冒険録38 ヒロインが商人の道に勧誘された!

「はぁ~降参やでぇ……」


 夕が見事に適正価格を言い当てたことで、商人は素直に負けを認めることとなった。


「そいでじょうちゃんは、これの相場をほんまに知らへんかったんやな?」

「ええ、あくまで推測ですよ」

「いやぁ、ほんま大したもんでんなぁ…………せや、ええこと思いついたわ! わいと組んで商いしまへんか? 絶対損させまへんでぇ!?」


 商人は机に身を乗り出して、キラキラした目で夕に詰め寄る。二コマ漫画かというほどの、華麗かれいなる手の平返しだ。


「あはは……もうけ話を台無しにしたあたしを勧誘かんゆうするなんて、本当に商魂しょうこんたくましい方ですね? でもお兄ちゃん達と冒険ぼうけんしたいので、遠慮えんりょしときますわ」

「さよかぁ……ほんまもったいないのぉ……才能を活かさへんのはバチあたるでぇ……」


 商人は本気も本気で勧誘していたようで、実に残念そうな顔をしている。実利を追い求める商人らしく、幼い見た目など気にせずに実力を買うのだろう。確かに夕の頭脳をフルに活かして商売をすれば、大繁盛だいはんじょう間違いなしだな。


「……それで、本当の階級は?」

「文句無しのA級でんな」

「でしょうね。おいくらです?」

「……金貨二十枚でどうでっしゃろ?」


 換算かんざんすると二百万円……希少価値分とやらも上乗せされて、とんでもない額になってきた。


「また足元見てたら承知しませんよ?」

「ハハハ、冗談じょうだんキッツイわぁ。こない目が利く嬢ちゃんに、もうそないな冒険ようしまへんてぇ。これでも商人、取引の落とし所ぐらいわきまえてまんがな」

「はぁ、よく言いますわねぇ……。んま、それでいいかしらね、お兄ちゃん?」

「お、おう。もちろん」


 夕が居なければ金貨四枚で買いたたかれていた品だ、文句などあろうはずもない。


「じゃ、これで取引成立――」

「あーいや、それがのぉ?」

「……まだ何かあるんです?」


 そこで商人が申し訳なさそうな顔をすると、


「しょうもない話でえろうすんまへんやけど…………そないな大金わいにはあらしまへん!」


 非常に残念なお知らせを告げた。


「ちょっとぉ! それじゃ買い取れないってことですか!?」

「おいおい、これは困ったことになったなぁ……こうなったら一晩ひとばん野宿して、明日ヤスに売ってきてもらうしかないな……」


 まさか高すぎて買い取ってもらえない事態になるとは……買い叩かれるよりはマシだが、これはこれで大問題だ。


「いやいや、待ってぇな! お嬢ちゃんの言うた通り、ほんっっまに逃すにはし過ぎる取引なんやて! お兄はんらも、すぐ売れなごっつぅ困るんやろ!? ……ほんでな、ひとつ相談やねん」

「……と言いますと?」


 お互いにメリットがある話なら、是非ぜひ乗りたいところだ。相当の曲者くせものなので、まただまされないように注意はしないとだが。……あと、れ馴れしくなるの早くね? 向こうが年上だから別にいいんだけどさ?


「今わいがポンと支払えるんは金貨十枚が関の山……せやけど、これをごっつたこうてくれる国へ売りに行った後なら、もちろん残りを支払しはらえるっちゅうことや。明後日あさっておそくとも三日後にはわたせるが……どや?」

「……持ち逃げしない保証は?」

「そらごもっともやな。そいで、わいの保証人になったる言う奇特きとくもんらへんが……物ならあるで」


 そこで商人はとなりにカバンを置くと、中から十㎝ほどの巻物を取り出してテーブルへ広げた。厚みのあるやわらかそうな紙であり、これが羊皮紙ようひしという物だろうか。それと、紙全体が赤いのが気になる。


「『ブラッディスクロール』ちゅうてな? 誓約せいやく文を直筆じきひつして血ぃ垂らすと、守らな死んでまうゴッツおっとろしい巻物まきもんや。その誓約がったがしまいで、燃やそうが魔法かけようが、それこそ死ぬまで取り消せへん」

「こんわっ!」「ひぇ」「ヤッバ……」


 流石さすがは異世界、とんでもないブツが存在してやがる。


「えっと、まさか……これに期日までにお金を返すって書くってことです?」

「せや」

「待て待て、そこまでして取り立てようなんて思いませんから!」

「そうですよ! どうか考え直してください!」


 不測の事態で返しに来られなくなった場合、商人は死んでしまうわけで……万が一そんな事にでもなったら、のこされた家族に何て言ったらいいんだ。


「……ええんや。商人ちゅうんはな、信用が全てやねん。交わした契約けいやくを守られへんようなボンクラは、どのみち死んだ方がましや」

「「「……」」」


 商人の目付きは真剣そのものであり、その気迫きはくに一同息をむ。先ほどのように商談中の騙し合いはする――取引という戦場で相場に無知な者が悪いとするが、一度ひとたび契約が成立したならば絶対に守るということだろう。そこからは商人であることへのほこりが感じられ……その生き様は純粋じゅんすいに格好良いと思ってしまう。


「それとや、この無茶を受けてくれるっちゅうなら、金貨五枚上乗せしたるわ。わいが返せへん場合の補償ほしょう分も合わしてな?」

「え、それでは儲け分がなくなりません?」

「まぁ、取引相手次第なとこもあるが……路銀ろぎんちょい浮きってとこやな?」

「いやいやいや、そんなのそちらに取引する意味ないでしょうに……」


 死ぬリスクまで背負ってたる儲けとなれば、割に合わないにもほどがある。


「ははは、もちろん意味はあるで? これでも商人のはしくれやさけぇ、儲けも無しに取引するわけあらへんがな。……かしこい嬢ちゃんなら分かるやろ?」


 どうやら商人は、目論見もくろみを見事見破った夕をとても高く評価しているようだ。ウム、ヨロシイ。


「賢くなんてないですけど……そうですねぇ、例えば売名ばいめい目的とか?」

「さすがやな! で、まだわいもしがない一行商人でなぁ、なんしか取引先に名を売りたいねんな? せやから例え利鞘りざやなんぞロクにのうなっても、こない上物じょうものおろせたっちゅう実績だけであたい千金になるんやて」

「なるほどなぁ……」


 誓約の話と同じで、信用を積み重ねることが将来的な成功につながるという訳か。商売というのは実に奥が深いな。




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