冒険録42 ついに念願の住民札を手に入れたぞ!

「さ、オレの話はこんくらいにして、さっさと札作ってみにいこうぜ」

「んだね。僕もう腹減りすぎてたおれそうだっての」


 ホリンの話が衝撃的しょうげきてき過ぎて忘れていたが、札を発行しに来たのだった。それに、比喩ひゆでもなく一日中働いているホリンにとって酒場は唯一ゆいいつ心安らぐ場所なのかもしれないし、早く雑務から開放してあげないとだな。


「ほら、これが住民札だ」


 ホリンが机に置いたそれは、横幅よこはば五㎝厚み一㎝ほどの五角形状の金属板であり、中央には二㎝強の黒い玉――魔晶石ましょうせきらしき物が半分ほど埋め込まれていた。


「なるほどぉ、これなら金貨二枚もうなずけます。それどころか国が何割か補助しているのでは?」


 夕の試算方法を思い返せば…………うん、魔晶石部分だけで金貨二枚近くになる。基盤きばん部分も細かく文字がられた立派なものであり、確かに金貨二枚では赤字になりそうなものだ。


「……ほぉ~、札の存在すら知らんかったくせに一瞬で見抜みぬくかぁ。こりゃ田舎者とめてかかったクリウスが、あわ食ってたんじゃないか? だろぉ?」

「うふふ」


 ニコニコと笑顔を返す夕に、ホリンはヒュゥと口笛くちぶえく。


「で、これに血を垂らせば所有者に成れる。ちなみに本人が承諾しょうだくしないと絶対に所有権を移せないから、ぬすまれる心配もないぞ」


 きっと魔晶石も専用に調整されていて、所有者以外には何の価値もないのだろう。実に上手くできている。

 続いてホリンは腰から刃渡はわたり二十㎝ほどのナイフ抜くと、


「使うか? ちゃんと手入れはしてるぜ」


 そう言って机の上に置く。これで血を取れということだろう。


「ありがとう、使わせてもらう」


 手に持ってながめてみると、その真っ直ぐな刀身は青白く発光しており、異様なまでに軽くて冷たい……何か魔法でもかかっているのだろうか。また、つかには宝石が一列に並んで埋め込まれており、とても高価な品だと一目で分かる。流石さすがは騎士団長、装備も一級品という訳か。

 早速と刃先を親指に軽くせば、チクリとした痛みと共に血が数滴すうてきこぼれた。それを住民札の魔晶石部分に垂らすと……青く発光し、すぐに消えた。


「よし、次はユウヅだ」


 言われてナイフを手渡すと、夕はおっかなびっくり受け取り、刃先を見つめてゴクリとつばを飲み込む。


「うぅ……自分で指を切るって、怖いわね……」

「ハハハ、ユウヅにも怖いもんがあるんだなぁ?」

「ちょっとぉ、ホリンさん? それはどういう意味ですかぁ? あたしのこと何だと思ってるんですぅ?」


 夕はホリンのからかいに、可愛らしくくちびるとがらせている。気さくに接してくるホリンと話すうちに、騎士団長に対する緊張きんちょうも少しほぐれてきたのかもしれない。


「あ、いや、あのクリウスをやり込めたこともそうだが……オレがダイチにやりを向けてた時、後ろからすんげぇ目でにらみつけてきただろ? オレと対峙たいじしたら並のヤツはビビって戦意せんい喪失そうしつするんで、随分ずいぶんきもの座った女の子だなぁと内心おどろいてたんだわ――ダイチ、お前もだがな?」

「それわぁ……パパを護ろうと必死でぇ……ごにょごにょ」

「ん?」

「な、なんでもありませんよ!」


 ちなみに俺がホリンの気迫きはくに飲まれなかったのは、親父や道場の福田師範しはんといった、ヤバイ殺気を放ってくる師匠ししょうと向き合ってきたからかもしれない。


「夕、そんな怖がらなくても、本当に一瞬チクッとするだけだから大丈夫。ほら、注射みたいなもんだと思って?」


 依然いぜんとナイフを見つめて固まる夕にそう言ってあげると、


「そっ、そうね…………えぃっ!」


 夕は緊張で少し震えつつも指に刃先を軽く刺し、目をバッテンにした。だが想像より痛くはなかったのか、すぐに目を開いてみ出した血を魔晶石部分に落とす。すると石が金色に一瞬かがやき、すぐに消えた。


「よし。最後にこれをこうしてっと……」


 横で羊皮紙に羽ペンを走らせていたホリンは、住民札を羊皮紙に重ねて押さえ、いんらしきものを焼き付けた。俺と夕の情報を、帳簿ちょうぼ住民じゅうみん台帳だいちょうあたりにでも記録したのだろう。完全に個人情報の無断取得だが、ここは役所みたいなものだろうし、そもそもこの世界に個人情報保護なんてものはないんだろうな。


「んで次はチャージだな。王都では一日で銅貨五枚分吸収きゅうしゅうされ、チャージした魔素まそは他の街でも使える。何日分必要だ?」


 つまり住民札は、発行料が馬鹿ばか高い全国共通プリペイド魔素カードと言ったところか。


「とりあえず十日分入れてもらおっか?」

「そうだな。ええと、おりはいけるか?」


 二人分で銀貨十枚となるが、銀貨がないので金貨を一枚渡す。


「おいおい、金貨しかないってのか? ったく一体いくらの取引してきたんだか…………百枚ぶくろから十一枚引いてと……ほい、お釣り。両替りょうがえ手数料で一枚もらったぞ?」

「ん……そりゃそうか」


 コンビニでの一万円札の両替ですら断られるのだ、ましてや金貨=十万円札を千円札にくずすとなればタダの訳がない。


「んで十日分だな……ほい、ほいっと」


 ホリンは机の引き出しから小粒こつぶの魔晶石を二個右手に取り、続いて十㎝ほどの巻物を左手で机にサッと広げる。それはクリウスさんが持っていた「ブラッディスクロール」と形状は似ているが、血のような赤ではなく薄黄色うすきいろ――一般的な羊皮紙のようだ。その十㎝×二十㎝ほどの紙面には、左右に魔法陣まほうじんが一つずつえがかれており、俺から見て右から左へと矢印がびている。


「この『トランススクロール』で魔晶石から魔素を移せる。さ、貸してみろ」


 住民札を手渡すと、ホリンはそれを左の魔法陣に、小粒の魔晶石を右の魔法陣に置いた。すると黒いもや――魔素が矢印を伝って住民札へと瞬時に移動し……魔晶石部分が青く発光し始めた。

 ホリンは続けて夕の札を取り、同様にチャージし終えると、使い終わって灰色になった魔晶石を別の引き出しに仕舞しまう。……なるほど、この出しがらをヤスのような冒険者達が持ち歩き、各地で魔素を集めてくる訳か。つまり魔法が便利な電化製品の代わりをしていて、それを動かす魔素は電気のようなもの、そしてその輸送に必須ひっすとなるのが魔晶石……そりゃ高値で売れるはずだ。


「ほい、完了かんりょうだ。おつかれさん」

「ありがとう」「ありがとうございました」


 世間知らずの俺達に色々と手間をかけてもらったもので、ホリンには本当に感謝感謝だ。


「ちなみに、チャージされた魔素が無くなると光が消える。その後は徐々じょじょに魔晶石本体をけずって魔素が吸収されて、いずれこわれるから気を付けな」

「ああ、本体部分がうっかりチャージ忘れへの保険もになってるって訳か。上手くできてんなぁ」

「ほんとよねぇ」


 科学技術はなくとも、魔法を上手く使う技術が代わりに発達しており、住みよい暮らしを作っているのだろう。本当に面白い世界だな。


「――終わったな? もう用はないな? よぉしっ、さっさと帰って飯だー!」


 長い手続きにしびれを切らしたヤスが、そう言って階段をけ下りて行った。


「ハハッ、アイツらしい」

「だなぁ」「ですねぇ」


 そうして俺達三人は顔を見合わせると、笑いながら階段を降りて行くのであった。




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