冒険録18 ヒロインの魔法は効果抜群だ!

「大変おずかしいところをお見せしました……」


 少しして落ち着いた夕は、俺の後ろからのっそり出てくると、急に取り乱してしまった件で画面の魔王様に頭を下げている。


『いやいや、何を言うのだい。その真面目で責任感が強く、そしてひたすら大地君思いなところは、美徳以外の何物でもないさ。……まあ、今回のように少々行き過ぎる時もあるかもしれないが、それも愛嬌あいきょうと言うものであろう?』

「……ありがとうございます」

『まあそれに、素敵なシーンも見せてもらったからね? その調子でわたしとルナ嬢を大いに楽しませてくれたまえよ。くくく』

「はうっ……そ、そっちは早く忘れてくださいっ!」

『え~? ど~しよっかなぁ~? ね~ルナちゃん~?』

「もっとらぶらぶするのー!」

「もーこらぁっ、ルナちゃん!」

「わひゃー!」


 女子達三人のにぎやかな会話を、数歩下がって我関せずで見守る。どうかこっちに振られませんように!


『……まあそこは、後ろで必死に気配を消している甲斐性かいしょう無しの成長に期待するとして――』

「!?」

『そろそろ魔法の話に戻るとしようか』

「お、おうよ……」


 バッチリ振られてしまった。やはり大魔王からは逃げられない!


『それで、魔法に向いていないとは言ったものの、種類によってはその限りではないだろう』

「えっ、ほんとですか!」


 望みがあると聞いて、夕は画面へ乗り出してキラキラした目を向ける。それならそうと早く言ってくれればと思わなくもないが……俺らが勝手に早とちりした訳だし、仕方ないか。


『ああ。現状のゆーちゃんは、物理現象を直接的に操作するのは難しいが、もっと曖昧にぼかされた方法を取ればできるかもしれない』

「ぼかす……というと?」

『それは、科学で明確に解析できないもの……人の心、感情さ。その複雑ふくざつ怪奇かいきな感情というものに作用する魔法ならば、そのメカニズムがどうだとか、余計なことを考えなくて済むのではないかな?』

「「おおー」」


 そうか、夕の理解が完全におよばない現象に着目したら良い訳か。さすカレ。


「それならイメージできそうな気がしますけど……でも、なんだか怖いですね?」

「ん、そうだなぁ」


 漫画などで良く見る精神操作系魔法を想像して、少しゾッとする。相手を洗脳して同士どうしちさせるなど、悪役が好んで使いそうなものだ。例え可能でも、夕には絶対にさせたくない。

 それと戦闘用以外でも……例えば魅了みりょうの魔法を俺に使えば――って誠実のかたまりのような夕がそんな事絶対するはずがないな。ただ、微笑ほほえましいイタズラ程度のものを使われたりは……お姫様抱っこしたくなれ~、とか? ……ん、充分じゅうぶん困るな!


『はは、感情に作用とは言っても、対象者が望まないことは無理さ。あと補足しておくと、そもそもこの願いの力をキミ達三人以外は使えないし、感情操作等の直接的な対象者にもなれない』

「あっ、それなら良かったです」


 そうなると、もし夕がイタズラしようとしてきても、俺が拒否きょひすれば平気な訳だな。それなら安心安心…………ちゃんと拒否できるからな?


「えーと、それをルナちゃんにかけてみたら良いですか?」

「おー! かけてかけてー!」


 ルナが嬉しそうに夕の前へ飛んで来て、おえを待つ子供のように万歳ばんざいをする。


『いや、特にゆーちゃんは大地君で試す方が良い。まずは彼の活力の向上を願ってみたまえ』

「あ、そうなんです? 分かりました」

「むー!」

「ごめんね、ルナちゃん。ちょっとだけ待っててね?」

「もーしょーがないのー!」


 夕が少しねたルナをでてなだめる間、俺は魔法を使う前に一応時計を確認してみると……え、一時五分!? さっきより二十分も増えてる? ありがたいけど、なんで?

 そこで夕が俺の方へ向き直ってきたので、こちらも合わせて正対せいたいし、疑問はひとまず置いておく。


『ああそうだ。今回は最初のように日本語で詠唱えいしょうする方が良いだろう。……そうは思わないかい、ゆーちゃん? くくく』

「えーと――あっ、なるほど! だからパパの方が良いんですね! ……むむむぅ、ちょびっと恥ずかしいけど、頑張ります!」

「……どゆこと?」


 二人の会話の意味を理解できず、首をかしげる。

 すると夕はなぜかモジモジしながら、俺に向かって両手をかざすと、


「【げんきになぁ~れぇ~♡】」

「ふぐぁっ!」


 なんとそれをハート型に変えて、可愛らしい甘々ボイスで魔法をかけてきた!

 こ、これは……っ!?


『くっくっく。良く効いたのではないかい?』

「………………ああ」


 はい。物凄ものすごく元気になりました。効果は抜群ばつぐんです。


「うふふっ、うっれしいな~♪」


 夕は少しほおを紅潮させて、ぴょんぴょん飛びねている。

 とは言え、これはアレだ……魔法が発動しなくても元気になるような……ええい、くっそ恥ずかしいわ!

 そうして魔法本来の効果を疑うが、


「おおお?」


 よく見てみると俺の身体がっすらと黄金の光を放っていた。また、どこか身体が軽くなったように感じる。


『成功だね』

「やっっったあぁぁ!!!」


 夕は念願の魔法成功に、両手を振り上げて喜びをあらわにする。その様子に、俺も自分の事のようにうれしくなってしまう。


『ではジャンプしたまえ』

「え」


 カツアゲかな? 生憎あいにくと異世界のお金なんて持ってませんよ?


『ほらほらジャンプ!』

「は、はい」


 ヤンキー魔王におどされるがままに、その場で思い切りジャンプしてみると……


「うおあ、なんだこれ!?」「パパすっごぉい!」「たかいのー!」


 夕の背丈せたけを軽々と超えて、なんと二mほども飛び上がっていた。これは人間の脚力きゃくりょくだけでは絶対に到達不可能な高さだ。そして、あまりの高さにこわくなり、着地を心配するものの……足に全く痛みはなかった。


『見ての通り、元気の一環いっかんとして全身の筋力と骨格強度も増加している。具体的に筋肉の構造がどうだとかを考えるのではなく、おお雑把ざっぱに彼が元気になることを願うことで、間接的に強化させた訳だ。加えて、体調不良から深刻な病に毒や怪我けがといった、ゆーちゃんがイメージする元気と反するものは治癒ちゆされるだろうね』

「へえぇ……あ、骸骨戦で付いた細かなり傷とかも消えてるぞ。――ってこれメチャクチャ便利じゃね!? やったな夕!」

「うんうん! これでもしパパが怪我しちゃっても、あたしが治してあげるからね!」


 まさに万能の援護えんご魔法であり、これで夕が役に立たないとなげいてしまうこともないだろう。


『あー、水を差すようですまないが……これだけこう範囲はんいの効果となれば、力の効果がかなり分散してしまう。つまり、筋力を強化する、怪我を治す、などのピンポイント効果の魔法から比べれば効率が凄く悪い』

「そっかぁ、そんな美味おいしい話はないですよね…………――でもっ! そこは力をめて、あたしがもっと魔法の練習をすれば良いんですよね?」

『ふふっ、そういうことさ。期待しているよ』

「はい!」


 夕は両手をギュッと握りめ、意気込いきごみを示す。


「ん? でも分散してるにしては、随分と凄いジャンプだった気が?」

『はあ~、キミは本当にぶちんだねぇ』

「にぶちんなのー!」

「ええ……」 


 カレンにあきれられてしまい、夕を見るが……ヤレヤレと返される。……うーん、分かっていないのは俺だけなのか。


『いつもいつもキミを見続けているゆーちゃんだからこそ、その元気でたくましい姿をより強くイメージでき、ここまでの効力を発揮しているのだよ。また、対象者のキミから術者のゆーちゃんへの信頼の大きさも効果を上げているかな? ――くくっ、愛だねぇ?』

「ぐぅ……」

「えへへ。それは任せてっ!」


 夕は小さな胸を張って、ドヤ顔でふんすと鼻を鳴らす。恥ずかしいからヤメテ!


「――ごほん。そうなると、この状態で俺が戦えばいいんじゃ?」


 跳躍ちょうやく力から推測して、筋力と強度が四倍程度になっている訳だ。さらに、俺はそれなりに体術の心得もあるので、これでも充分な戦力な気がする。


『いや、ゆくゆくはそれで良いだろうけれど……身体を見てみたまえ』


 言われて目を向けてみれば、全身を覆うあわい黄金のかがやきが消えていた。


「そういうことか……」

『ああ。汎用はんよう性の高い魔法なこともあり、キミの全身を長時間強化し続けるには、まだまだ力が足りない訳だよ。なので先ほどのゆーちゃんの案のように、小さなルナ嬢を強化して弾丸のように体当たりしてもらうと効率が良いだろう』

「「なるほど~」」


 加えてルナが絶対に傷つかない身体となれば、ひとまず戦いを任せてみるのが最善手だろう。もしかすると先ほどのカレンは、こうなる流れを見越みこした上で「素晴らしいアイディア」と言ったのかもしれないな。まったく、魔王様のご慧眼けいがんにはおそれ入るぜ。



【50/70(+5)】

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