冒険録35 住民札の入手は難しいぞ!

 仕事熱心なホリンさんには、ヤスの友情パワーも全く通用せず、札が無ければ絶対に通せないと言われてしまった。


「……あのぉ、その住民札はどこに行けばもらえるのでしょうか?」


 そこで夕が一歩前に出ると、ホリンさんからの情報収集を試みる。


「おおお? この可愛いお嬢ちゃんは、あんたの……妹?」

「ままなの――っぷ」


 突然とつぜんルナが胸ポケットから飛び出そうとしたので、あわてて押しもどす。お願いだから大人しくしててな――ってイタタタ! 指をカジカジしないで!


「いま女の子の声が……ママナノ?」

「あ、あたしの声ですよ? ママナノは……村の言葉で妹って意味です!」

「ふ、む? あとちっこい何かが一瞬見えた気が……?」


 ヤバイ、じっと俺を見てる! せっかく不審者ふしんしゃあついから開放されたというのに!


「ははは、俺には何も見えませんでしたが? きっとホリンさんの見間違えでは? ……随分ずいぶんつかれのように見えますよ?」


 慌てて言い訳を考えていたところ、ホリンさんの目の下にくまが見えたので、試しにそう言ってみた。


「ん……そうかもなぁ、ここ最近は深夜に出張でばる事が多くてねぇ。……そこにあんたらみたいな田舎者のややこしいのが来ると、増し増しで疲れるな? ハハハ」

「すみません……」


 どう考えても仕事の邪魔じゃまでしかないよな。ほんと申し訳ない。


「ん、まぁこれも好きで引き受けてる仕事だ、そう気にすんな? ――んで札だが、もし発行料がはらえるならここでも作ってやれるぞ?」

「発行料……あー、ちょっと待ってください」


 残念ながら現状無一文むいちもんなので、ひとまず一歩下がって後ろでみなと相談する。


「……なぁヤス、すまんがちょっとお金借りていいか?」


 日本では俺から借りる側だったヤスを逆に頼るというのも皮肉な話だが、街に入れない以上はそれ以外に手がない。


「ああ、お安い御用ごようさ。ちょうど昨日給料貰ったとこで、たっぷりユニバ銀貨四十枚はあるぞ――ホイッ」


 ヤスはこしに付けた布袋ぬのぶくろを差し出してきたので受け取れば……ジャリっと金属音がし、ずっしりとした重みが伝わってくる。


「マジ助かるわ――ってユニバ、銀貨?」


 布袋を開けば、五百円玉サイズの銀貨がぎっしり詰まっていた。


「ホリンさんがユニバース王国って言ってましたし、この国発行の銀貨ってことですね? それは円換算かんざんでおいくらぐらいです?」


 生憎あいにくと通貨が円ではないとなれば、買い物をする前に貨幣かへい相場そうばの確認は必須ひっす――夕もそう考えたのか先に聞いてくれた。


「んー……うちの店だとお酒三杯さんばいで銀貨一枚だし、千円くらいになるんかな? 他には銅貨どうかが十枚で銀貨一枚、鉄貨てっか十枚で銅貨一枚。それと金貨は銀貨百枚くらいって聞いてる――僕は見たことないけどね?」

「分かりました。おおよそで鉄貨が十円、銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が十万円ほどの価値ですね」

 

 そうなると、このヤスのポケットマネーは四万円以上……住民札がパスポートのようなものと考えれば、流石さすがにこれだけあれば足りるだろう。


「……お待たせしました。二人分の発行お願いします」


 布袋片手にホリンさんへと向き直り、早速と札を購入しようとしたが……


「あいよ、発行料はユニバ銀貨だ」

「よっ、四百枚っ!?」「高すぎませんかぁ!?」


 聞き間違えかと思うような額を提示されてしまった。四十万円相当……ヤスのポケットマネーではけたが一つ足りない。


「いやいや、高いと言われても国で定められた額だからなぁ……間違っても値切ねぎろうなんて考えるなよ?」


 田舎者と思って高値をふっかけてきたのかと思ったが、まさかの定価……これは「もし発行料を払えるなら」という少々大げさな言葉もうなずける。


「あと、街に入るにはもちろんチャージ料も要る――って、札も知らんのに分からんよな」


 俺と夕が申し訳なさそうに頷くと、門番はため息をいて、異世界ニュービーのために解説してくれた。


「街の中に居る限り、札にチャージした魔力が少しずつ魔法陣まほうじんに吸収されて、街をおおう結界の維持に回されるんだ。あー、田舎者にも分かるように言うとだな――」

「なるほどぉ……住民全員でお金を出し合って街を護っているということで、つまり住民税みたいなものですね? それであたしらのような他所よそから来た人も、滞在たいざい期間中にその結界の恩恵おんけいを受ける以上は当然料金を支払しはらう義務があると……公平かつ合理的で上手い仕組みだと思います。ユニバース王国の為政者いせいしゃはとても優秀ゆうしゅうなのですね?」

「う、うむ、まさにその通りだ。……幼いのにずいぶん賢い妹だな? ろくに教育も受けられん田舎者のくせに理解早すぎない? そこのヤッスなんか、ひと月も経つのにまだ理解してなさそうなもんだぞ」

「あはは……そんなことは、ないぞ? ちゃんと分かってるからなっ?」


 ヤスはそう言いながらも、目を泳がせている。……ヤスは政経せいけいも万年赤点だったしなぁ。


「……で、払えるのか?」

「無理です……工面くめんしてまた来ます」

「そうか。田舎者には正直キツイ額だとは思うが、頑張って貯めてきな。ちなみにかべの外でも微妙びみょうに結界の恩恵があるから、もし野宿するならできるだけ壁に寄ると良い――ほりに落ちない程度にな?」

「親切にありがとうございます」

「ま、一応は友人の友人だ。その辺でのたれ死なれると寝覚めが悪いしよ?」

「ははは……気を付けます」


 できることなら野宿はけたいが、やむを得ない場合はそうするとしよう。



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