冒険録49 憩いの酒場がその正体を現した!

 そうしてルナの食事も済んだところで、静かになってきた店内を見回してみれば、すでにほとんどの客が帰った後だった。ヤスが空いた席から清掃せいそうを始めているので、そろそろ閉店時間のようだ。


「夕、いま何時?」

「えーと……あら、もう二十一時半前ね」

「む、もうそんな時間か。しまったなぁ……」


 かれこれ二時間以上も飲み食いしていたようで、楽しい時間は過ぎるのが実に早い。ちなみに終始み続けていたホリンは、少々顔色を悪くして静かに目をつむっている。悪いオトナの見本かもしれない。


「どうかしたの?」

「いや、うっかりしてたんだけどさ……宿どうするよ?」

「あ……流れのまま楽しんでてスッカリ忘れてた。困ったわぁ、土地勘とちかんも無いうえにこんな時間じゃ探すのは厳しそうね……」

「んむ」


 そもそもの話、高校生&小学生のペアが保護者も無しに宿にまれるものなのか……異世界の宿事情は分からないが、少なくとも日本では拒否きょひされるだろう。下手をしたら、未成年者略取を疑われて通報までありえるくらいだ。


「あ、そうだ。酒場はそろそろ閉店みたいだし、バコスさんにたのんで床だけでも借りるか? でもまぁ、掃除されてる木の床とは言っても、夕を地べたに寝かせるのは非常に心苦しいが……」

「んーん、そんなの平気よ。室内で守られてるってだけでも、道端みちばたで寝る羽目はめになるよりは百倍いいでしょ?」

「それもそうか」


 二人で頷き合うと、丁度通りかかったバコスさんに声をかける。


「バコスさん、ちょっとお願いなんですが」

「なんでぃ?」

「俺達まだ王都に来たばかりで、宿の手配もしてなくて……それで、よろしければこの酒場で一泊いっぱくさせてもらえないかと?」

「ん、オメェさんナニ言ってやがる?」


 バコスさんはいぶかしげにその極太の首をひねる。――くっ、やはり厚かましい頼みだったか……。


「――酒場の上は宿と相場が決まっとるだろうが」


 そう思いきや、意外な答えが返ってきた。


「んなしみったれたこたぁ言わず、上に泊まっていきやがれ!」

「「おおー!」」


 なんとまさかの、パン屋、酒場、宿屋の複合ふくごう施設しせつだった! バコスさんスゲェ!


「……あー、すまん大地! 実はさっきお客さんが来て、満室になった!」


 だがそこで、掃除そうじをしに来たヤスが残念なお知らせを告げる。


「むぅ、満室じゃ仕方ないですねぇ……」

「そうなると酒場の床で――」

「いや待ちな! おい坊主ぼうず、今日はわしんとこで寝ろ! で、今すぐ部屋綺麗きれいにしとけ!」

「ちょ、マジ!?」

「ナンダ文句あんのか!? そもそもテメェの恩人が来とるってのに、ナニ満室にしてやがんだ! 気ぃ利かん坊主だなァ!?」

「――スンマセンッシタッ! 喜んで片付けいってきますデス!」


 ヤスは額に手を当てて敬礼すると、け足で奥のL字階段を登って行った。……ヤス、すまぬよ。


「ヨシ、一部屋空いたナ! 宿賃なんぞ要らねぇ、泊まってけぃ!」

「ありがとうございます! それと、無理させてしまってすみません」

「ハン、気にすんな」


 ヤスには悪いことをしたが、無事に宿を確保できて一安心だ。


「あぅ……」


 そう思いきや……となりの夕は何故なぜほおめてソワソワモジモジ落ち着かない様子だ。これは一体どういう――あ、ちょっと待てよ……一部屋ってことは、夕と同じ部屋で一緒に寝るってことだよな!? おいおい、エライことになったんじゃね!?


「うんうん~、兄妹水入らずでいいねぇ~、二人でゆっくり眠って旅のつかれをやしなぁ~」

「ははは……」


 くそぉ、へべれけホリンが俺の気も知らず呑気のんきなことを言ってきやがる! ゆっくり眠れる訳ないだろうが! だがもう部屋はないし、かと言って「やっぱ酒場の床で寝ます」なんて到底とうてい言い出せる雰囲気ふんいきではない……詰んだっ!


「うふふふふふ……」


 夕はもじソワから戻ったかと思えば、あやしげな笑みを浮かべて小さくガッツポーズしているではないか。……だあもう、不安しかないぞっ!?




【215/215(+5)】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る