冒険録20 ヒロインがママになった!

「んんー! むーむー!」


 俺達三人がルナの勇姿について盛り上がっていたところで、その弾丸幼女妖精さんのくぐもった声が聞こえてきた。

 それでルナのさった幹に視線を向ければ、ルナはフリフリ服と一緒におしりをフリフリ、自分サイズの削孔さっこうからモゾモゾとバックでい出してくる。


「ぷはぁっ! やははー、たのしかったのー!」


 無事に脱出したところで、あなの前で両手両足の万歳ばんざいをして喜びを表現している。体感していない俺には分からないが、超スピードのジェットコースターのようなものだろうか。


「ねーねーねー、みてたみてたー? るなすごいー?」


 そこでルナは大興奮で大はしゃぎするあまり……なんと俺の方へと青い光をまとって飛び出してきた!


「――ちょ、ストップ!」「ルナちゃんダメッ!」


 目の前の不憫ふびんな木のように、俺も大陥没だいかんぼつしてしまう!


「みてみてー?」


 素早いところを見せたくて仕方ないルナは止まらない。

 俺は唐突とうとつに訪れた理不尽りふじんな死を覚悟かくごするが――


 ぽふん


 胸を打ちくだ衝撃しょうげきではなく、やわらかな感触が伝わるのみだった。


「…………そうか、効果が切れたんだな」


 短い効果をイメージしたためか、ルナをおおっていた青い光はすでに消失していた。逆に俺の身体を黄金のあわい光が覆っていることに気付くが、それもすぐにうすれて消える。視界のわきでは夕が俺へ両手をかざしており……ああ、夕が咄嗟とっさ詠唱えいしょうで元気魔法をかけて守ってくれたのか。状況じょうきょう判断が実に的確で、本当に頼りになる子だ。


「――はあぁ~、マジで死ぬかと思ったわ! ありがとな、夕?」

「うん。もうほんと心臓が止まるかと思ったよぉ……」


 もしルナへの効果が完全に残っていたなら、夕が魔法をかける間も無く衝突しょうとつしている速度だった。危うくうっかり事故で世界が終焉しゅうえんむかえていたところで……カレンの助言を聞いておいて本当に良かった。


「ねぇねぇみてた――」

「ルナちゃん!!! ちょっと来なさい!!!」

「……なぁに?」


 どれほど危険な状況だったかを理解できていないルナを、夕が強い声で呼び付ける。胸元のルナは、戸惑とまどいながら夕の前に移動すると宙に静止した。


「あのね、ルナちゃん。すっごぉく大切なことだから、良く聞いてね?」

「うん……」

「さっきみたいに魔法がかかってピカピカしてるときは、ルナちゃんはとぉっても強くなってるの。怪我けがさせちゃうから、絶対に人にぶつかっちゃダメなんだよ。ルナちゃんが誰かを傷つけてしまったら、あたしはすごく悲しいな。ルナちゃんも、パパやあたしが大怪我しちゃったら、とっても悲しいでしょ?」

「っ!?」


 夕の特大の雷が落ちるかと思いきや……頭ごなしにしかりつけるのではなく、幼いルナが過ちを理解できるように、優しい声でゆっくりとさとすように語りかけている。


「うんっ……かなしいの……」

「それじゃぁ、気をつけないとだよね?」

「あうう……ごめんなさいなの……きをつけるの……」


 夕の気持ちがしっかりと伝わり、ルナはしょんぼりとうなれて反省している。


「……うん。分かってくれたらいいのよ。ごめんねルナちゃん、急におっきな声出しちゃって」


 夕は表情を微笑みに変えると、ルナを両手で優しく包み込み、そのき通ったあおがみを指先ででてあげている。事故死しかけたところではあるが……その光景にとてもほっこりしてしまった。


「……ままぁ、おこってない?」

「ふふっ、もう怒ってないよ――って待って待って! 今ルナちゃんママって言ったぁ!?」

「うんっ!」

「なんでぇ!?」


 ルナの突然のママ発言に、夕は蒼黒そうこくの目をまん丸に見開いて驚いている。


『ふむ、それもむべなるかな。今のゆーちゃんは、ルナ嬢に対して確かな愛をもって接していた。厳しさと優しさをね備えた、まさしくき母と呼べるいであったと思うよ。……キミもそうだろう?』

「ああ、同感だな」


 幼少期に母を亡くした俺には自身でそうと認識する機会もなかったが、まさにこれが母性というものなのだと思った。それも今回に限らず、例えばルナが偵察に飛ぶ際には、まるで娘を心配する母のようだったし、他にも二人で逃げて俺を待つ間には、ルナを守ろうと頼れる母の姿を見せていたに違いない。おまけにルナは感受性豊かな幼い子供で、かつ妖精という精神的な存在ともなれば、夕の想いも人一倍伝わっているはずだ。なので、つい数時間前に会ったばかりのあいだがらではあるが、こうして夕からあふれ出す母性を絶えず感じ取り続けたことで、自然にママと呼んでしまったのだろう。


「……でもそんな、あたしがママだなんて……あううぅ……パパぁ、どぉしよぉ?」


 夕は照れやら何やらで複雑な心境のようで、黒目をせわしなくキョロキョロさせ、最後にこちらへ助けを求めてきたが……俺は手を合わせて、すまぬのポーズ。幼女の見た目はさておき、中身があまりにハマり役すぎて、とても擁護ようごできそうにない。


「……ままってよんじゃだめなのー?」

「っ!?」


 そこでルナは小首をかしげ、純真じゅんしん無垢むくひとみをウルウルさせて夕に向けてきた。


「はうぅ、ずるいよぉ……こんなの断れないってばぁ……うぐぅ、でもさすがにママは困るぅぅ……」


 夕は幼女の必殺おねだりビームを一身に受けてもだえしており、早くも陥落かんらく寸前だ。そう言えば、以前に俺も夕に似たようなことをされたことがあるのだが……実に強力な技だったなぁ。


「るな、ままがいいなー?」

「むぅ…………あーんもうっ! しょうがないわねぇ! ……ママでいいよ」

「わーい! ままー! だいすきなのー!」


 追撃おねだりの前にあえ無く陥落した夕は、くやしそうにくちびるとがらせるが……大喜びで顔に飛びついて来たルナを見て頬を緩ませる。どうやらママ殿どの満更まんざらではなさそうで、良かった良かった。



【85/85(+10)】

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