第2章 月と金星と森林探索

冒険録06 妖精さんは凄く高く飛べるぞ!

 自称じしょう魔王が飛び去った後、二人は切り株の上で呆然ぼうぜんたたずんでいた。


「さて、どうしたもんか……」

「だねぇ……」


 カレンの残したジェット噴射ふんしゃの残りの中、夕と困り顔を見合わせる。

 気付いた時には、魔王の勧めでその魔王を倒す冒険に出る羽目はめになっており、二人の周りにはとても残念な雰囲気ふんいきただよっている。


「やはー! ぼうけんなのー! しゅっぱつなのー!」


 そんな中で無邪気むじゃきに飛び回る幼女妖精さんを見ていると、


「ははは。ま、ルナに付き合っておくか」

「ふふっ、そうね」


 悩むのも馬鹿ばからしくなってきて、二人で笑い合う。


「とりあえず、森を抜けてみるか?」

「うん――と言っても、それ以外に選択肢がないのが辛いけどねぇ……」


 今立っている大きな切り株の周りは、平らな草地をはさんで、その奥に深い森が広がっている。この森の中がどうなっているのかは分からないが、少なくとも太陽が出ているうちに、街などの人が居る場所へ辿たどり着きたいものだ。

 二人でうなずき合うと、切り株から草地へ降りて二十歩ほど歩き、立ちふさがる背の高い木々の前に立つ。そこは草地と森の境界であり、光と影の境界でもあった。


「暗いなぁ……」

「うん……でも、目が慣れればそれなりに見えるんじゃないかしら?」

「それもそうか」


 ひとまず円状の境界に沿って一周しつつ、せめて獣道けものみちでもないかと目をらしてみるが……残念ながら見つからなかった。

 仕方なく適当な位置から入ろうかと思ったところで……ふと良い案を思いついた。


「なぁルナ、お前ってどのくらいの高さまで飛べるんだ?」

「――あっ、それは名案ね! さっすがパパ♪」


 夕がすぐに意図を察して賛同さんどうしてくれた。


「ん~と~、わかんないのー!」

「……その浮かせる魔法がどこでも働くとしたら、羽による揚力ようりょくもあるし、無制限に上昇できると思うよ?」

「じゃぁルナ、とりあえず空に向かって、上がれるところまで飛んでくれるか? んで、周りをぐるっと見回して、森のはじっこが近いところを探して欲しい」

「わかったのー!」


 ルナはうなずいて飛び立とうとしたが、


「あ、待って待ってルナちゃん!」


 夕があわてて両手でつかんでとどめる。


「高いところはすごく風が強いから、あんまり上がり過ぎないように気を付けてね。飛ばされちゃいそうって思ったら、すぐに降りてくるのよ? あと鳥さんとか、何か飛んで来たときもね?」


 夕はルナの金と蒼玉そうぎょくの瞳をじっと見つめて、優しい声でゆっくりと言い聞かせている。まるで、子供を一人でお使いに向かわせる少し心配性な母と言ったところだ。

 たしかに、言われるがままひたすら上り続け、突風でどこかに飛ばされて迷子にでもなったら非常に不味まずい。幼いルナには、こちらが色々な場面を想定して教えてあげないといけないな。


「ルナちゃん、わかったかなぁ?」

「はいなのー! いってくるのー!」


 ルナは元気よく答えると、き通ったオーロラ色の羽を広げ、夕の両手から真上へ飛び立った。

 夕の予想通り魔法に制限はないのか、ルナはどんどん高度を上げて小さくなっていき、こちらがギリギリ視認できる程度のところで静止した。目の前の高さ十mほどの木から概算がいさんして、三十mくらいだろうか。

 ルナはその場で少しうろちょろした後、風に飛ばされることもなく無事に降りてきた。


「ただいまなのー!」

「おかえり。どうだった? 森の端までの最短距離――って言っても分からんよな……あー、どっちの森が少なかった?」

「んっとねぇ……こっちなのっ!」


 ルナは少し考えると、俺達が入ろうとしていた方向とは反対側を指した。……危ない危ない、しょぱなから険しい道を進む羽目はめになるところだった。


「えっと、おおよそ太陽の方角で今十二時過ぎだったし、南かな? ――と言ってもアレが太陽で、ここが北半球ならだけどね」

「……あー、異世界だもんな」

「うん。でも仮に違っても、それを基準に方角を考えたら良いだけよ」


 俺は太陽であることを疑いもしなかったが、流石さすがは学者さん、異なる環境かんきょうに適応するのがすごく早い。こうした夕の知識やひらきは、今後も俺達を助けてくれるはずだし、隣に夕が居てくれて本当に心強く感じる。やはり夕は、いつだって俺にとっての「小さなヒーロー」なんだなと思う。


「それとルナちゃん、お山や川や海は見えなかったかしら?」

「かわとかうみは……わかんないの……でもあっちのとおくに、おやまがあったのー!」


 ルナは先ほどと反対側――俺たちが今立っている境界側となる推定北の方角を指した。


「森が深すぎて川は見えないっかぁ。でも、異世界であっても人は下流側、特に河口かこう部で栄えるものだと思うし、そう言う観点でも低地にあたる南に向かうのが良さそうね」

「だな」


 あくまで地球ベースの推測にもとづいた方針だが、山勘やまかんで進むよりも絶対に良いだろう。

 夕と頷き合うと、中央の切り株を挟んで反対側となる南の境界へ移動する。


「よし、早速さっそく行こうか」

「……うんっ」「しゅっぱつなのー!」


 そうして俺達三人は、少しばかり不安を抱きつつも、目の前の暗い森に向かって一歩み出すのであった。




【?の力:11/13(+3)】

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