第6話 初戦闘

 戦いの火ぶたは切って落とされていた。


「はぁはぁ!」


 息切れをするほどに、体力を奪われている。HPも半分を切った。なんということだ、初期の街の周辺に出るモンスターに手こずらされるとは。


 SWの難易度は高いようだ。確かに素人がいきなり戦えばこうなるだろう。だが、これはゲーム、仮想世界の中なのだ。もう少し手加減してくれてもいいじゃない!


 防具は所々破れ、肌が露出していた。こんなところまでリアルにしなくてもいいのに。


 集中力が逸れてしまった。そんな俺の隙をイエロースライムは見逃さなかった。


 流動体、いや粘液体のそいつは突然、体積を小さくする。力を溜めているのだ。そして、瞬時に跳ね、こちらへと体当たりをしてきた。


 俺はすぐさま、地面を蹴り横に跳躍する。


「がっ!」


 イメージ通りにいかず、地面に転がる俺。追い打ちをかけるイエロースライム。

 何度もあった光景だ。


 視界右下に『リハツは転んだ。2のダメージ』『イエロースライムの体当たり。5のダメージ』と出ている。


 俺は丸太のように転がり、イエロースライムと距離をとる。地面は石と土と草。つまり平原だ。地面を這いずってもダメージはない。


 再び、しばしの硬直状態が始まる。


 右手のナイフはまとも扱えていない。攻撃のタイミングが難しいからだ。


『ふぁーっ……はふぅ、まだ終わんないのぉ?』


 高みの見物をしているリリィが、つまらなさそうに問いかけてきた。


 なんということだ。ナビが、主人である俺を無下に扱うとは。俺はこんなに必死に戦ってるというのに!


『あのさぁ、まだ一戦目じゃん? 時間かかるのはしょうがないけど、20分くらい経ってるわよ』

「そ、そうは言っても、攻撃があたらん! うおっ!?」


 会話してんじゃねえ、とイエロースライムが体当たりをしてきた。鈍そうな見た目をしているのに、動きは早い。


『だから、ナイフの刀身に当てればいいじゃん。腹部分で叩いてもダメージはでないから。ほらDPSDPS!』

「自動で攻撃とか出来ないのかよ!」

『できませーん。一応ある程度は自動的に攻撃が決まるようになってるわよ。ただ、きちんと斬る角度と速さと力が必要なだけ。個人差はあっても誰にでも出来るようになってるんだから、コツ掴めば余裕じゃん?』

「完全にひとごとぉ!」


 『イエロースライムの体当たり。リハツの足に直撃し、ダメージ3』


 メッセージが出ると赤色のHPゲージが少し減る。もうそろそろ三分の一になりそうだ。


「ああ、もうログ邪魔! 死んじゃう! このままじゃ死んじゃう!」

『イエロースライムで死ぬ人っているのかな……まっ、それも経験じゃない?』

「怖い! 死にたくない!」

『どうせ、初期ホームポイントの神殿で生き返るから問題ないわよ。ペナルティもまだない死ね』

「しねの変換間違ってる! 死なないから!」


 ちなみにリリィとの会話はチャット欄に出ているし、声も聞こえる。俺の声も彼女に届いているだろう。いわばWISだ。他の人にも聞かれるため、周囲には聞こえないように設定することも可能らしい。


『やばっ! 本音出ちゃった、えへっ♪』

「うわ、可愛い。じゃねえよ、助けて!」

『あたしナビだもん。出来るのは説明と助言だけ。ごめんねっ』


 だめだ。ナビは戦闘では役立たずだ。むしろ邪魔をしているくらいだ。


 このままじゃ本当に死ぬ。なんとかしないと。


 とにかく、この20分無駄に戦っていたわけではない。

 イエロースライムの行動パターンは単純だ。


 距離をとり、身体を縮小させる予備動作。その後体当たりを発動する。多分、粘液体だから、凝固し膨張することで跳躍している。よくある方式だ。


 体当たりは直線攻撃で、飛んでいるため途中で軌道が変わることはない。つまり避けやすいはずだ。しかし、俺の身体は運動に慣れていない。ずっと引きこもりだったからな。


 なんとかこの20分で身体の動かした方もわかってきた。


 そろそろこっちのターンだ。

 イエロースライムが、再び身体を縮小する。


 来る!


 俺は身構え、今か今かとその時を待った。


 次の瞬間、イエロースライムの身体がブレて、質量が増大する。そう見えたのは、一瞬にしてこちらへ迫ってきたからだ。


 俺は半歩横へ移動すると同時に、ナイフを突き出した。振らず、差し出すように横に倒す。


 交錯の後、互いに制止したままだった。

 俺はゆっくりと振り返り、ログを確認する。


 『イエロースライムの体当たり』『リハツはイエロースライムの攻撃を躱した』『リハツの攻撃。イエロースライムは10のダメージ』『リハツはイエロースライムを倒した』


 メッセージに目を通し、イエロースライムを見ると真横に寸断されていた。粘液だったのが、流動体になり、どろどろと地面に広がっている。


「た、倒したぞ! やった、俺はやったんだ!」


 ナイフをしまい、両拳を握り、天を仰ぐ。

 なにかを成すことはこんなに気分がいいものだったのか。


 俺は余韻に浸り、涙をちょちょぎれさせたりなんかして、状況に酔った。


『なにしてんの、バッカみたい』

「おい! 今、俺はやれば出来るじゃん、やっぱ出来る子じゃん! といい感じの心境だったんだよ!」

『あー、はいはい、すごいわねぇ。それより、アイテム落としてるみたいだけど、さっさと拾わないと所有権なくなるわよ』

「お、おお!」


 見れば、スライムがいたところに何かある。黄色のボール、いや大きめのわらび餅のような形状をしている。


 触ると、ぽよんと揺れた。弾力がある。色合い的にちょっと美味しそうに見えなくもない。とりあえず、にぎにぎし続けても意味はないのでフレーバーテキストを確認した。


  イエロースライムジェル …イエロースライムプリンなどの素材になる。レア度1。


「素材ってことは生産職とか合成職で使うのか」

『錬金術と調理で使うわね。それとこのゲームは生産職しかないわよ。そうそう、需要は高いわ。多分安いけど。初心者の内は貯めてクエストで消費するか、露店で卸すかするといいわね』

「うん、クエストで使おう」

『言うと思った……あ、そうそう、フィジも確認して。上がってる?』

「ん?」


 反射的にフィジカルスキル画面にした。


 確か、なにも表示されていなかったはずだが、『腕力:0.1』『脚力:1.5』『体力:2.0』と書かれていた。ノンフィジカルスキルには『短剣:0.3』という項目が増えている。


「なんか色々出てる」

『初期設定だとスキル上昇のログは出ないから。見たいなら設定変更して。ログだけじゃなくて画面にエフェクトで表示することも出来るし』

「なんかごちゃごちゃしそうだからやめとく……それより体力と脚力だけが異常に上がってるんだけど、なんでだ?」

『半日街で歩き回ったし、戦闘ではずっと逃げ回ってたからでしょ。フィジカルは、普通の生活でも上がる場合があるから』

「へぇ……じゃあ、本当に身体の能力をそのまま計算してるのか」

『そうね。まあ、通常はもっと上がるんだけど。現実の身体の能力を元に計算するから、上昇値も序盤は違うのよ。ただ、あんたの場合は底辺だったわけね』

「言い返せないけど、ひどいな、おい。でも、そうか現実にリンクしているんだな」

『ええ、現実の能力もそうだし、ここで得たものの多くは現実世界に影響があるわよ。例えば、こっちで運動すれば現実でも筋力トレーニング効果が得られてダイエット出来たり、リハビリにも効果があるから重宝されてるわ。SW内で有名なレイドギルドマスターは現実でも結構もてはやされたり、なんてこともあるし、現実企業と提携してたり、或いは現実の企業がSWに参入して商売してたりね。漫画家や小説家がこっちで活動してる、とかも聞くわね。だからSWで一旗揚げようって考えるプレイヤーも少なくない』

「話が大きすぎて想像出来ん……」

『ま、そういうのはその内わかるでしょ。それよりどうする? 疲れてるなら一旦帰る? それとも続ける?』

「続ける! コツも掴めてきたし、戦えば戦うほど能力が上がるんだろ? そういうの嫌いじゃないからな。でも経験値がないのはちょっと物足りないような」

『スキル制だからね。レベル制だとプレイ時間で相当な差が出るから。SWはジョブ数もスキル数も多い、それに武器も多種多様だからテンプレがないのよ。つまり初心者でも、後半を気にせずに気軽に楽しめるってわけ』

「ふーん、ネトゲはあんまりしないからよくわからん」

『ま、好きにプレイしろってこと。最初は色々やってみることを勧めるわ』

「ん、そだな。でもとりあえず、今は戦闘継続ということで」

『はいはい、お好きにどうぞ。あたしは寝るわ』

「お、おう。好きにしていいぞ」

『そうそう、戦闘終わったら座って休憩するといいわよ。回復するから』


 言うや否や空を飛んでどこかへ行ってしまった。確かに地面に寝ると色々と危ない。踏まれる可能性もあるからな。しかし、ナビがプレイヤーを置いていくとはどういう了見だ。それに、ゲーム内でNPCが昼寝とは贅沢な話だ。


 しかし、奔放な態度の方が気が楽だった。気を遣われると、こっちも気を遣うし、空気も重くなるものだから。


 少しお腹が空いているが、まあ死にはしないしいいだろう。今は戦闘に集中したい。


 楽しいと思えた時間をもっと味わいたい。その一心で俺は狩りを続けた。

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