冒険録10 主人公が迷子になった!


「迷った!」


 骸骨が復活する前に大急ぎで森に戻ったのは良いが……先ほどは無我むが夢中むちゅうで逃げ続けたため、元の場所に戻る道が完全に分からなくなっていた。それどころか、どこもかしこも代わりえの無い暗い森なので、仮に運良く元の場所に辿たどり着いてもその判断が付かないだろう。

 それで元の場所に戻れないとなると、直接切り株広場に向かう以外に手はないので、ここまでの道程どうていを思い返して進むべき方角を考えることにする。

 たしか……骸骨に遭遇そうぐうしてから東へ走り出し、南北に振れながらもおおよそ東へ逃げた……はず? 夕の話では川は低地の南に向かって流れているはずで、それに真横からぶつかったこととも整合せいごうする――とは言え、川は蛇行だこうもするだろうし根拠としては薄いが。

 川から森に戻ってから西へしばらく進んだので、東西と南北の移動距離をざっくり考慮こうりょすると、ここからは北北西あたりを目指すべきか。ただ、この見通しも効かない広大な森の中で、コンパスも無しに直径わずか二十m程度の切り株広場に辿り着くのは、よほどの幸運が必要だろう。


「くっ……どうしたら……」


 もたもたしていると、骸骨が追いかけてきたり他の魔物に遭遇したりするかもしれないし、何よりも夕達の安否あんぴが気にかかる。疲れとあせりから次々と流れ落ちる汗をそでぬぐいつつ、せめて太陽(?)で正確な方角を確認してくるべきかと思い、危険を承知で川辺に戻ろうと振り返った。その時――


「っおとと――って夕!?」


 顔に何かがかぶさると同時に、夕特有の甘い香りがしたので、それを持ち上げつつ呼びかけたのだ。……いやまぁ、夕をにおいで判別はんべつできるってのもどうかと思うが、ウン。


「……あれ? ……帽、子?」


 だが目の前に夕は居らず、俺の手には夕の白い丸帽子がにぎられていた。

 不思議に思って少し目線を上げると、木からつるが垂れ下がっており……恐らくこの帽子は、そこに引っかかっていたのだろう。

 それでこれは、夕が逃げる際に引っかかってしまったのか、えて引っかけておいたのか……いや、夕の身長で前者はないな。すると後者の理由は…………目印? でもこれだけじゃ、元の場所に近づいたことは分かるが、広場がどっちの方向かは分からんしなぁ…………ん、待てよ、賢い夕のことだし……?


「…………やっぱりあった!」


 しゃがんで暗い足元に目をらしてみると、地面には矢印と「1」という数字が書かれていた。俺が道に迷うことを想定して、逃げながらも帰り道を記してくれていた訳だ。デキスギちゃんかよ。


「マ・ジ・デ・サンクス!!!」


 あまりの嬉しさに、思わず手に持った帽子をかかげ持つと、微笑みを浮かべるヴァーチャル天使夕に感謝をささげる。現実世界で悪友のヤスが夕のことを「マイエンジェル」と呼んでいたが、今ならその気持ちも分かるというものよな。



   ◇◇◇



 そうしてエンジェルアローの方向へ二・三百mほど進んだところで、進行方向の目の高さに何かが見えてきた。

 近付くにつれて、それが帽子同様につるにぶら下げられていると分かったのだが、なんとそれは……


「え、いや……えええ!?」


 白色のタイツだった。


「これはどう考えても、夕の……だよな?」


 そう思って下を見れば、先ほどと同様に矢印と、今度は「2」と書かれていた。

 さっきの帽子だけで充分じゅうぶんに道は分かるのにナゼ――ああ、そうか。俺が目印に辿たどり着く可能性を少しでも上げるために、帰り道に沢山たくさん置いてきている訳だ。それで番号は、これが二番目の目印だと示しており、もし最初に「2」に着いた場合に、余裕があるなら後方の「1」を回収してきて欲しいということだろう。そしてその意図に俺なら気付くとも予想している。……本当に賢い子だ。


「とは言えだ……」


 俺を助けようと頑張ってくれたことも分かるし、できるだけ目立つ白系の物を残していきたかったのも分かる。だがよ……タイツはやめて欲しかったかな!?


「はぁ、どうしたもんか……」


 ただまぁ、良くは知らんが、下着とかでは多分ないんだろうし……? 回収してあげる、か?

 そうは言っても直接触れるのはとてもヨクナイ気がしたので、木の棒の先に引っけて取り、そのまま運ぶことにした。



   ◇◇◇



 再び矢印に従ってひたすら先を急ぐが、まだ広場の明かりは見えてこない。そうなると、そろそろ三番目の目印が来る――いや、来てしまうのだろうか。

 アリガタイけどアリガタクナイ目印を予想しながら進めば、案の定と先に何かがぶら下がっているのが見えてきた。ものすごく嫌な予感がしつつも近付いて行くと、今度はなんと……


「――ちょい待てや!」


 白色のキャミソールだった。


「俺は試されているのか!? どこまで持って帰れるかを!」


 そもそもだ、タイツやキャミソールの前に、上着のブラウスではダメだったのか……いや、再会した時に肌着姿よりはまだマシ……なのか? でもそれを俺が回収したら、ぶっちゃけそっちのが恥ずかしくないのかな!? ……まぁ俺のために目印を残そうと必死で、羞恥しゅうちしんはそっちのけだったんだろう。普段の夕はとても理知的りちてきで冷静なのだが、こうして俺のことになると、色々と見境みさかいがつかなくなる困った子だからなぁ……。

 俺はその少々方向性を間違えた夕の熱い心意気こころいきんで、回収しておいてあげることにした。――もちろん木の棒で!

 そうして俺は、木の棒の先にタイツとキャミソールをげた、どこからどう見ても不審者ふしんしゃ格好かっこうで、夕達との再会を願って走り続ける。

 直前まで骸骨と死闘しとうり広げていたはずが、本当にどうしてこうなったんだろう……おい、教えてくれよ魔王様!




【25/25(+4)】

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