冒険録36 野生の行商人が飛び出してきた!

 まさに言葉通り門前払もんぜんばらいを食らった俺たち文無もんなし一行は、ひとまず橋の手前までもどって作戦会議をすることにした。


「この魔晶石ましょうせき靖之やすゆきさんに預けて、街で売ってきてもらうのはどうかしら?」

「あー、お使い自体は別にいいんだけど、こんな時間に買取屋開いてるかなぁ……?」

「そっかぁ、そうですよねぇ……」


 現代日本と違い、遅くまで店が開いていないのだろう。


「あっ! 大地らが魔法使って気合でかべえたらどうだ? 中に入りさえすれば、札なんか関係ないし? どうよぉ?」


 そこでヤスが、良いことを思いついたとばかりにドヤ顔で提案してきた。


「いやいやいや、もし侵入しんにゅうを察知する魔法とかあったらそくお縄だろうが! んなリスク負うくらいなら野宿した方がマシだ!」

「おおお、確かにそんな魔法もあるかも? うん、ダメだな!」

「ったくよ……」


 ヤスは後先考えずに行動しすぎるところがある。それで割と上手く行くこともあるのが不思議だが、これについては流石さすがに危険すぎる。異世界初日でムショ行きは勘弁かんべんだ。

 そうして三人で頭をひねっていたところ……


「――そこのお兄はん」


 突然とつぜん後ろから声をかけられた。

 り返ると、顎髭あごひげたくわえた恰幅かっぷくの良い二十代ほどの男が、手揉てもみしながらニコニコと笑顔を向けていた。


「銭がのうて入れてもらえへんかった……ちゃいまっか?」

「ええ、まぁ……」


 どうやら、俺達の門でのやり取りを見られていたようだ。これはずかしい。


「そらおツライ話でんな! ……何かお値打ちもんお持ちなら、特別にたこう買い取りまっせ?」


 男は大仰おおぎょうに両手を挙げると、近くのほりの横にえられた四角いテーブルを指差す。そのわきに立てられた木の板には、『買い取り屋 チャージ費用にどうでっか! 魔晶石:D級銀貨一枚~、C級銀貨十五枚~!』と書かれている。……なるほど、こうしてお金が無くて入れなかった通行人にすかさず声をかけて、商売をしている訳か。


「そうですね……ちょっと待ってください」


 まさに渡りに船のありがたい申し出だが、どうにもこのコッテコテの関西かんさいべんあやしさを感じてしまう。まずはブレインの夕と相談だ。


「(ちょっと胡散うさんくさい商人だけど、売ってみるか?)」

「(んー、お金に困ってるって知られてるから買いたたかれそうでこわいけど……もう日も半分しずんじゃってるし、とにかく中に入るのが最優先よね。まずは査定だけでもしてもらおっか?)」

「(よし)」


 夕と内緒ないしょ話をして方針を確認すると、ポケットに入れていた骸骨がいこつ産のレンチン魔晶石を取り出し、商人に向き直って声をかける。


「すみません、一つ見てもらえますか?」

「おおきに! ほなこちらへ、さささ~」


 商人は営業スマイルを浮かべると、スルリとテーブルの奥側へと回る。続いて大きな背嚢はいのうを降ろして横に置くと、椅子いすに座って両手を出してきた。


「これなんですが……」


 俺はランプや天秤てんびんが置かれたテーブルの前に立つと、魔晶石を商人の両手に乗せる。


「んっ? お兄はん、なんぼ銭に困っとるちゅうても、ガラクタは買い取りでけへ――っなぁ!?」


 商人はしぶい顔をしたかと思いきや、手元の魔晶石を注視した瞬間、おどろきのあまり椅子からずり落ちそうになっている。


「魔晶石と聞いてたんですが、違いましたか?」

「なに言うて――こほん。せやせや、よう見たらたしかに魔晶石でんな。……これを売ってくれるんでっか?」

「はい、まずは査定をお願いします」


 商人は大きくうなずくと、定規でサイズを測ったり、天秤で計量したりし始めた。ただ、その手がどこかふるえているように見えるのは、気のせいだろうか。


「あの、友人は規格外の大きさと言ってましたが、この価格表でいうと……B級以上ということですか?」


 車が買えるほどとなると、銀貨十五枚のC級ということはないだろう。


「えっ? …………せやなぁ、この大きさで状態もええですし……B級でんな。お値段は……ユニバ金貨三枚でどうでっか? ほったら札をうてもりがきまっせ?」

「んー……」


 夕と二人で入るには銀貨四百枚=金貨四枚必要で、これでは一人分にしかならない。そうなると、まずは夕だけ安全な街に入ってもらい、俺はお金が貯まるまで野宿するしか……でもそんなの夕が絶対にウンて言わないよなぁ。


「――こらしもたわっ! 妹はんの分も合わしたら足りまへんなぁ!」


 俺がなやんでいると、察した商人が自身の額をペチンと叩いてそう言った。


「ええ、そうなんですよ。なので、もう少し頑張ってもらえませんか?」

「んー……むむむ。そろって入られへんと結局どうしょもないですわなぁ……わいにもとしはなれた妹がおりますねん、お気持ちようわかりますわ」


 商人はうでを組んで眉間みけんにシワを寄せて考えた末、


「……仕方しかたあらへん! ここは一つ勉強させてもろて、お二人分の金貨四枚で買い取らせてもらいまっか!」


 なんと値上げ交渉こうしょうに応じてくれた。


「ほんとですか! ……でも良いんです?」

「まぁ正味しょうみもうけなんかあらへん……でもええんですわ。代わりに……また魔晶石手に入れはったら、わいんとこへ売りにきてもらえまっか? つまりアレですがな、上客への先行投資ちゅうことでひとつ?」

「助かります!」


 なんて話の分かる人だ。これで無事に揃って街に入れるぞ。いやぁ、これも時計を改造してくれた魔王様と骸骨妖怪様々だな。


「ほな商談成立でんな! ……ひぃふぅみぃ、四枚や」


 商人が背嚢から小箱を取り出し、手早く金貨を数えてテーブルに置いたところで……


「――待ちなさい!」


 ななめ後ろから突然の制止の声が上がった。




【88/171(+0)】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る