冒険録37 幼女VS悪徳商人の商談バトルが始まった!

 取引成立目前でかけられた制止の声に向き直れば……そこに立っていたのはもちろん夕だ。しかし、話もまとまったところで、急にどうしたのだろうか。


「……何かまずかったか?」

「まんまと買いたたかれてるわよ」

「うそやろ!?」


 話の分かるすごく良い人だと思ったのだが……いや、確かに冷静になって考えてみれば、矢継やつぎ早に提案される都合の良い話に喜ぶばかりで、本当に適正価格であるかを冷静に考えるひまがなかった。最初は疑っていたはずなのに……むむむ、これが悪徳商人の口先魔術なのか。


「んもぉ~、すっかり口上に乗せられちゃってぇ……しっかりしてよねぇ、お・に・い・ちゃん?」

面目めんぼくない……」


 夕はほおをぷくっとふくらませて、人差ひとさし指で胸をツンツンいてくる。夕は未来の宇宙こすも家の財布をにぎっていたこともあるほどで、お金に関してとても厳しいのだ。その辺ズボラな俺は頭が全く上がらない。


「――はっはっは、人聞きの悪いこと言うたらあきまへんでぇ? 今おっちゃんはお兄はんとだいーじな取引しとるさけぇ、お嬢ちゃんは後ろでおとなしゅう待っとってなぁ?」


 商人は幼い姿の夕の言葉など気にもとめず、手であおいで軽くあしらおうとする。夕を知らない人ならば、当然の反応だろう。


「ふんっ。本当に人聞きの悪いことをしてないか、人に聞いてみます? 適正価格だと言い張るなら、別に構いませんよねぇ?」


 だが夕は食い下がって、城門の方を指さしながら相場を聞いてみようと提案する。どうやら夕には、この額が適正でないことの確証があるらしい。……あと、俺をだまそうとしている相手ともあって、普段よりも口調がとてもとげとげしく……ちょっと怖いぞ。


「妹もこう言ってますし、念のため確認しても良いですか?」


 言うまでもないことだが、当然俺は夕を信じる。

 それで裏がある商人ならば、あせって拒否きょひするだろうと思いきや……


「別にええでっせ?」


 提案をすんなり受け入れてきた。これは一体……めずらしく夕が思い違いをしており、本当に適正価格だったのだろうか。


「――やっぱいい。一般人には判断できないほど希少かもしれないし……それにグルの可能性もゼロじゃないわ。……まぁ、ホリンさんの人柄ひとがら的になさそうだけど、まだあたしは彼のことほとんど知らないし」

「ん……たしかに」


 ここでいつも商売をしているなら、こういう場合を想定して事前に口裏を合わせている可能性はある。例えば、騙してもうけたうちの何割かを渡すといった約束で。キタナイ、商人キタナイ!


「はあ、ほんま疑り深い嬢ちゃんでんなぁ……せやかて売らなお兄はんらは街に入られへんわけで、選択肢せんたくしはないんちゃいまっか? わいがほな買わへんわ言うたらどないしますのん? 野宿用の品なんて取りあつこうてまへんで?」

「そうなんだよな……」


 こちらは背に腹を代えられない状況じょうきょうであり、取引において圧倒的に不利な立場なのだ。近くに他の買い手が居るならまだしも、相手が一人だけとなれば、多少買い叩かれても目をつぶるしかない。


「いいえ、何が何でも絶対に買うわ。今ものどから手が出そうなのを我慢がまんしてるんでしょ?」

「ほぉ……そんこころは?」


 自信たっぷりにそう言い切る夕に、商人はふてぶてしい顔で片眉かたまゆり上げて問いかける。こちらがどれだけ売りたいか、向こうがどれだけ買いたいかが取引価格を左右するため、夕はまず商人を同じ土俵どひょうに乗せる一手を切り出し、対して商人はいかにも興味ない風を装っているのだろう。……いつの間にか幼女VS悪徳商人の商談バトルが始まっていた!


「まず、魔晶石はわざわざ価格表にイチオシでデカデカと書くほどに需要じゅようがある売れ筋商品、それは確実ね。でもこれはかさや重量に対して価値が高いから輸送コストが非常に安く、供給があれば容易に市場へ行き渡るはずなのに、依然いぜんと需要過多――つまり何らかの原因で供給が不足し相場そうば均衡化きんこうかが追いついてない状況じょうきょうと推察できるわ」

「なるほどなぁ……」


 適正な市場での売買が行われれば、いずれ需要と供給が一致いっちする価格に均衡するという話だな。看板からそこまで読み取るとは、流石さすがは我が家の会計担当だ。


「そこで価格表にB級以上についてれないことから察して、そのサイズは売りに来る客がまず居ないほどに希少で、売り手さえ現れれば売買による莫大ばくだい利鞘りざやが約束されてる。あと、仮にこうして相場を知らない人が持ってきた場合に買い叩くための布石ふせきねてるかな?」


 全くもって面目めんぼく次第しだいもございませぬ。


「――という訳で、こんなボロ儲けの美味おいしい取引、オジサンのような商魂しょうこんたくましい商人が絶対にのがす訳がないでしょう? ちがうかしら?」

「……ぐぅ」


 すると商人は目を泳がせて言葉を詰まらせており、どうやら見事に図星のようだ。


「……せやかてな? なんぼ欲しいちゅうても、あか出てまうような無茶な値段で買う訳あらしまへんで?」

「ええ、それはそうでしょう――本当に無茶な値段ならですけどね?」

「ほぉ……ほならなんぼが無茶やないか、言うてもらいまひょか?」


 こうして同じ土俵には乗せられたものの、あくまでこれが適正価格だと言い張る商人。これほど希少な商品となれば、田舎者の幼女ごときに適正価格など分かるはずがないと、たかをくくっているのだろう。……おいおい、うちの会計担当をめてもらっちゃこまるぜ? やっちまいな夕さん! ――と言うと三下さんしたしゅうがしてくるなぁ……俺も頑張らないとだな。


「ええ、見積もりから全部言ってあげますよ。……靖之さん? D級が五㎜くらい、C級が倍の一㎝くらいのきゅうって言ってましたよね?」

「え、僕っ? ああ、うん。街のお店だとそんな感じ――あ、いい忘れてたけど最近は結構売り切れが多いかも?」

「でしょうね」


 理解が追いつかず完全に置いてきぼりを食らっていた様子のヤスは、急に話を振られて驚きつつも答える。俺が商談している間に、夕はヤスから情報の聞き取りをしていたようだ。


「それでDとCの体積比が約八倍なのに価格が十五倍も違うけど、一般市場に出回っている以上は希少性だけでそこまでの差は生まないはず。そうなると魔晶石は、サイズ増加にともなう実用上の付加価値があり、また容易にくっつけて大きくはできない物質とも予想できる――それが可能なら大きくしてから売ればいいだけだし。商人さん、それでよろしいかしら?」

「さ、さいでんな……」


 ちびっこ幼女がまくし立てる論理的な推測に、商人は完全に面食らっている。……分かるわぁ、俺も最初は驚かされたもんだよ。


「そしてこの直径五㎝厚み五㎜程の魔晶石は、体積比でC級下限の約二十倍、それだけで金貨三枚――これがそちらの言い値ですね? でもさらにサイズ増加による価格上昇じょうしょうがあり、それを体積比八倍につき九割で固定と低めの見積りで乗せても…………」

「「「ごくり……」」」


 三人で固唾かたずんで夕の試算を待つ。


「金貨十五枚」

「そんなになるのか!?」「マジかよ!?」「……」


 そして告げられた額に俺とヤスは驚愕きょうがくの声を上げ、商人は苦々しい顔で押しだまった。


「これでも希少価値の増加分を除いた最低価格よ。流石にそこはあたしには読めないからね? ――さて商人さん、何か言い分はあるかしら?」


 夕は片手をかたの横で上へ向けて、商人へ不敵に笑いかける。


「ぐ、む……あらしまへん!」


 商人はくやしそうな顔で両手を挙げ、降参の意を示す。それを見た夕はふんすと鼻を鳴らし、俺へはニカッと勝利の笑みを見せてくるのであった。




【139/176(+5)】

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