言動はとてもお上品……お嬢魔女?


「だはあぁぁぁ~~~」


 ルケーさんが消えた途端とたん、ホリンから盛大な溜息ためいきれ出る。


「あの方が、土間騎士団の団長さんですね?」

「んむ……刺客しかくと戦うよりよっぽどつかれるぜ」

「あはは……」


 ああ、ホリンの天敵でいじめっ子の女性ひとか……道理で対応が超トゲトゲしくもなる訳だ。でもさっきの会話からすると、そこまで苦手な人に頼んでまで、俺を助けようとしてくれたんだな。


「……あー、それでユウヅよ……あのダイチを治した黄金の光は、魔法……なのか?」

「えっ!? あ、の、それわぁ……」


 ルケーさんからの流れで始まったホリンの事情聴取ちょうしゅに、夕はおろおろしながら俺を見てきた。願いの力はこの世界の魔法とは全然違うもののようだし、正体不明の魔法を使う危険なやからと思われてしまっては困る。しかも、騎士団長達は日本で言えば警視総監けいしそうかんのようなもので、最もあやしまれるとマズイ相手だろう。


「――あ、いや、言いたくなかったら別にいい!」

「……いい、のか?」

「そりゃ王都を守護する者として知っておくべき案件ではあるし、あの女にもくぎされたが……それで命の恩人のアンタらをどうこうするような薄情はくじょう者じゃねぇさ」

「え、でも――」


 詮索せんさくされないのは助かるのだが……ホリンは公私の区別をしっかり付けるタイプなので、そこを情で曲げてしまっても良いのだろうか。それに後でルケーさんにしかられてしまうだろう。

 そう不思議に思ったところで、ホリンが「まぁ続きを聞け」と言わんばかりに手の平を向けてくる。


「それを抜きにしてもな? 会ったばかりのオレを命張って助けてくれるような、バカが付くほどお人好しなダイチとその妹が、その不思議な魔法で悪さなんて絶対するはずがない。それが騎士団長であるオレの見立てであり……オヤッサンも、だよな?」 

「ガッハッハ、ちげぇねぇ! 坊主ぼうずに続いて小僧こぞうまで救っちまったからなぁ!」

「ホリン……」「バコスさん……」


 力についてとがめられなかったことよりも、ホリンとバコスさんから信頼しんらいしてもらえていることが、とてもうれしく感じる。


「ま、あの女には、オレが上手く言ってなんとか…………なるかなぁ? ――いや、なんとかする!」


 そう叫んだホリンは、まるでドラゴンに立ち向かうかのような勇ましくも険しい表情であり、本当にルケーさんが苦手なのだろう。俺にとっては、和解する前のカレンのようなものか。


「やっぱり素直さって大切よねぇ」

「ガハハ、ちげぇねぇナ」


 そこで夕がボソッとつぶやき、バコスさんはグッと親指を立てるのだが……意味の分からない俺とホリンは首を傾げる。


「だからテメェは小僧なんだよ!」「うふふ。にぶちんのお兄ちゃんらしい」

「「ええ……」」


 そして、にぶちん小僧の不名誉ふめいよを授かった俺達二人は、顔を見合わせてかたをすくめるのであった。




【240/240(+3)】

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