冒険録16 ヒロインは魔法に向いていないぞ!

 不思議な妖精さんの事について少し知れたところで、お節介せっかい魔王様講座は具体的な戦闘せんとう指南へ移ることとなった。


『それでルナ嬢が戦う方法だが、もちろん願いの力を使用するしかない。その方法はキミ達の発想力に任せることになるが……何かあるかい?』

「そうだなぁ。ルナに小難しいことは要求できないだろうし……基本は体当たりだよな? それを願いの力のなんやかんやで強くしたらいけるか?」


 現時点でもルナは結構な速度で飛べるので、体当たりだけでも夕を悶絶もんぜつさせる程度の威力いりょくがあった。例えるなら、一般いっぱん人のジャブ程度だろうか。それを願いの力で超強化すれば、充分じゅうぶんに戦える気がする。


「そうなると……例えば飛行速度を上げたり、質量を増やしたりはどうかしら? というのも、ルナちゃんはすごく小さいから、衝突しょうとつ時のエネルギーを一点に集中作用させられる――ってもう、めっちゃ痛かったんだからねっ!?」


 ルナは夕ににらまれ、「ごめんなのー」と言って少し反省している様子。


「――こほん。しかも決して傷つかないということは、その衝突エネルギーにえられる硬度こうどに身体も強化されると思うの――んと、その力の仕様やルナちゃんの身体の仕組みが未知だから断定はできないけどね? それで、大幅増加した運動エネルギーを持つ超硬度の身体で一点集中の体当たりをすれば……弾丸だんがんのように相手を貫けるかもしれないわ!」

「おおお……なるほどなぁ」「わるものやっつけるのー!」


 流石さすがは幼女学者先生、俺のなんやかんやとは段違いな説得力だ。まぁ、妖精さん本人には多分伝わっていなさそうだけど。


『うむ。確かな知識と的確な考察に基づいただ。――よし、それでは早速試してみようか』

「そうだな――って試すとは言っても、どうやったら使えるんだ?」

『その効果をイメージし、力を使おうと願うだけで良い。ただゆーちゃんは……』

「ん?」


 そこでカレンは不意に言いよどむ。実は何か条件でもあるのだろうか。


『――いや、実際に試した方が早い。ではゆーちゃん、ルナ嬢の飛行速度が増加することをイメージして、何か呪文を詠唱えいしょうしてみたまえ』

「えっ、えとぉ、呪文ですか? それはどんなのにしたら……?」


 あまりゲームの経験が無い夕なので、急に呪文をとなえろと言われても困るのかもしれない。


『それは何でも良いし、呪文らしい言葉を適当にどうぞ? まあ別に無くても使えるけれど、イメージが強まれば効果も高まるので、あった方が良いだろう。要は魔法を使っている気分になれるかが大切なのだよ』

「んとぉ、そう言われましても……な、なんだかずかしいんですけど?」

『ふふ、ここは異世界なのだから、気にしてはいけないよ』


 現実世界で突然呪文を叫んだなら、白い目で見られて中二病の烙印らくいんを押されてしまうが、ここなら何の問題もない。あとは非現実に一歩み出す勇気を持つだけだ。


「例えばさ、劇で魔法使いを演じてるつもりでやってみたらどうだ?」

「おー、なるほど……わかったわ。……でもぉ、笑っちゃヤだよ?」

「うむ」


 若干不安げな夕に、大きくうなずいてはげましておく。

 夕は空中でじっとしているルナに向き直ると、ンッと気合を込めて手をかざした。

 そこで俺は、動きを素早くする呪文として、ファスト、スピードアップ、クイック、そのような単語を思い浮かべていたところ……


「【すばやくなぁ~れぇ~】」

「ぶふっ」『くくっ』


 あまりに想定外の呪文(?)がきて、思わずき出してしまった。ウィザードではなく、おとぎ話の魔法使いでも想像したのだろうか。


「あっ、あああ! わ、笑ったわね!? はじしのんで頑張ったのに、あんまりだよぉ……」

『くくく、すまないね。決して馬鹿にしたのではなく、ゆーちゃんらしい実に可愛らしい呪文だったもので、あまりに微笑ほほえましくて、つい? ……キミもそうだろう?』


 られた俺の方へ、夕のねた目が向けられる。


「いや、その…………うん」

「っっっ!」


 すると夕は、羞恥しゅうち心で赤くした顔を両手でおおい、しゃがみ込んでしまった。……ほんとごめん。


「――ねーねーねー、るなすばやくなったー?」


 そこでルナがそう言って、周りをヒュンヒュン飛び回り始めた。


「えーと……――あれ?」


 効果のほどを確認しようと目を向けるが、特に変わっていないように見える。


「……速くなって、なくね?」

『失敗だね。イメージが足りなかったのかもしれない。もう一回やってみよう』

「うそでしょ!? こんな恥ずかしい思いをしたのに失敗なのぉ!?」


 誠に気の毒なことにも、異世界は非情のようだ。


「うう、また笑われちゃう……」

「大丈夫! ちかって笑わないから!」

「う、うん……」


 もし次に笑ってしまったら、マジで洒落しゃれにならないほど落ち込みそうだ。頑張ってらえよう――ってそうだ。


「なぁ夕、英語にでもしたらいいんじゃ? 多分それっぽくなると思うぞ」

「ん、分かったわ。――よ、よしっ!」


 夕は覚悟を決めたのか、大きく息を吸い、


「【Instant Acceleration!】」


 声高らかに呪文を詠唱した。


「おお……」

『いよっ、ゆーちゃん! かぁっくいい~♪』

「……えへへ」


 ネイティブばりの流暢りゅうちょうな発音なこともあって、かなり呪文らしく聞こえる。カレンは陽キャモードでめながら拍手はくしゅしており、夕は少し照れつつもうれしそうだ。


「るなはやいー?」


 それで今度こそ成功だろうと、ブンブン飛び回るルナに目を向けるが…………あんれおかしいな、全然変わってないぞ?


『失敗だね』

「うそぉ……なんでよぉ……」


 二度目の失敗で、夕は意気いき消沈しょうちんしてしまった。


『……懸念けねんしてはいたのだが、やはりそうか』

「まだ何か問題でも?」

『ああ。結論から言ってゆーちゃんは……』


 そこでカレンはめに溜めて、


『物凄く魔法に向いていない!』


 残酷ざんこくな事実を突きつけた。もしかするとそれは、先ほどの夕の内緒の願いも、かなえられないということかもしれない。


「しょ、しょんなぁぁぁぁ……」


 そうして夢敗れた夕は、ガックリと草地に両手両ひざを突き、悲しみに暮れてしまうのであった。



【26/46(+2)】

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