冒険録17 主人公がヒロインを励ました!

 夕はいきなり魔法に向いていないと宣告されてしまい、ショックのあまりいまだ地面から立ち上がれずにいた。あれほどハイテンションになっていたくらいだ、秘密の願い事がかなうことをよほど楽しみにしていたのだろう。

 それで落ち込む夕を元気づけてあげるにしても、まずはカレンが懸念けねんしていた内容を確認しないとだな。


「上手くいかないのは、夕ならではの原因が何かあるってことだよな?」

『ああ、そうなるね』


 夕に限った問題となると……それはもしかして?


『未来人』

「「!?」」

『――は直接的には関係ないよ』

「そ、そうか」


 浮かんだ予想を、すかさず先回りで否定された。完全に思考がつつけ。さすカレ。

 それでカレンが言ったように……実は夕は未来人なのだ。夕は未来での研究の末、十年前の自身の肉体へ記憶とたましいのみを送る方法で、俺の元へとタイムトラベルしてきており……結果、世にも不思議な学者幼女お姉さんが爆誕ばくたんした。

 それで当時の俺は、家族を全員亡くしたトラウマから、親しい人を失うことに過度におそれを抱いており、親身に近付いてくる夕を何度も突き放そうとしたが……それでも夕は健気けなげに寄りい続け、俺に失われた家族の温かさを届けてくれた。そうして夕に心を救われた俺は、密かに「小さなヒーロー」と呼んで誰よりも尊敬し、家族のように大切に想っている。またその時の名残なごりもあって、を除き、俺を「パパ」と呼んでしたってくれるのだ。

 ただ、それは今回の魔法の件とは関係ないとなると、一体何が問題なのだろうか。


『まあ、本人に聞いてみればすぐに分かるよ。……ではゆーちゃん、ルナ嬢の速度が増加することを、本当にイメージできていたかい?』

「っ!? ……………………ごめんなさい。多分、できてません……」

「……えーと、それはそんな難しいことなのか?」


 ルナがより高速にシャカシャカ動きまわるところを、想像したら良いだけではないのか。


『いや、キミやわたしの場合は難しくない。これはゆーちゃんがかしこすぎるからなのだよ』

「……んん?」


 賢いと失敗するとは、一体どういうことだろうか。それに賢さで言えば、カレンも夕と同じく相当のものだと思うのだが。


『失礼、言葉が足りなかったね。これはゆーちゃんの物理学への造詣ぞうしの深さゆえの失敗だ。……ゆーちゃん、詠唱えいしょうの時に何を考えていたか聞かせてくれるかい?』


 問われた夕は、のそのそと草地から立ち上がると、その時の状況じょうきょうを語りだした。


「はい……物体の速度を増加させるには力を加える必要があるけど、これはどの程度のエネルギーの第何の力を想定してイメージしたら良いのか、力を加えたときに運動方程式に従い質量と摩擦まさつ抵抗ていこう依存いぞんして加速するけど、ルナちゃんの質量や異世界の空気密度と抵抗係数が不明だから加速度をどう概算がいさんしたらいいのか、そもそも力の付与対象となるルナちゃんの飛行原理は既存きぞんの物理法則から外れているのでこの力と線形せんけい演算えんざんが可能なのか――なんて色々とグルグル考えてました……」

「『……』」


 夕が語り終えると、場はお通夜つやのように静まり返る。

 ああ……これは確かに向いていない。


「そのぉ……ルナちゃんが素早くなる! って思い込めばいいだけなのは分かってるの。でも……そのメカニズムは何? って頭が勝手に思っちゃうのよぉ……ううぅ」

「そうか……根っからの物理学者な夕は、魔法という超常ちょうじょうの現象を受け入れられていないんだな」

『そういうこと。わたしやキミであれば、そういうこともあるかも? とイメージできるだろうけれど……ゆーちゃんは物理法則をあまりに熟知し過ぎていて、非現実的なイメージを介入かいにゅうさせる隙間すきまが全く存在しないのだよ』


 そうとなるとこれは、一朝一夕でどうにかなる問題ではなさそうだ。


「うーん……困ったなぁ」


 せっかく魔法というロマンあふれる現象に触れる機会だというのに、夕と一緒にそれを享受きょうじゅできないのは本当に残念でならない。


「あたし、役立たずでごめんね……」

「え?」


 そこで夕はそうつぶやいて、悲しげに顔をせてしまった。――あ、もしかして、俺が戦力的な意味で困っていると取られてしまったのか?


「いやいや、そういう意味じゃない! んなこと一度も思ったことないから!」

「でも……あんな骸骨みたいな危険な魔物が居る世界で、みんなの命がかかってる状況で、あたしだけ何も……さっきだってパパに任せて逃げるしかできなかった! 身体は子供で力もないし、ルナちゃんみたいに不死身でもない。これで魔法まで使えなかったら、みんなに迷惑めいわくがかかるだけじゃないの!」

「おいおい、落ち着けって」


 顔を上げて辛そうにさけぶ夕は、その蒼黒そうこくひとみっすらと涙まで浮かべている。

 これは、すごくマズイ流れだぞ……以前に夕は、不注意で俺を傷つけてしまったことで自責じせきの念に押しつぶされ、ひどく取り乱して大変なさわぎになったことがある。何とかして早急に説得しないと。


「ほら、まだ完全に使えないって決まったわけじゃないだろ? そもそも俺は、お前が――」

「もしっ! もしあたしが何もできないせいで、お荷物になったせいで、パパが死んじゃったりしたら……あたし、あたし……う、うっ……」


 夕の顔が再び伏せられ、その瞳から一粒のなみだこぼれ落ちるのが目に入った瞬間――


「夕」

「!?」


 俺は夕を胸元に優しく抱き寄せていた。


「そんなこと、気にしなくていいんだ」

「で、でもぉ……」


 背をさすりながらそう言ってあげるが、夕は胸に押し当てられたくぐもった声で、駄々だだっ子のように言い訳しようとしてくる。

 まったく……本当に困った子だ。こんなに賢いくせに、俺がどれほど夕に救われているのか、自身がどれほど優秀な人間なのか、全然分かっていないようだ。この自己評価低すぎ子ちゃんに、今一度ガツンと言ってやらんといかんな。


「あのな、夕? 例え魔法を使う障害になったとしても、その知識や知恵はこの世界でも必ずどこかで役に立つはずだ。現に俺は現実世界で何度も助けられてきたし、さっきだって目印が無かったら俺は帰って来れなかった。それにそもそも、そのおかげでこうして俺は夕と出会えたんだからさ?」

「……うん」


 夕がタイムトラベルの研究をしていなかったら……俺は今もなお、閉ざされた心の闇の中でひと彷徨さまよっていただろう。


「だから、そんなちょっと魔法が使えないくらい気にすんなっての。お荷物になったりなんて、それこそ絶対にないから。そもそも俺は……夕が活躍かつやくできるかどうかなんて関係なしに、その、えーと……この世界でも……そっ、そ……」

「?」


 言いよどんでいると、夕が不思議そうに見上げてくる。

 俺はその少しうるんだ美しい瞳に見つめられて……


「そばに居て欲しいから!」

「っ!?」


 れるがままに続きが口から出ていた。

 ぐぬぅ……ガツンと言ってやったはいいが……やっぱすんげぇ照れくさい!


「そ、そっか………………うん。うんっ!」


 夕は驚いて目を真ん丸にした後、口元をほころばせて、小さく何度もうなずいている。


「ああ、うれしいなぁ。いつも心からの優しい言葉をくれて……こんなを必要としてくれて……本当にありがとう、♪」

「あ、その……ど、どういたしまして!?」


 胸元から向けられた微笑ほほえみがまぶし過ぎて、思わずそっぽを向いてほおいてしまう。

 でも、無事に落ち着いてくれて本当に良かった。


『――あーあーあー、うぉっほん!!!』

「「!?」」


 突然とつぜんひびいたカレンの声に、抱き合っていた状態から大あわてではなれる。


『二人で熱く盛り上がってお楽しみのところを大変申し訳ないが……続きの説明に入っても良いかい? ――まあ、続けたければ別に構わないがね? わたしの方も最高に好みの恋愛映画を鑑賞かんしょうしている気分で、それはそれはもだえるほどに楽しめているから、気にせず存分にどうぞ?』

「「お気遣いなく!」」

『そうかい? 遠慮えんりょしなくても良いのに。くっくっく』


 カレンは口元をニヤニヤさせて、本当に嬉しそうにからかってきた。――ぐぅ、夕のことに集中し過ぎて途中で忘れていたが、カレンに全部見られてるんだった……これはずかしいなんてもんじゃないぞ! 


「らぶらぶー! うれしいのー! …………ちゅーはしないのー?」

「ちょぉ!?」「ルナちゃんっ!?」


 追い打ちでルナまで無邪気むじゃきに喜ぶ様子に、二人で頭を抱えてしまう。


『ははっ、早速とルナ嬢の願いをかなえてあげて、キミ達は実に優秀だ』


 ああそう言えば、ルナが望むことに入ってたな……ラブラブとやらがっ!


折角せっかくなのだから、全て叶えてあげてはどうだい? なあに、画面を一旦切っておけばこちらからは見えないから、恥ずかしがらずにどうぞ? ん~? くくく』

「できるかぁっ!」「あうあぅぅ……」


 夕は羞恥しゅうち心の限界に達してしまったようで、真っ赤になった顔を両手でおおい、俺の後ろへと隠れてしまうのであった。



【65/65(+19)】




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第3章半ばまでお読みいただきまして、誠にありがとうございます。


大地君良く言ったぞ! と彼の頑張りを讃えたくなりましたら、ぜひとも【★評価とフォロー】をお願いいたします。

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