第7話 スキルシステム

 夕暮れ時、俺はまだ狩りを続けていた。


「よしっ、終わり、っと!」


 イエロースライムの攻撃を華麗に躱し、俺の一撃が決まる。

 ダメージは30。これは大分強くなったんじゃないだろうか。


 のべーんと、地面に広がるスライムを見て、俺は妙な達成感に見舞われていた。


「イエロースライムはもう楽勝だな」


 コツは掴めてきた。


 最初、俺は適当に攻撃していたが、SWでは攻撃方法がかなり重要視されている。リリィも言っていたが、刀身を意識しなければダメージは出ない。刃物で斬るのと鈍器で殴るのは違うというわけだ。


 それと次に重要なのは弱点を突くということ。


 SWではどうやら確率でダメージ値を算出していないようだ。完全にプレイヤーの行動で決まり、攻撃が当たった場所や速度や力の入れ具合で変わる。現実に近い感じだが、ダメージは数値で出るし、やや現実よりのゲーム感覚だった。


 イエロースライムの弱点は中心の核だ。うっすらと丸い影が見えるため、確認は出来るが動いている相手の急所を狙うのは慣れとコツが必要だった。


 しかし、今では俺も経験を積み、それなりに上手く対応出来るようになった。


「って、まだやってるし」

「うおっ!?」


 DROPアイテムを拾った時、突如目の前にリリィが現れた。


「いきなり現れんなよ!」

「自分じゃどこに移動するか選べないのよね、ごめんごめん」


 後頭部を掻いているリリィを見て思う。現実にこんなリアクションをする奴がいるとは。


 俺は内心の呆れとちょっとした茶化しをおくびにも出さずに疑問を口にした。


「瞬間移動? みたいなのも出来るのか、このゲーム」

「あたしは出来るわよ。ナビだから。プレイヤーは出来ないって前に言ったでしょ」

「あ、ああ。そうか……まあ、そんなの出来たら移動が簡単すぎるよな」

「そゆこと。で、収穫は?」

「えーと、ちょっと待ってくれ」


 思考操作で鞄の中身を画面表示する。

 次いでステータスとスキルを確認する。


 入手アイテム

・イエロースライムジェル201個

・イエロースライムの核3個


 ステータス

 ・HP 140→188 ・MP 20→20

 ・SP 100


 能力値

 ・STR 8→13 ・VIT 6→10

 ・MND 3→3  ・INT 2→2

 ・DEX 5→7  ・AGI 4→8


 スキル上昇

 ・腕力… 0.1→5.2 ・脚力… 1.5→7.0

 ・体力… 2.0→6.0 ・短剣… 0.3→10.3


 習得スキル

 ・強撃    練度…25

 ・スラッシュ 練度…8


「――って感じだ」

「まあ、順当なのかしら。イエロースライムしか倒してないってのが、色んな意味で引くけど。ちょっと先に行けばガーガーとかいるのに」

「いや、なんか楽しくなってきちゃって、どうせならスライムハンターって称号を手に入れようかなって」

「ないけどね」

「ないの!? ま、まあいいけどさ。別にそんなに欲しかったわけじゃないし……うん」


 ちょっとへこんだ俺だった。いいんだ。称号目的で戦ったわけじゃない。俺はRPGは初期村周辺でかなりレベルを上げて進むタイプなだけなんだ。


「スキル、何回か使ってるのね」

「あ、ああ。最初はスキルの使い方がわからなかったけど、ヘルプ見ながらやったら慣れて来た」

「へぇ……ちょっとやってみてよ」

「おお! 見たい? 見たいのか? いいぞ!」

「こういう時のあんたのテンションちょっと面倒臭いのよね……」


 リリィの言葉を無視して、俺は距離をとった。


 いいぜ。おまえがそう言うなら。俺の本気を見せてやる。明日からじゃない。今、この時、この瞬間、俺の本気はクライマックス!


「ほりゃあっ!」


 『リハツは強撃を放った』


「ほりょっ!」


 『リハツはスラッシュを放った』


「むむぅっ!」


 『リハツは身構えている』


「にゃりゃっ!」


 『リハツは回避した』


「しゅしゅっ! ぐほっ!」


 『リハツは転んだ』


「ぐっ、やるな」


 『リハツは相手を挑発している』『しかし相手はいなかった』


「むっほっ!」

「もういいわ!」


 ゴンッと後頭部に衝撃が走る。痛みは薄い。でも痛いものは痛い。


「な、なにするんだよ!」

「掛け声が気持ち悪いのよ! 慣れてない感がすごくて見てられないの!」

「え? うっそだぁ」

「ダメだわ。変なテンションになってる、こいつ」

「で? どうだった? ほら言ってみ? 正直に言ってみ?」

「……う、うざっ。まあ、やるじゃない?」

「はっはっは、そうだろうそうだろう」


 腰に手をやり、したり顔でのけ反る俺。なんだかすっごく気分がいい。


「初心者だと、スキル使用が最初の難関だからね。思考操作で出せるようになるのは時間がかかるはずなんだけど……」

「そこは、ほら。才能ってやつ?」

「素直にほめたくないあたしがいる。それより、自分で調べたんだ?」

「まあな。覚えたての時、どうやって使うのかわからなかったから」


 アクティブスキルの使用方法はいくつかある。


 一つ目は言葉に出すこと。これが初心者にはやりやすいが、軌道が思い通りにならずに、効果的とは言えなかった。例えば『強撃』だが、これは使用すると通常攻撃よりも強い攻撃が出来るというスキルだ。しかし言葉にすることで出るスキルは軌道が決まっている。恐らく言葉を認識し、思考を読み、技を発動するという流れだと時間がかかりすぎるため、思考を読むという部分を省略し、自動的にシステム側が発動させているように思える。


 二つ目は事前にショートカットに登録すること。これも一つ目同様、意図した結果は得られなかった。思考操作、手動操作共に時間がかかり、思ったような結果を生まなかった。


 スキルを発動するという点だけ見れば一つ目と二つ目は非常に簡単だ。しかし、モーションが決まっている分、一度見れば次にどんな攻撃が来るかは一目瞭然で、先読みがしやすいと思う。戦いの最中に見極めるのは難しいが、それでも全く同じ動きというのは行動が制限されてしまう。また思いもよらぬところでスキルを発動してしまうかもしれない。


 三つ目は思考操作とモーションを直接的に同時に行うこと。つまり心の中でスキルを発動するぞという意思を表し、攻撃モーションに入る。そうすればモーションの状態からスキルが発動するという仕組みだ。タイミングがシビアだが、一番しっくりきた。


 スキル発動の条件は他にも幾つかある。例えば『スラッシュ』はいわば素早い袈裟斬り、斜め斬り、斜め斬り上げのことで、左斜め下、右斜め下、左斜め上、右斜め上の四つの攻撃パターンがある。これだけでもかなり創意工夫が出来るが、態勢によっては発動しない。斜め上の軌道の『スラッシュ』の場合、座っている場合は出せない。当然、防御中も出来ないし、予備動作が必要だ。つまり、立って身構えている状態が必須ということだ。


 色々試していると、ふと気になりヘルプを見た。思考操作をよくよく調べてみると、俺が思ったのと違った。


 思考操作とは、思考をそのまま読み取るわけではなく、比較的大雑把らしい。例えば、頭の中で文字や言葉を思い浮かべても、読み取るのは不可能。基本的に『大枠の欲求を読み取りそこから推測しアウトプットする』というのが思考操作ということだ。


 だからWISもテレパシーみたいなことは出来ないし、UIもプレイヤーの慣れが必要で誤作動を起こすこともある。スキル発動もかなり自由ではあるが、妙に制限があるのはこのためらしい。


「それより、そろそろ帰らない?」


 思考に耽っていた俺にリリィが疲れたように言った。


「そうだな。俺も腹が減ってしょうがない。空腹って感じじゃないけど、なんだろう、午後四時くらいの腹具合?」

「それ多分、一番お腹減ってる状態よ……あんた、ご飯食べずにゲームするタイプだわ」

「ゲームにはまったことは一度もないからな、わからんけどそうかも」

「とにかく帰りましょ。周りの人達もほとんどいなくなってるから」


 見回すとプレイヤーは誰もいない。遠目で人影が何度か見えていたはずだが、時間が時間だ。そろそろみんな宿や自宅に戻ったんだろう。


 実は近くに誰か来たらそれとなく離れていたんだけど。だって気まずいし。


「2000ゼンカで足りるかな?」

「初心者用の宿なら無料で泊まれるから、なんとかならないこともないけど。食事も宿も粗末になるでしょうね」

「なんか、それは抵抗が」

「無駄に鞄に詰まってる素材があるでしょ。それを錬金術師か調理師に売るか、クエストで納品すればいいじゃない。ある程度はお金になるでしょ」

「クエストで!」

「わかってるって。なら早く戻りましょう。冒険者ギルドに行かないと」

「あー、なんとなく行きたくないけど……どうせ人と話すんでしょう?」

「少しぐらい我慢しなさいよ。あんたなら出来る!」

「適当だなぁ」


 とはいえ、愚図っても仕方がないので、街へ歩を進めた。


 ロッテンベルグ周辺には平原が広がっており、森林や荒野、山脈などは見えない。広大な大地があるだけで、視界は広い。


 俺がいる位置は街まで徒歩10分くらいの距離だ。他の初心者らしきプレイヤーは街近くで狩っていたので自然にここまできた。それでもガーガーとかいうモンスターは見ていないところを見ると、SWはかなり広いのだろうか。


 とぼとぼと歩く俺、蛇行するリリィ。


 まだ暗くないがもうしばらくすると、日が沈むんだろうな。時間の流れとか天候も現実的なんだな、となんとなく考えている時、


「トレインですっ!」


 誰かが言った。

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