冒険録45 ヒロインには禁酒令が出されていた!

 バコスさんとホリンの後に続いて、俺は人生初の居酒屋――ではなく酒場へと足をみ入れた。

 店の隅角部ぐうかくぶにあたる入り口から見渡みわたせば、店内は正面方向へ十mの左手方向へ十五mほどと結構広く、四m以上はある天井は一般家屋よりも高めだ。正面すみにはバーカウンター、その左隣ひだりどなりに簡易ステージと暖炉だんろ、そして左手最奥には二階へ続くL字階段が見える。また、四~六人けで木製の長机と長椅子いすが八組ほど並んでいるが、すでに半分以上の席が埋まり、客達が木製ジョッキ片手に歓談かんだんしている。そうした店内を古い赤煉瓦れんがかべ沿いに掛けられたランプが暖色光で照らしており、にぎやかながらもどこか落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


「――ふわぁ~、とっても素敵なお店! 外観だけじゃなく内装もすごくお洒落しゃれですし、お客さんも楽しそうにくつろいでて……まさにいこいの場ですね!」

「ハッ、こんなめんこい嬢ちゃんに手放しでめられるたぁ、わしの店も捨てたもんじゃぁねぇナ?」


 隣の夕がほぼ真上を見上げて店の感想を伝えると、バコスさんは指で鼻をこすってニヤリと笑う。……それにしても、夕と並ぶとバコスさんの巨体が増々大きく見えるな。夕は身長百三十㎝強なので、俺だと胸下くらいに顔がくるが、バコスさんだと腰元というね。


「儂は厨房ちゅうぼうでオメェさんらの歓迎かんげい飯を作ってくらぁ。酒が欲しけりゃ坊主ぼうずに言ってくんナ」


 バコスさんはセカセカとフロア業務に従事するヤスを指差すと、カウンター奥の厨房の入り口で頭を少し引っ込めて、せまそうにくぐって行った。

 そこでホリンが入り口わきの席へ壁を背に座ると、やりを右手側の壁へと立て掛けた。合わせて俺と夕も対面の長椅子に腰掛ける。


「いつもの席なんだ」

「…………店内を見張りやすい?」


 そのホリンの位置からは店内の様子を一目で確認でき、加えて壁に立て掛けた槍を一瞬で手に取ることができる。それで職業柄しょくぎょうがらこの席を好んで使っているのだろうとの予想だ。


「ふっ、ダイチもやるねぇ。ま、あんたらの背はオレが見といてやるから安心しな」

「そりゃどうも……」


 まさに常在じょうざい戦場せんじょう、騎士団長けん門番殿どのは実に仕事熱心なことだ。

 それでホリンに習うという訳でもないが、ふと真後ろの席を見てみると、比較的ひかくてき身なりの良い男三人が談笑していた。め事を起こすヤンチャなタイプには見えないので、ホリンにたよらずとも背後の心配はなさそうだな。


「――さ、まずは一杯だ。オレは麦酒にするけど、ダイチも同じでいいか? ユウヅは……まだ早い気もするが、折角せっかくだし一緒にどうだ?」

「「え?」」


 二十歳はたちも近い俺はまだ分かるが、いくらなんでも夕に酒をすすめるのはおかしいだろう。


「……あのぉ、この国では何さいからお酒を飲んでいいんですか?」

「ん? そんな決まりはないし、いて言うなら身体が受け付けるようになったら、か? オレの場合は、オヤッサンに付き合って十四くらいからだったか。まぁ最初は不味まずくて仕方なかったけどな、ハハハ」

「そう、ですか……」


 ヨーロッパには十六歳あたりの国もあると聞くし、年齢ねんれい制限はその国の文化次第なのだろう。そうなると、ごうりては郷に従えとも言うし、飲んでみるのもアリかな? ただ、夕の方はいくら何でも飲まないだろうと思いつつ、隣を見てみると……え、めっちゃなやんでるし!


「……夕、もしかして飲みたいのか?」


 すると夕はビクッとかたらしておどろくと、次いで俺のそでを引っ張って耳打ちしてきた。


「(あのねパパ、実はあたしお酒すっっごく好きなの。特に日本酒とワインが大好きで、いくらでも飲めちゃう)」

「(お、おお。そりゃ二十歳だった訳だし、お酒くらい飲むよな)」

「(うん。なんだけどね……なんかあたしお酒飲むと『スゴイ』らしくてさ? 向こうのパパに『お願いだから俺の居ないところで絶対に飲まないでください!』って必死に懇願こんがんされちゃったのよねぇ……それで約束したの)」

「(おうふ……)」


 夕はまさかの酒乱しゅらん幼女ようじょだった――いや、飲兵衛のんべえだった時は幼女じゃないけどさ!? 

 それでその「スゴイ」とやらがどうスゴイのか、とても気になるが……とりあえず飲まない約束をしているなら大丈夫だな。夕は特に俺との約束は絶対に守る子だし、うん。


「(――でも、同じパパの前ではある訳だし、約束を破ることにはならないよね……? ということで飲んでもいっかな?)」


 だあぁもう、そう来たかぁぁ!


「(いやいや待て待て、そういう問題じゃない!)」

「(むぅ~?)」


 そんな不満そうにくちびるとがらされても困る。泣き上戸じょうごからみ上戸かは分からないが、少なくともこの状況じょうきょうで俺が酒乱幼女に対処できる気が全くしない。何とかして説得しなければ!


「(あー、あれだ。そもそも年齢制限は未成長の身体に負担が掛かるからもあるし、いくら中身が二十歳でも身体が十歳じゃマズイだろ?)」

「(ぐぅ……そ、そうよね……の身体でもあるもんね……ぐにゅぅ、またしてもこの身体のせいでぇぇ!)」


 夕は物凄く残念そうにしつつも、一応は納得してくれたようだ。そもそも普段ふだんの夕なら自分で気付く話だが……ったく、お前はどんだけお酒飲みたいんだよ!

 ちなみに「ゆづ」とは、未来の夕が移動先としたこの十歳の身体の本来の持ち主――つまり現在を生きる天野あまの夕星ゆうづの呼び名だ。それで夕は定期的にゆづへ意識を渡す必要があるのだが、俺がゆづの方に会ってしまうと夕達の命に関わるという厄介やっかい爆弾ばくだんかかえている。この世界でのゆづの状況については、夕があえてれてこない以上は問題ないのだとは思うが……落ち着いたら確認しないとだな。


「――で、何にする?」


 内緒ないしょ話を待ってくれていたホリンが、頃合いと見たかオーダーを聞いてきた。

 それで俺はどうするかだが……飲みたいのを必死に我慢がまんしている夕にすごく悪い気がするので、初飲酒はまたの機会にしておこう。


「待たせてすまんな。俺と夕はお酒以外にする」

「え、ダイチもか?」

「ああ、実は下戸げこでな。悪いけどホリンだけで楽しんでくれ」

「そうかぁ、残念だが下戸じゃ仕方ないな。いつも通りヤッスと飲むとするか」


 なにぃ、ヤスは飲酒経験済みと……そりゃ酒場で働いてたら自然とそうなるか。くっ、ヤスが先に大人になったようで、少しくやしいな!




【204/204(+3)】

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