冒険録50 野生の黒装束達が飛び出してきた!

 宿が無事(?)決まったところで、いこいの酒場バコスも閉店ムードとなり、ヤスを除く三人でいどれホリンを見送りに外へ出た。


「うぃ~、あんたら兄妹とむのは最高だったぜぇ~。また呑もうなぁ!」

「ああ、いつでも付き合うぞ――って俺らは呑めないんだけどな?」

「んなもん楽しけりゃ何でもいいんだよ~」

「ふふっ、あたしも楽しかったです。今日は色々とありがとうございました」

「いいってことよぉ~。オレらはもう友達だからなぁ?」


 ホリンはそう言って、俺と夕に握手あくしゅをしてくる。それは分厚くゴツゴツとした武人もののふの手であり……こうして騎士団長へと至るまでに、一体どれほどの厳しい鍛錬たんれんを積んできたのだろうか。


「オヤッサン、今日も美味うまかったぜぇ~」

「フンッ。小僧こぞう、また来な」

「おうよぉ」


 ホリンが挨拶あいさつを終えて少し歩いたところで……


「――むっ!」


 一瞬にして顔を引きめると共にやりするどく構え、帰り道となる太鼓橋たいこばしの方をにらみ付けた。


「……どうかしたか?」

「下がれ」


 ホリンは視線をそのままに、近付こうとした俺へ左手をき出して鋭くそう言うと、


「居るのは分かってんだ! 出てきなっ!!!」


 次いで橋の方に向かって大声で叫んだ。その一連の様子は先ほどまでのへべれけホリンとは全く異なり、最初に対峙たいじした際に見せたような一流の武人の所作だった。……さすがは騎士団長殿どのだな。どれだけ酔っていても有事ゆうじには一瞬で覚醒かくせいするらしい。

 すると橋の両脇りょうわきかげから黒装束しょうぞくの者が二人飛び出し、その勢いのまま左右同時にホリンへと疾走しっそうしてくる。二人はふところに手を差し入れており、恐らくはナイフや飛び道具などの武器を中でつかんでいるのだろう。


「ハン、酔っぱらってりゃれると思ったか? あめぇな!」


 恐らくは橋を渡る時に背後からおそうつもりだったのだろうが、騎士団長殿にはお見通しだった。だが、獲物えものすら不明の相手を二人同時というのは非常に厄介やっかい状況じょうきょう……助けに入るべきか……でも下がれと言われたし、俺程度じゃ逆に邪魔じゃまになるか? そこで数歩後ろの夕を見れば、俺に手をかざして構えていたので、様子見しようの意で小さく首を振っておく。

 そんな中、ホリンが数歩バックステップして間合いを空けつつ槍を引いており、


「【刺水閃しすいせん!】」


 発声と共に左側の黒装束へと瞬速しゅんそくの突きをり出した。その刺突しとつの勢いのまま、青くかがやく槍先から大量の水が放水銃ほうすいじゅうごとく射出され、直撃した覆面ふくめん男を十m近くき飛ばす。――すっげぇ威力いりょく……こりゃ素人しろうとは手出し無用だな。

 その間にも右の黒装束は、仲間が吹き飛ぶのもいとわず腰元のナイフをきつつせまる。ホリンは突き出していた槍を右下段げだんへとはらい、鋭い足払いを仕掛しかけるが……黒装束は僅差きんさで飛び上がり、そのまま空中でナイフを突き出す。


「チィッ」


 ホリンが舌打ちしながらサイドステップでかわすと、黒装束はホリンの足元付近に着地しつつ、


「【ばく!】」


 け声と共にナイフを地面に突き立てる。すると緑に光った地面から無数のつるき出し、一瞬でホリンの足を雁字搦がんじがらめにした。


「やるねぃ――だがっ!」


 ホリンは距離きょりを取った黒装束へ技を放つつもりのようで、足元を拘束こうそくされながらも槍を引いてねらいを定める。その時、黒装束の視線が一瞬こちらに向けられた気が――いや、俺ではなく……もっと上か?

 俺はすぐさま振り返りつつ視線を上げると……


「なっ!」


 酒場の屋根の上に別の黒装束の者がひそみ、弓を引きしぼってホリンを狙っていた! マズイ、本命はこっちで、技を打たせて無防備なところを射る気だ! ホリンへ防御魔法――いや、首などを射抜かれたら護りきれない……となれば!


「【刺水閃しすいせん!】」「【元気になぁれ~!】」


 ホリンの発声に先んじて飛び出した俺へ、当然のように夕の魔法が届く。急加速した俺はホリンへ距離を詰めつつ、


「【鷹目イーグルアイ!】」


 矢をとらえるために視力増強魔法を掛ける。数瞬後ホリンの槍から水流が吹き出すと同時に、聞き慣れた弓弦ゆづるはじく音が上方から届いた。即座そくざにホリンの後頭部目掛めがけて跳躍ちょうやくしつつ背後へ百八十度反転、風を切って目の前に飛来する緑に輝く矢を視界に捉え――


「セィッ!」


 頭高さに構えていたうでを横に払ってぶつける。……ジャスト。


「――どわっとと……ダイチか」


 ちょうど黒装束を吹き飛ばしたところのホリンに、背中同士でぶつかってしまうが、


「屋根だ!」


 三人目の存在を伝え、横へたおれ込みつつ着地する。


「なにっ!」


 ホリンは振り向きながら見上げて姿を確認し、すぐさま槍を突きだそうとするが……一瞬遅く、屋根の黒装束は奥へと逃げ去ってしまった。


「ちっ…………ん、弓の伏兵ふくへいか、助かったぜ。怪我けがは無いかダイチ?」


 地面に転がった矢で察したホリンは、そう言いつつ俺へ手をばす。立ち上がって確認してみれば、右のこぶしから前腕にかけて一筋の浅い傷が付いて血がにじんでいる。


「ああ。ちょっと腕に傷が付いたく……ら…………ぃ?」


 そこで全身の力が抜け、呼吸が苦しくなり、急速に地面が近付いてくる。


「パパぁぁ!」

「くそっ毒矢か!」


 夕の悲痛な叫び声、ホリンのくやしげな声を耳に、俺の意識は急速に遠いていった……。




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