冒険録47 酒場にイカヅチが降り注いだ!

 俺たちは食べかけのバコス焼きピザを片手に、かねの鳴った入り口へと目を向ける。するとそこには日に焼けた青年が二人立っており、空き席を探しているのか店内をキョロキョロ見回していた。格好からすると農作業を終えてそのまま訪れたようであり、首にけた手拭てぬぐいやヨレヨレの衣服やくつにはところどころ土が付いている。


「おーいおい、農民が入ってきたぞ。入る店間違えたかぁ?」

「うっわ、きったねぇ格好で来やがって。飯が不味まずくなるよなぁー」


 そこで背後から発せられた声に後ろの席へ振り返れば、身なりの良い男達が不快感をあらわにしていた。それを聞いた入り口に立つ青年二人は、たがいの服装を見てとても気まずそうにしている。確かに服装マナーはあるかもしれないが……あまりに品の無い言いようで、一体どちらがマナー違反いはんやら。まともなのは服装だけだったか。


「……馬鹿なヤツらだ」


 そこでホリンがヤレヤレと首を振ってつぶやくと、


「夕ちゃん、軽く耳ふさいどいた方がいいよ」


 ヤスがそう続けて自身の耳に手を当てた。一向にののしりを止めない男達をにらんでいた夕は、不思議そうな顔に変えつつヤスに習う。


「ハハッ、小汚こぎたない農民はどうせすぐにつまみ出されるんじゃね?」

「だなっ、区画路の奥へポイっとな? おーい大将さ――」

「だまれぃ小童こわっぱ共が!!! 服ぐれぇでガタガタかすんじゃねぇ!!!」

「「「っ!?」」」


 そこでバコスの雷鳴のごと一喝いっかつとどろくとともに、その巨腕きょわんがカウンターをしたたかに打つ。


「このバコスの酒場は万人ばんにんに開かれたいこいの場っ! 誰が来ようがテメェらごときが文句たれる筋合いはねぇ! そもそもこの店の食材はこいつらが丹精たんせいめて作ったもんだ、テメェらこそ感謝しながら食えってんでぃ! もしチィとでも残してみやがれ、そのロクでもねぇ舌引き千切んぞ!!!」

「「「ヒィッ」」」


 店内と鼓膜こまくをビリビリふるわす小気味良い啖呵たんかに、身なりの良い男達が口をつぐんで縮こまった。すると息をんで見守っていた他の客達が誰からともなく拍手はくしゅし始め、となりの夕も耳から手をもどしつつ「しゅごぃ……」と感嘆かんたんの声をらす。接客業を営む店主とは思えない豪快ごうかいさと迫力はくりょくであり、ホリンが絶対に怒らせるなと言って恐れていたのも分かるというものだ。これがバコスさんの「怒る」だとすると、普段のヤスへのバカでかい怒声どせいもバコスさん基準では「めっ!」程度のつもりなのかもしれない……俺らからすれば「メッ!!!」てなもんだけどな。

 そこでバコスさんは男達を再度睨みつけてフンと鼻を鳴らすと、入り口でぽかんとする青年達に近付いて行き、


「……あー、気ぃ悪くせんでくれナ?」


 豊かな口ひげをさすりながらそう言った。


「とんでもねぇだ! 大将がおでら農民のためにこうまで言ってぐれて、感激だぁ~」

「ハン、たりめぇのこと言ったまでだ。……ま、うそにならんよう、またうめぇ野菜頼むゼ?」

「「わかっただ!」」


 いかつい顔から放たれる小粋こいきなウインクに、二人が尊敬の眼差まなざしを向けて頷く。その一部始終を見届けたホリンは、ヒュゥと口笛をくのだった。



   ◇◇◇



 追加のバコス焼きが来る頃には、後ろの身なりの良い男達も居なくなっていた。ヤスが片付けている皿は綺麗きれいサッパリ空になっており……バコスサンダーの直撃がよほど効いたと見える。

 それで周りの席も空いたということで、先ほどの件で気になったことを聞いてみることにする。


「なぁホリン、ちょっと聞き辛いんだけどさ……農民の人達ってのは、いつもああいうあつかいを受けてるのか?」

「ん……最近は農地改革も進んで余裕よゆうができた農民も多いが、一昔前は王都に住むだけでやっとという貧乏人びんぼうにんばかりでな? あと、利便性りべんせいもあってだが、安全性が低い代わりに地価が安い外側の区画に住んでる。それでさっきのヤツらみたいな無駄むだ選民せんみん意識の強い小金持ち連中からは、こうしてさげすみの目を向けられることも度々たびたびあるな」

「ふむ……」


 現代では農家だからと言って蔑まれることなどないし、むしろ最先端さいせんたん技術を用いた大規模経営で莫大ばくだいな富を築く農家もあるくらいだ。だが、ここの文化・技術レベルでは、必然的に生活水準が低くなってしまうようだ。


「……共に同じ王都に住む人間だというのにな。実におろかな連中だ」


 ホリンはジョッキをぐいとあおって空にすると、フロアのヤスに追加の合図を送る。


「ホリンさんはその……貴族、なんですよね? 騎士きし爵位しゃくいの?」


 今は門番ホリンなので、聞かれてはマズイ可能性もあると思ったのか、夕は小声でそうたずねる。


「一代限りだがな? ――んでユウヅは、そんなオレがなぜ農民のかたを持つのか気になってる訳だな?」

「っあ、ええと……はい。不躾ぶしつけな質問でごめんなさい」

「ハハハ、謝ることじゃねぇよ。ユウヅはほんと真面目まじめな子だなぁ」


 夕はプライベートに踏み込みすぎたと焦ったようだが、ホリンは全く気にしていない様子。


「んでオレは、貴族にしてはめずらしく徳の高い人間――てな訳でもなくてな? 生まれが農民で、同じような目にってきたから気持ちが分かるってだけだ」

「「……」」


 想定外のヘビーな回答に、なんとコメントして良いか分からず、夕と顔を見合わせる。


「おっとすまん、こんな話されても――」

「えっ、お前農民出身だったん? マジかぁ、大出世じゃん! おいおい、どうやったんだぁ? お・し・え・ろ・よー!」


 そこでお代わりを持ってきたヤスが会話に混ざると、空気が一瞬で軽くなった。これもある種の才能かもしれない。


「ったくお前は……んまぁ、簡単に言うと、槍術そうじゅつ大会で優勝したら王様が騎士にしてくれた。それで生意気な農民出身騎士にっかかってくるヤツも大勢いたんで、全部腕っぷしでだまらせてたら……気付けば水槍すいそう騎士団の団長になってた。ま、実力主義の組織だからな?」


 コネにたよらず実力のみで一農民からのし上がったたたき上げ団長様……なるほど、ホリンがこうして気安く接してくれる理由が分かった気がする。


「ふーん。んじゃ団長らの中では誰が一番強いんだ? つまり国最強のヤツ!」

「それは分からんな。五人とも武器が違って相性があるし、それに戦う環境かんきょう次第しだいでいくらでも変わるだろ?」

「……どゆこと?」

「考えてもみろ、いかなる状況じょうきょうでも最強の武器や戦術があるなら、全員それにしたらいいだけだ。どれも一長一短があるからこそ、戦況に応じて互いに補える」

「おお、そりゃそっか。要はジャンケンみたいな関係な?」

「そうそう、五種類ある石拳じゃんけん。武器だけじゃなく、団が属する五行ごぎょう――もくごんすいにも相性がある」


 水槍騎士団長のホリンが水のとう担当となると、他の社畜団長もその五行に対応した塔でながら警備しているのだろうな。


「例えばオレの場合、相性の良い火剣かけん騎士団長殿どの相手なら大体勝てると思う」


 けんやりに勝つには三倍の実力が必要、福田師範しはんは剣術三倍段と言っていたな。ただしそれは広い場所で間合いが取れたらの話であり、せまい場所ではそもそも槍で戦えない……ホリンが言うように状況次第か。


「だが……特にあの女――こほん、土魔どま騎士団長殿とは死ぬほど相性が悪い。しかも昔から何かにつけてオレに突っかかってくるんだ……不利な相手を嬉々ききとしていじめるなんて、ひどい性格だろ? もしあんなのと結婚けっこんできる男がいるもんなら、心から尊敬するぜ」

「うふふ。そうですねぇ~」


 その苦々しい顔をするホリンを見て、何故なぜか夕はその蒼黒そうこくひとみをキラキラかがやかせている。何やら良く分からないが、夕が楽しそうで何よりだな。




【206/206(+0)】



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第6章半ばまでお読みいただきまして、誠にありがとうございます。


バコスの親父さんカッコイイ! 酒乱幼女が見たいぞ! などと思われましたら、ぜひとも【★評価とフォロー】をお願いいたします。

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