冒険録39 ヒロインはモテモテだぞ!

 魔晶石ましょうせき代金の後払あとばらいを打診だしんしてきた商人は、まさかの死の誓約せいやくによる支払い保証案を提示し、俺達はその死をも辞さない覚悟かくごに確かな商人しょうにんだましいを感じ取った。


「……ほいで、受けてくれまっか?」

「もちろんです。だよな、夕?」

「うん」

「よしきた! ほな誓約やな!」


 商人は満面の笑みで柏手かしわでを打つと、背嚢はいのうから羽根ペンとインクびんを取り出してテーブルへと置く。


「そいで自分らの名前が要るんやけど、まだ聞いてへん――ってこっちもやな、すんまへん。わいは行商人のクリウスや、あんじょうよろしゅう」


 クリウスさんはそう言って右手を出してきたので、みなで順に握手あくしゅして名乗る。


「大地です。どうぞよろしく」

夕星ゆうづです。よろしくお願いしますね」

「えーと……ヤッスだ。よろしくっ!」


 ヤスは記憶きおくもどってもヤッスで通すらしい。周りが混乱するので、こちらもそう呼んでやるか。


「ほな早速書かせてもらうでぇ」


 クリウスさんが羽ペンを取ってインクを付け、羊皮紙に誓約文を書き込んでいく。


「『われクリウスは本誓約日より三日後日没にちぼつまでに魔晶石代金残額ユニバ金貨十五枚をダイチまたはユウヅに支払う』っと……これでええか?」

「「はい」」


 クリウスさんは大きくうなずくと、ふところから取り出したナイフの革鞘かわざやを外し、緊張きんちょうした面持おももちで指を刃に近付けていく。


「待――」「待ってください!」


 そこで俺が止めようとしたが、夕が代わりに制止すると、


「巻物での誓約は結構です。そんな重いもの要りませんよ」


 そう言いながらブラッディスクロールをサッと取り上げて丸めた。


「え……せやかて、わいが逃げたらどないすんねん?」

「クリウスさんは絶対にそんなことしません。それは先ほどのクリウスさんの真剣な言葉、眼、態度、そして実際にこうして誓約文を書いたことで確信しました。なので、商人としてのほこりを賭けた口約束で充分ですよ。……だよね、お兄ちゃん?」

「んだな」


 さすがは夕だ、俺の言いたいことを全部言ってくれた。


「……ハハハ、なんちゅう甘ちゃん連中や。もうほんっまに大甘やなぁっ! もしこの巻物まきもんのくだりも全部ホラやったらとか思わへんの? ユウヅはん程の――」

「あら、うそだったんです?」

「嘘やあらへん! ――いや、そないな事言うてんやのうてな……」

「うふふ。ならいいじゃないですか」

「む……」


 夕の全てを承知の上での微笑ほほえみに、クリウスさんは目を見開いて言葉を詰まらせる。幼女に言いくるめられるいい年した青年……なんだ、いつもの俺か。


「……なんやねん、どえろうかしこいさけぇガッチガチの堅物かたぶつなんやろおもとったら、ほんまはものごっつう人情味にんじょうみあるええやんけぇ。こんなんれてまうわ――っとまぁ五年は早いっちゅう話やがな? せや、予約してええか?」

「おい!」


 記憶が戻る前のヤスと言い、この世界の連中は気になる子がいたらそくプロポーズする習わしでもあるのか? ……ま、まぁ、夕が魅力みりょく的なのは認めるが?


「ふふっ、クリウスさんってばお上手ですね。でもあたしには心に決めた人が居ますから。それこそ、このホラではない巻物にちかっても良いほどのね?」


 夕は手元の巻物をフリフリしながら、俺をチラチラ見てくる。……夕さん? 絶対使っちゃダメですよ?


「――あーこらあかんわ。まさに眼中無しっちゅうやっちゃな! そら中身だけやのうて将来別嬪べっぴんさん確定や、当然先約ぐらいる――いや、んん?」


 クリウスさんは少し首をかしげると、俺の方を一瞬だけ見てきた。――な、なんだよ?


「まっ、なんしかうらやましゅうてかなへんなぁ!」

「うふふ、クリウスさんは気骨のある商人さんですから、いずれ成功を収めてより良い出会いがありますよ。大志を抱く商人さんらしく、先を見据みすえてドッシリ構えるのも良いでしょう?」

「……ははは、この男あしらいの手慣れようよなぁ…………ユウヅはん、ほんまは大人で若返りの魔法とか使つことるんやないの?」

「えっ!? ……あははは、そんな訳ないでしょぉ?」


 科学なので魔法ではないが、効果は同じだ。商人の嗅覚きゅうかくとでもいうのか、クリウスさんはかん滅茶苦茶めちゃくちゃするどい。あと夕は、きっと未来でモテモテだったにちがいなく、それを全部切り捨て続けていたとなれば……そりゃフリ慣れてもいるよな。何だか複雑な気持ちだ。


「んー? なんやあっやしい反応やのぉ?」

「ええと、妹はちょっとおマセなんですよ。俺もいつもからかわれて、ほんと困ったもんで……ははは」


 これは割と本音もふくんでいて、もう少し俺に手心を加えて欲しいものだ。


「――ハッ、そういうことにしといたるわ。ほいで…………ひぃふぅみぃの……ほい、手付金の金貨十枚! 路銀ろぎんのぞいた有り金ほぼ全部や、こんで堪忍かんにんしてな!」


 クリウスさんが小箱から出した金貨六枚をテーブルわきの四枚と重ねると、直接手渡してきた。あわてて受け取れば、たった十枚の硬貨なのにてのひらへずっしりと重みがかかる。――ああ、純金ってこんなにも重いのか……それに百万円相当もの大金なのもあって少し緊張してしまうな。これを普段持ち歩くのは不安なもので、この世界に銀行は……多分ないんだろうなぁ。


「ほな、わいは行くでぇ。善は急げ、時は金なりちゅうてなっ!」


 クリウスさんはそう話しながらも、テキパキと道具類を仕舞しまい、あっという間に旅支度たびじたくを整える。こういうところも商人らしいと言えるかもしれない。


「はい。お気をつけて! 取引頑張ってくださいね!」

「まっかせときぃ! 目ん玉飛び出るぐらいごっつぅ大儲おおもうけして、利子付けてはろたるさかい、期待して待っとりぃなぁ!」

「「「ちょ――」」」


 盛大なフラグを立てやがった!


「……なんや?」

「いや、別に」


 どうやら異世界にはそういう文化はないらしい。


「お兄――いや、ダイチはん」

「ん?」


 手招てまねきされたので近寄ると……


「(をあんま待たしたらバチあたるでぇ? ま、わいがあてたるんやけどな!)」

「!」


 そう耳打ちしてきた。どうやら兄妹でないことなど色々とバレていそうだ……なんて厄介やっかいな生き物なんだ、商人ってヤツは!

 そしてクリウスさんは近くのくいつながれた馬へまたがると、


「ほなな~」


 しずみゆく夕日に向かって颯爽さっそうと走り去って行った。

 そうして皆で軽く手を振って見送ったところで、


「……最初はだまされたけど、不思議と好感の持てる人だったな」


 俺かられたつぶやきに、ヤスと夕もウンウンと頷く。

 

「まぁ、やたられ馴れしいのが少し面倒だけどな?」

「あはは。関西弁のせいもあるかもね?」

「それよ、あのコッテコテの関西弁……今どきあそこまでのは漫才まんざいでも聞かんぞ?」

「せやねぇ」

「ぷぷっ、夕ちゃんまで関西弁になってるじゃん?」

「おととぉ……こらクリウスはんのがうつってもぉたなぁ~? なんてね、えへへ」


 おおお、関西弁の夕もなかなか新鮮で……イイ。


「ルナちゃんまでうつってたりして――っあ!」

「おっと忘れてた」


 ホリンさんから隠したルナのことを思い出し、慌てて胸ポケットに手を入れて取り出すと……


「むにゃむにゃ……ままぁぱぱぁだいしゅき……」


 スヤスヤと眠り姫になっておられた。最初に懐中かいちゅう時計の中で寝ていたことも考えると、せまい所が落ち着くタイプの子なのかもしれない。


「あらら。パパのポケットの中、寝袋ねぶくろみたいに暖かくて気持ち良かったのかしらね? ちょっと羨ましいわぁ」

「苦しそうにはしてないし、街に入って落ち着くまでここに居てもらうか」


 俺はそっとルナをポケットに戻す。不死身なのでうっかりつぶしてしまう心配はないが、起こしてはしまうだろうから気を付けておこう。


「――さ、これで大手を振って街に入れるわね!」

「異世界で初めての街かぁ、楽しみだな」

「あっそうだ、今日はとりあえず僕んち来たら? んでその大金でパーッと飲み食いしようぜ! な、なっ!?」


 良い案ではあるが、このグイグイ来るヤスは……ああそういうこと。


「……そしたらマスターからのお前の株もあがるってか?」

「たはは、バレたか。……でも信用できる店のがいいだろ? その点うちはお墨付きの店さ!」

「……誰の?」

「僕のっ!」

「だよな!」

「あはは。もぉ~ほんと調子いいんですからぁ、ふふっ」


 そうして俺たちもと文無もんなしファミリーは、まだ見ぬ異世界の街に思いをせて、城門へと足取り軽く歩いて行くのであった。



~ 第五章 月と金星と文無一行 完 ~   



【185/185(本章での増加量+30)】



――――――――――――――――――――――――――――――――


第5章までお読みいただきまして、誠にありがとうございます。


この幼女お姉さん無敵かっ!? クリウスみたいなヤツ結構好きだぜ! などと思われましたら、ぜひとも【★評価とフォロー】をお願いいたします。


第6章は、酒場での宴会や刺客との決死のバトルが見どころでございます。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る