冒険録44 酒場から巨大な熊が現れた!

 四人でしばらく水の大路を進むと、左右ななめ前方向に立派な欄干らんかん付きの太鼓橋たいこばしかっているのが見えてきた。


「こっち」


 ヤスが指差した左側の橋を歩いて大水路をわたると、はば十mほどのそこそこ大きな道につながっていた。右手側には主に商店が、左手側には質素な一般家屋が建ち並んでおり、右手側の方がはなやかな印象を受ける。先ほどは都市の外側に農家が多いのだろうと予想していたが、右手側となる都市の内側には商工業にたずさわる人が多い……確か地図には「区画路くかくろ」と書いてあったので、そういうことなのかもしれない。

 先頭を行くヤスは、橋を渡ったすぐ右横の店に近付くと、その店先で振り返った。


「さ、ここだ」


 ヤスが指差す角地かどちの大きな店は、煉瓦れんが造りの洒落しゃれた建物であり、入り口のとびらの上に『いこいの酒場バコス』と書かれていた。店の中からは、喧騒けんそうと共にとても良いにおいがただよってきて……ヤバイ、めっちゃ腹減ってきた!


「もうお客さん居ますけど、今日はお仕事お休みですか?」

「あっ! 日没にちぼつまでには帰れって言われてた……」

「えーと……今十九時過ぎですし、三十分以上は遅刻ちこく、ですね?」


 夕が時計の時計機能(?)で時刻を確認して伝えると、ヤスの顔が青ざめる。


「ま、まぁ、大地達が街に入れるように協力してたからだし、話せば分かってくれるはず! そう思いたい! うん!」


 ヤスは必死に自分へ言い聞かせて鼓舞こぶしている。


「あれ……?」


 そこで時計を見ていた夕がボソッとつぶやいたので、少しかがんで一緒いっしょ文字盤もじばんを見る。


「三時間二十分……城門に着いた時から四十分も増えてるよ?」

「おかしいな。ルナは…………うん、まだ寝てるな。……どゆこと?」

「わかんない……」


 俺たちの推測ではルナが満足した時に増えるはずだが、今回はそのルナがている間に増えている。そうなると他にも何か条件があるのだろうか。

 そうして二人で首をかしげていたところで、


「――よ、よし。入る、ぞっ!」


 ヤスは入る決心が付いたのか、そう言って目の前の古めかしい木製扉を開く。カランカランと来訪者らいほうしゃを知らせるかねの音と共に、ヤスが店内に足を一歩み入れた。


「マスターただい――マ゛ッ」

「おせーぞクソ坊主ぼうずが!!!」


 鼓膜こまくふるわす怒声どせいかぶとを打つ轟音ごうおんが耳に届いた時には、ヤスが地面にたおしていた。

 何事かと目線を上げていくと、なんとそこには……熊が居た。――いや、熊と見紛みまがうばかりの筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうな二mえの巨体で、白い口髭くちひげみ上げがつながったいかつい大顔の男が、般若はんにゃごと形相ぎょうそう仁王におう立ちしていた。


「ヒッ――っむ、もにゃむにゃ」


 夕は一瞬悲鳴ひめいを上げそうになったが、あわてて口を手で押さえて誤魔化ごまかしている。……そうか、この人がヤスの言っていた魔物の如きマスターか。ヤスが言い訳するひますら与えないとは……恐ろしい人だ。


「オイ坊主いつまで寝てやがるっ! 客がワンサカきてんだ、一分で支度したくしてコイ!」

「ッハイィィッ!」


 倒れていたヤスが大慌てで飛び起きると、店の奥へと走って行った。自分でなぐり倒しておいて理不尽りふじんな……とは思うが、まぁヤスだし別にいいか。


「――お? ホリンの小僧もいるじゃねぇか。んでくかぁ?」

「オヤッサン、オレはもう小僧ってとしじゃないってのに」

「ああン? ナンダいっちょめぇのツラしやがって、わしからすりゃぁまだまだケツの青い小僧だ!」

「ははは……」


 ホリンは困った顔をしてほおいている。天下無双てんかむそうの騎士団長を小僧あつかいする人……一体何者なんだ。

 それで不思議そうにする夕と顔を見合わせていると、ホリンが振り返ってこっそり耳打ちしてくれた。


「(このバコスさんには、ヒヨッコの頃に色々と仕込しこんでもらってて……師匠ししょうってとこだな? そんでまぁ、未だに全く頭上がんねぇんだわ……)」

「「(なるほどぉ)」」

「(で、見た目通りのとんでもなく怖い人だ。ヤッスの二のいになりたくなかったら、絶っっ対に怒らせるなよ?)」

「(あら、? なんて、うふふっ♪)」

「(おっと返ってきたかぁ。こりゃ参ったなぁ)」


 ホリンが一本取られている間に、バコスさんが入り口から顔を出すと、


「小僧、後ろで何をコソコソ――ン? そのみょうなナリした兄ちゃんとめんこい子は……客か?」


 ホリンの後ろに居た俺と夕を見つけてそう聞いてきた。


「ああ、ヤッスとオレの友人でダイチとユウヅ、ついさっき田舎から王都へ来たところだ。んで客でもあるな」

「そうそう。森で再会したんだけど、骸骨がいこつおそわれて死にかけてるとこ助けてもらった」


 手早く給仕服きゅうじふくに着替えたヤスは、け足で戻ってくるなりそう答えたのだが……


「それをさっさと言わんかい!」

「ふげっ」


 また頭にゲンコツを食らってしまった。結局ヤスは何をしても怒られるんだなぁ……ヤスとは言え少々気の毒になってきたかも。


「……あー、ダイチにユウヅと言ったか。うちのボンクラ坊主がチィと世話んなったらしいな? 恩に着るぜ!」


 バコスさんは俺たちに一歩近付くと、その巨体を深々と曲げる。


「いやそんな、ヤッスとは長い付き合いですから」

「ええ、お友達として当然のことをしただけですよ」

「ン、そうか……坊主もいい友を持ったナ……」


 バコスさんはそう呟いて、その口元をわずかに緩めた。どうやらヤスを完全に身内扱いしているようで、言動はすごあらっぽいけれど、とても義理人情に厚い人なのだろう。もしかして帰宅早々ブチ切れたのも、帰って来ないヤスを心配してたからだったり……え、ツンデレ頑固がんこ親父おやじなのか?


「ま、礼代わりになるか分からんが、飯をたっぷり食わしてやっから、ゆっくりしてってくんナ?」

「「はい、おじゃまします!」」


 夕と共に元気に答えると、憩いの酒場バコスの中へと入って行った。




【201/201(+1)】

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