冒険録07 異世界の旅人さんこんにちは!

 森の中へ足をみ入れた俺達三人は、暗い足元に特に注意しながら、ゆっくりと奥へと歩を進める。すると、入る前から感じていた緑のにおいがより一層強くなっていく。


「……これがもっと明るい森なら、森林浴しんりんよくデートってところなんだけどね?」

「ぼーけんでーとなのー!」

「ははは……」


 俺に続く夕が割と呑気のんきなことを言っているが、これは気持ちだけでも明るく持とうとしているのかもしれない。……というのも、後ろから俺の服をちょんとつまんでおり、不安を抱えているのが伝わってくるのだ。なので俺が後ろに手を回して指先を少しにぎってあげると、「はふぅ」と息をらし……少しは安心してくれたようだ。ちなみにルナは、俺のかたの上にこしけており、歩みに合わせてゆらゆらとれている。

 少し歩けばだいぶと目が慣れて、周囲の様子がはっきりと見えてきた。頭上を見上げてみると、三~四m間隔かんかくほどで並ぶ高い樹木の枝葉が空をおおい隠しており、地表まで光がほとんど届いていない。それで新しい樹木は成長できないのか、腰高さほどの草が点在するのみで、他には樹木を覆うこけやキノコ、枝から垂れ下がるつるくらいだ。そのどれもが見たことあるような無いような植物ばかりであり、試しに夕へたずねてみたが、植物学は専門ではないので地球の植物との違いは良く分からないとのこと。

 そういう訳で、依然いぜんと暗くて見通しは悪いものの、歩くこと自体にはそれほど支障ししょうはなかった。


「そういや、俺たちが寝ていた切り株は、ここの木々と比べてすごく大きかったな?」

「そうね。きっと元々はあの巨木のせいで他の木が生えてなくて、それが切られた結果、周りが円状の草地になってたんじゃないかしら?」

「なるほど。するとあそこは……漫画風に言うと神聖な場所とかだったのかもな」


 あくまで自然現象ではあるものの、暗い森の中で唯一ゆいいつあの場所だけ陽光ようこうが差しているとなれば、何やら特別な雰囲気ふんいきを感じてしまう。


「とってもきもちがよかったのー!」

「ふふっ。妖精のルナちゃんもこう言ってるし、案外そうかもしれないわね?」


 俺たち二人がスヤスヤと眠れていたのも、もしかするとそのお陰だったのかもしれないな。



   ◇◇◇



 そうして雑談しながら道なき道を進んでいると、わきに大きめの枝が落ちているのを見つけたので、拾い上げてみる。それは長さ五十㎝直径三㎝ほどで、試しに振ってみればうでの力がしっかりと伝わった。


「パパ?」

「ああ。たぶん野生動物なんかもいるだろうし、武器にでもなればと思って? とは言っても、無いよりマシってレベルだけどな」

「そ、そうよね……」


 夕は野生動物と聞いて顔をくもらせる。もちろん想定していただろうけれど、こうして実際に武器を用意したことで、より現実味を感じたのかもしれない。

 

「まぁ、もし何か出てきたら俺が何とかするから」

「うん! パパは強いもんね?」

「いやいや……普通の人よりかは多少戦えるって程度だぞ?」


 俺は幼少期に母をくしているのだが、心身共に強く育てようとした親父の熱いご指導しごきのお陰で、一通りの武術が身に付いている。だが、当然ながら熊などの大型動物に素手や木の棒で勝てる訳がないし、まともな武器が必要――弓道部なので使い慣れた和弓わきゅうが理想だろうか。この世界にあるかは怪しいけど。


「それはさておき、そん時は静かに下がってかくれるか、遠くに逃げてな?」

「えっ、でも! …………うん、分かったわ」


 夕は一瞬反論しようとしたが、横に居ても結局全員の危険が増すだけと考え直したのか、しぶしぶながらもうなずいてくれた。


「あっそうだ。夕は木に登れるし、それが一番安全そうだな? …………――くくっ」

「?」

「いや、出会った時のことを思い出してな? あん時はほんとびっくりしたぜ」

「うふふ。運命的な出会い方だったわねぇ~」


 夕が庭の木に登って家での俺の様子を探っていたところを、不審ふしん者と思った俺がらして落としたという、運命的――かは分からないが、とにかく衝撃しょうげき的な出会い方だった。

 

「んでその時――あ……」

「あっ、えとぉ、うん……」


 そうして思い出話をしていたところ、余計なことまで思い出してしまい、互いに目をらしてソワソワと手をこね回す。

 実はその時……落ちてきた夕を受け止めようとしたが、失敗して倒れた拍子ひょうしに……キスしてしまったのだ。


「どーしたのー? …………らぶらぶー?」

「いやいや違うぞ!」「ルナちゃんってば何言ってるのかしら~? おほほほ」


 何かを察した様子のルナに、俺たちは大あわてで誤魔化ごまかして返す。


「よーし、さっさと森を抜けよう!」「そうしましょ!」

「……んー? へんなのー!」


 いぶかしげな顔で両手を振り上げるルナを尻目に、俺と夕は少し火照ほてった顔を冷まそうと、風を切って先を進んで行くのだった。



   ◇◇◇



 それから少し歩いたところで、前方に薄っすらと人影が見えたので立ち止まった。薄暗いので分かりにくいが、その人物は十五mほど先でこちらに背を向けて立っており、背には外套がいとうのようなものを羽織はおっている。


「この世界の旅人……?」

「かな?」

「これはもしや、ラッキー?」

「うんうん!」


 カレンを除けば初めての異世界人との遭遇そうぐうであり、出口の見えない森の中で不安だったことも相まって、純粋にうれしくなってくる。加えてもし親切な旅人なら、この森を出るまで道案内をしてもらえるかもしれない。


「おーい、そこの人ー! ちょっといいですかー?」


 俺はそう期待して、呼びかけながらゆっくりと近付いていく。

 すると、声に気付いたその人物が振り返ってきたのだが……


「んなっ!?」「ひぃっ!」「ひゃぁー!」


 俺たちは小さく悲鳴ひめいを上げて一歩後ずさることになった。

 なんとその目は血のように真っ赤な光をギラギラと放っており、明らかに人間ではないことを物語っていた。そして血色ちいろの眼光で照らされたその顔には、一切の肉が付いておらず……いわゆる骸骨がいこつだったのだ。




【16/16(+3)】

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