冒険録28 ヒロインの時計がレンジになった!

 ショック療法りょうほうにより記憶を取りもどしたヤスを仲間に加え、俺たち四人は情報共有をしつつ森の出口に向かうことにした。ヤスによると、ここから三十分ほど歩けばけられるらしい。

 そうして早速歩き出そうとしたのだが……


「――んべへっ!」


 唐突とうとつにヤスがこけた。


「おいおい何やってんだ?」

「気を付けてくださいね――って靖之やすゆきさん、足ぃ!」


 大慌てで夕が指す方を見れば、ヤスの両足にべっとりと黒いもやがへばりついていた。それはくだいた髑髏どくろからみ出た魔素まそであり、先ほどまでは大人しくしていたかと思いきや、いつの間にか忍び寄ってきていたようだ。――くそっ、記憶喪失さわぎで油断してたぜ……もうこいつのしつこさにはあきれを通りして感服するわ!


「ちょ、いだだっだぁぁ!? あとネバネバぎもじわるぅっ! 早くなんとかしてくれぇ!」


 ヤスは必死にのたうち回りながら叫んでいるが、魔素は全く離れる様子はない。


「【閃光フラッシュ!】」


 すかさず俺がヤスの足に両手をかざして光を照射すれば、


「……お、おお? 取れた! あざっす!」


 魔素はヤスの足からずり落ちて、再び大人しくなった。


「ふいぃ~えらいめにあったよ……こんだけ魔素が集まると、ヤベーんだなぁ」


 ヤスは少し離れて、黒い水たまりのようになった魔素をながめてつぶやく。そう言えば、量次第では生きた動物にも取り付くとカレンは言っていた。本当に最後まで気を抜けない恐ろしい魔物だ。


「せっかくだし回収したいけど……僕のちっさいヤツじゃ吸い切れないし、ぶっちゃけ怖すぎて近寄りたくないっ!」


 ヤスは首にかけたひもの先に付いた五㎜ほどの黒い粒をつまむと、残念そうな顔をしている。


「……回収? ――あっ、夕!」

「うん、時計だね!」


 ヤスの台詞せりふを聞いて、俺たちはカレン先生のありがたいお言葉を思い出した。懐中かいちゅう時計の裏側から魔素を吸収できるので魔物を倒した際に試してみると良い、とアドバイスされていたのだ。

 それで夕は、いそいそとポケットから懐中時計を取り出して裏蓋うらぶたを開ける。


「うう、でもこんな気持ち悪いのに近づけたくないんだけどぉ……――いえ、カレンさんを信じましょ! えぃっ!」


 夕は少し躊躇ちゅうちょした後、時計の裏側を地面に広がる魔素に向けて触れさせると……時計の中へと勢い良く流れ込み始める。

 ややあって地面に広がる魔素が全て無くなったところで、裏蓋が自動でパチンと閉じられた。そして時計全体がほのかに発光したかと思うと、


 ――チンッ!


 まるで電子レンジのような音を発した。……いや、これは予想外過ぎだろ。


「……ははは。夕の時計、レンジ機能も付いたようだな?」

「もうやだぁ……あたしのとけいぃぃ……」


 度重なる魔改造に、夕は遠い目をして嘆いている。

 これだからカレンメカマニアは……便利にしてくれたのは誠に感謝するが、ほどほどで頼む! いい仕事したぜとばかりにサムズアップする脳内ヴァーチャル魔王様に、そう文句を言っておく。


「んまぁ、中見てみようぜ?」

「うん……」


 次いで夕がげんなりした顔で蓋を開けると、中からもわっと蒸気が吹き出し……そこには、直径五㎝強ほどの漆黒しっこくの円盤が収まっていた。


「す、すっげぇ!」


 それを見て俺と夕が首をかしげる中、ヤスだけがおどろきの声を上げた。どうやらこの円盤えんばんの正体を知っているようで……剣士として活動している事からして、ヤスの方はこの世界に来てから結構経つのだろうか。


「あ! ひょっとして、靖之さんのそれと同じ物ですか?」

「うん、さっすが夕ちゃん! んでこれは魔晶石ましょうせき――魔素の結晶みたいなもんで、魔法に使う超便利な石。でもこれは規格外のサイズだけどな! 売ればとんでもない額になるぞ?」

「へぇ、そんなに高いのか?」


 俺は特段お金に執着しゅうちゃくがある訳ではないが、降っていたもうけ話に少しワクワクしてしまうのは人間のさがだろう。


「んー、こんなデカイやつは鑑定かんていしてもらわんと想像も付かんけど……車が買える?」

「まじかっ!」「やったねパパ!」「おかねもちなのー!」


 異世界の経済事情は全く分からないが、ここで過ごすにあたって少なからずお金が必要になるはずで、文無しファミリーではなくなったのは大きい。


「――って、そもそもこの世界に車なんてあるんだな?」


 ファンタジー世界と聞いていたが、科学技術も合わせて発達しているのだろうか。まあ、カレンが時計を魔改造する技術基盤がある訳だしな。


「んや、日本で言うとそんくらい?」

「紛らわしいわ! 車で例えるとかテメェは関西人か!?」

「――ぷふっ」


 ヤスに軽くチョップを入れると、ルナも真似っ子でピシピシ叩いており、となりで聞いていた夕がクスクスと笑い始めた。夕が楽しんでくれたなら、ヤスも役に立ったというもの。

 何はともあれ、にっくき骸骨妖怪の残骸ざんがいが数十万円以上相当の戦利品に化けたようだ。命がけのバトルの対価として充分じゅうぶんかは分からないが、この右も左も分からない異世界で生活費をかせぐ手段ができた事は素直に喜びたいな。



【143/143(+3)】

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