冒険録48 妖精さんが消えてしまった!

 そうして三人ときどきヤスでバコス焼きをかじりつつ話に花をかせていたところ、ホリンがクリウスさんとの商談バトルについて聞きたがったので、一部始終を話してあげた。


「そうかぁ~、あのクリウスがなぁ! くっそぉ~、オレもそのあわてふためく顔見たかったぜぇ……あいつには昔まんまとやられてなぁ! ダイチも危ないとこだったんだろぉ?」

「ええ、そうですね」

「そんでオレが文句言ったらなぁ、『ホリンはんがこれでええちゅうたんやさけ、後からなんぼ言われてもあきまへん』だとよ! あ~~、思い出しただけでも腹が立つ! なぁ!?」

「ええ、そうですね」

「つってもまぁ、金にはガメついが、根は悪いヤツじゃねぇ……ユウヅもそう思ったんだよなぁ?」

「ええ、そうですね」


 ホリンはだいぶ出来上がっているようで、平常時よりかなり饒舌じょうぜつだ。夕が完全に相槌あいづち担当に……とは言ってもいやがってはおらず、普通に楽しんで話を聞いている。


「――にしてもよぉ、ユウヅはほんと大した子だぜぇ、いやぁスゴイっ! クリウスのやつが勧誘かんゆうするのも分かるってもんだ! オレも妹に欲しいくらいだなぁ!」

「も、もぉ~ホリンさんってば……飲み過ぎですよ?」

「んなことは~ないぞぉ? まだまだ飲みたりねぇ!」


 なるほど、これが世に聞くから上戸じょうごというやつか。


「おいダイチ! アンタも兄として鼻が高いだろぉ?」

「え、俺?」


 今度は俺が絡まれてしまった。


「だろぉ?」

「ん……そうだな!」

「だろぉ!」


 本当は兄ではないが、夕を自慢じまんしたくなる気持ちは大いにある。夕が他人ひとほめめられると最高にうれしいし、今も口元がゆるむのを我慢がまんしているくらいだ。


「ちょっ、お兄ちゃんまで!? 身内自慢なんてずかしいからヤメテよね!? ……そりゃぁ、そう思ってくれてうれしいけどぉ……ごにょごにょ」


 夕はほおめて両人差し指をツンツンさせ、何やらつぶやいている。


「――ん?」


 そこで、俺の胸ポケットが突然とつぜんモゾモゾしだして――マズイ、ルナ眠り姫が起きたか?


「ふわぁ~おはよ――っわぷ」


 案の定とルナが胸ポケットから飛び出そうとしたので、慌てて手の中につかまえる。


「ん~、いま何か……」

「気のせいじゃ?」


 ホリンは目をこすってこちらを見ているが……すぐに自分のジョッキへと視線をもどした。ぱらって見間違えたと思ってくれたようだ。

 俺は後ろを向いて夕と肩を寄せ、包囲した状態でそっと両手を開く。


「(ルナちゃん、もぉちょっとだけ大人しくしてて欲しいな?)」

「(えー! ままとぱぱ、おいしそーなのたべてたのー! ずるいのー!)」


 姿を見られてはいけないと一応は理解しているようで、小声で話してはくれるものの……それはさておきご飯食べたい、とのことらしい。不死身なので餓死がしはしないはずだが、食欲があるとなれば腹ペコのままは辛かろう……とは言え、テーブルに出す訳にもいかない。


「(まだお店に人がいるから、我慢して、ね?)」

「(むぅ~~! いいもん! 【るなきえる!】)」

「「!?」」


 その瞬間、本当にルナの姿が消えて無くなった。


「えっ、うそうそ、ルナちゃん!? どどど、どこいったの?」


 すると夕は半分パニックになってしまい、愛娘まなむすめを探しておろおろと両手を胸の前でふらつかせている。


「……どしたぁ?」

「えと、場の空気に当てられて酔ったんかな?」

「そうかぁ。ユウヅもみゃぁいいのになぁ」


 幸いにも、へべれけホリンはあまり気にしていないようだ。


「(夕、落ち着けって。身体が透明とうめいになった、とかじゃね?)」

「(あ、そっか……)」


 ルナ自身も願いの力を使えるのだから、ルナが透明になれると思ったのなら、きっとなれるはずだ。


「――っんひゃあぁ!? っおっほん、なんでもないですわよぉ~?」


 そこで突然夕が耳をさえて可愛い悲鳴を上げ、大慌てで誤魔化ごまかしている。


「(るなだよぉ~♪)」

「(んもぉっ!)」

「(いひひ~♪)」


 どうやらステルス妖精さんが夕の耳にイタズラしたらしい……困ったお転婆てんば娘だ。ただまぁ、この状態なら多少自由に動いても大丈夫か。


「(ルナ、静かに食べるんだぞ?)」

「(はーいなのー)」


 それで妖精と言えばちょうのように花のみつを吸っているイメージがあるが、うちの子は何を食べるのだろうか。そう思いつつテーブルを見ていると……俺のジョッキ内のむらさきの水面がれ始めた。お求めはブドウジュース、果実水も花の蜜のようなものだしな。

 続いて、バコス焼きに乗っていた小さな肉片がコロンと転がり……徐々じょじょに体積を減らしていった。うちの子は肉もいける口らしい……結構ワイルドな妖精さんだな。

 そして最後にブドウジュースに再度立ち寄った後、


「(むふー! おなかいっぱいなの~)」


 ルナは満足げにそう言って胸ポケットにすべむと、透明魔法を解いてくつろぎ始め……やがて船をぎだした。うむ、子供はよく食べよくねむれ~。


「(うふふ。パパの胸ポケット、完全にルナちゃんの寝床ねどこになっちゃったね)」

「(はは……こんなとこでよけりゃ、いくらでもどうぞってな)」

「(おお~、あたしも小さくなれたら入るのになぁ~――の前に……)」

「(ん?)」

「(うふっ、な~いしょ♪)」


 首をかしげる俺に向かって、夕はそのつややかなくちびるに人差し指を当てると、クスクスと楽しそうに笑うのだった。




【210/210(+4)】

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