第5話 買い物をしよう

「やっぱり無理!」


 レベッカと大きく書かれた看板を引っ提げている装備販売店の前で、俺は駄々をこねていた。


「ちょっと! 少し前に、あれだけいい感じで、ちょっと自己陶酔しながら、やるよ、とか言ってたくせに、心折れてんじゃないわよ! まだ武器も買ってないのよ? 戦闘もしてないのよ? どんだけ話数とるのよ、あんた!」

「いや、だってリリィさん? 俺はへたれなんすよ。元引きこもり、いやむしろ数時間前まで絶賛引きこもり中だったの、わかる? 言うならば筋金入りの引きこもりなわけ。そんな俺がいきなり、ちょっとやる気出したからって、ヘイ、武器くださいな! とか言えるわけねーじゃねーですか?」

「その饒舌さを店員の前で披露しろ、バカ!」

「あー、バカって言った。バカって言った奴がバカなんで、俺もバカ? おい、ひどいぞ!」

「一人でボケて突っ込んでボケてんじゃねえわよ!」

「ていうか、なんで俺の見た目そのままなんだよ! もっと、すらっとした美男子にしてくれよ! ゲームの中なのに! そしたらちょっとは自信持てるのに!」

「SWはキャラクリないの! 無駄な争いを作らないためにね」

「そんなの知らない! せめて痩せさせてくれよ! なんだよ、これ。腹が出過ぎて足が見えないんだよ! 首痛いんだよ!」

「知らないわよ! さっさと行け!」


 げしげしと背中を蹴られてしまった。痛くはない。少し前の俺なら心は痛んでいただろう。だが今の俺は新俺であり、新リハツ。つまりレベルが上がったのだ。より図々しくな!


 こういうやり取りも久しい。小学校くらいの時を思い出して、目頭が熱くなり、俺は空を仰いで、一人旅に出たりなんかして。


「ぶっ飛ばすわよ?」


 マジトーンのリリィさん。怖いのでいうことを聞こうと思います。


「よし、行くぞ。さあ、行くぞ。やれ、行くぞ!」

「さっさと行けぇ、このボケぇっ!」


 距離が離れたと思ったら加速して突っ込んできやがった。


 しかし所詮は妖精のKAMIKAZEアタック。俺に通用するわけがない。機敏に避けようと、半歩横に動いた時、何かに蹴躓いた。


「うおおっ!?」


 誰だよ、こんなところにボンレスハムか何かを置いたやつは。


 あ、違う。俺の足だったわ。


「ばかああああ! むぎゅっ……」


 転がる肥満体に巻き込まれるリリィ。無残にも90キロ近くの体重に押し潰されてしまう。


 対して俺はというと、そのままゴロゴロと店内へと華麗に登場してしまった。


「いててっ」


 SW内では痛覚制限がされているとリリィは言っていた。だから痛みはそれほどない。だが、それでも鼻を地面に強打すれば、少しは痛いらしい。


 颯爽に現れた俺には視線が釘付けだった。しかし幸いにも店内に客はおらず、店員だけが俺を凝視している。


 だがその視線は、明らかに訝しげで。なにこの不審者とでも言いたげだった。


 じっとりと背中に汗を、掻かない。仮想現実って快適だね!

 ところが俺は無言の圧力に身動きがとれなかった。


「……リーハーツー!?」


 今度は違う意味で身動きがとれなくなった。

 これは蛇に睨まれた蛙、いや、暴力妖精に睨まれた豚男とでも言おうか。

 俺はギギッ、と首だけ動かし斜め後ろを見た。


「ひいぃっ、モンスター!」

「誰がモンスターよ!」


 わーわーぎゃーぎゃー喚き散らす俺達だったが、やがて収束した。それは奥に陣取る女性のただならぬ雰囲気を感じとったからだった。


「いらっしゃいませぇ」

「ど、ど、どうも」


 俺がなんとか挨拶をしても、女性はにこにことしたまま身動ぎしない。


 俺とリリィは一瞬にして、顔を寄せ合う。


「なあ、なんか思った反応と違ったんだけど」

「知らないわよ。内心、めちゃくちゃ怒ってるとかじゃない?」


 ひそひそ話す俺達だったが、後方で空恐ろしい気配が膨らむのを感じて振り返る。


「なにをお探しですか?」


 再び、ひそひそタイム。


「なんか怖いんだけど」

「もう謝るしかないんじゃない。あたしのせいじゃないからね?」

「おい、おまえは俺のナビだろ。もっと、こう、かしずけよ」

「はぁ? なんであんたに、かしずかないといけないわけ? 言っておくけど、従属関係じゃないから。あたしがしたくないならしなくてもいいのよ」

「妖精まで自由すぎるだろ、SW」

「それが売りなのよ。ほら、さっさと謝る」


 リリィにこれ以上期待しても無駄らしい。どうやら腹をくくるしかないようだ。

 とにかく、謝罪を言葉にすればいいんだろう。


「さ、さーせんした」


 そして一瞬だけ頭を下げた。これで完璧だろう。


「なによそれ! もっと普通に謝りなさいよ!」

「あ、謝ってるだろ」

「ごめんなさい、とかすみませんとか言えばいいのよ。なによ、さーせんって」

「う、うるさいな。緊張してるんだよ」


 まるで口うるさい小姑だ。こいつ、窓枠を触ってから、あーらリハツさん、ホコリが残ってますよ、とか嫌味なこと言うぞきっと。


 しかしこの空気をなんとか払拭したい俺は、もう一度頭を下げた。


「お、お騒がせして、すみません」

「いいえ、いいんですよ。他にお客さんもいませんしねぇ」


 これはまさかの好感触。


 笑顔のまま、許してくれるとはなんて寛大な人だろうか。


 見れば、中々に容姿も整っている。金色の髪は腰まで伸びていて、一本一本に手入れが行き届いているようだ。背は俺よりやや低い。ということは160センチくらいだろうか。エプロンに民族衣装のようなものを着ている。そして胸は大きい。


 多分、年齢は俺より上だろう。

 天色の瞳は清廉さの表れに思えた。まるで宝石のようだ。


「それで、なにかお探しですかぁ?」


 そう、宝石のようなのだ。ギラリと光ったような気がしたが、見間違いだろう。


 まあ? 俺みたいな、おデブに? 女性と仲良くするなんて? 夢のまた夢? みたいな? だから変に期待しなくて済むっていうか?


 なんて心の中で自虐的に考えていると後頭部をペシッと叩かれた。


「え? なに?」

「なんか叩きたくなった」


 リリィの仕業だったようだ。しかも理由が理不尽。

 俺は不満げにしながらも、文句を言えるわけもなく店員さんに向き直った。


「え、えと武器を……」

「ああ、それでしたらあそこに。右側が初心者用ですのでぇ」

「あ、はい。一応、覚えてます」


 確か棚の右側に安価な商品が並んでいた。その中で目をつけていたものもある。

 俺の所持金は5000ゼンカ。無料でもらえる分だからかなり安いだろう。

 それでも買えるものはある。むしろ買えるからリリィが案内してくれたんだと思うけど。


「ほう? 覚えている?」

「え、ええ。い、一度、ここに……き、きた、にょで」


 見つめられるとダメだ。目を合わせなければ、少しはマシだが、目を見て話すのは自殺行為だった。そして、また噛んでしまった。途端に、緊張感が増してしまう。


「嘘でしょ。前に来たときはすぐに外に出たじゃない」


 さすがリリィ。会話に入ってくるなんて、出来るナビだぜ!

 リリィの助け舟に俺は乗っかった。


「いや、ちゃんと確認したって。ほら、あのナイフ。確か3000ゼンカで、俺も装備出来るはずだ。攻撃力が7上がるし、今まで見た中で一番の業物だよ」

「……ふむ」


 思案顔でいた店員さんがすたすた歩き鞘に納められたナイフを手に取ると、また戻ってきた。


「確かに、STRがプラス7ですねぇ。値段も3000ゼンカで間違いないですぅ」

「あれ、あんたいつ見たの?」

「いや、だから前に来た時に」

「だってすぐ出て来たのに。たまたま見つけたとか?」

「きちんと全部見回ったって」

「…………万引きじゃなかったのか、ちっ!」


 女性がなにやら呟いていたが聞き取れなかった。


「あ、あのなにか?」

「あー、いえいえ。なんでもありませんですよぉ」

「そ、そうですか。じゃあ、これ貰えます?」

「ええ、ええ! そりゃもう、嬉しい限りですぅ。ではレジへどうぞ」


 嬉しいとか言いながら、なんとなく表情が暗いのは気のせいだろうか。


「えーと、買い物は初めてなんで、どうやったら?」

「会計石に手をかざして、出てきた画面に支払金額を入力してくだされば結構です。思考操作が出来るなら、鞄から取り出すことも可能ですが、金額が多いと手間ですからね。それにトレードは現物同士じゃなければやめておいた方がいいですよ。詐欺に会いやすいので」


 会計の台には丸状の石がぷかぷかと浮いていた。どうやらそれが会計石というらしい。


「詐欺なんてあるんですか?」

「まあ、ローリターンハイリスクですから、やる人は少ないです。詐欺は一発でアカBANですからね。ただ、モノによってはその価値があると考える人もいるみたいですがぁ」

「へ、へぇ、そうなんですね」


 話しながら会計石に手をかざす。

 すると支払金額の入力画面が現れた。3000と入力する。


「はい、確認いたしました。ではこちらの商品もご確認後、決定ボタンを押してください」


 画面に購入商品のデータが浮かび上がる。



 ・ハンティングナイフ

  …初心者にも扱える一般的なナイフ。軽く、刃こぼれもしにくいが攻撃力は低い。耐久度はやや高め。【レア度2】

  必要スキル  …なし。

  装備可能ジョブ…なし。

  上昇ステータス…STR+7



 問題がないことを確認して、決定ボタンを押した。


「ご購入が終了しました。ではこちらをどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 ナイフを受け取る。かなり軽いし扱いやすそうだ。


「これ、どうすればいいんだ」

「鞄に入れればいいわよ。そしたら所持品欄に入るから」

「おーけー」


 ナイフを腰に下げている鞄に入れた。重さが増えないから違和感がある。どうやらこれは四次元ポ○ット的なものらしい。中を覗いても、なにも見えない。ただ黒に染まっているだけだ。


「これ、袋より大きいものは入るのか?」

「近づければ入るわよ。思考操作でも手動操作でも」

「そ、そうか」


 小ぶりな袋に巨大な剣とかも入るわけか。

 ま、まあゲームだしな。そこら辺にリアリティを求めると不便過ぎるか。


「あとは装備すればいいわ。最初は手動ですれば?」

「あ、ああそうだな」


 手動で装備画面へ移動し、ハンティングナイフを装備してみた。すると、腰に僅かな重みが生まれる。視線を下ろすと、いつの間にかナイフが装着されていた。


「はい、完了。言っておくけど居住エリアでは抜刀出来ないからね。非PKエリアだから」

「了解。あー、でも購入の時って毎回こんな感じなのか」


 お金を支払うまではいい。しかしその後、一々鞄に入れてから装備とは面倒だ。


「手渡しでも思考操作なら一気に出来るけどね。手動だと色々手間がかかるのよ。お金払って手渡しされて鞄に入れることで所有権が変わるから。あと、販売者はお金支払って時間内にその相手に渡さないと窃盗扱いなのよ。まあ、いきなり用事出来たとか、あえて窃盗扱いにしてやろうと思う人がいる可能性もあるから、対応策はあるけどね。その上で問題があれば、システムにアクセスして報告すれば問題ないし」

「ふーん。だったら、手渡しじゃなくてデータで移動とかにすればいいんじゃないか?」

「そういう時期もあったらしいけど、アップデートで変わったの」

「なんで?」

「味気ないからよ」

「あー……わかるような気がしないでもない」

「まあ、私もこういうお店をしてるのは、そういうやりとりとかが好きだからというのもありますからねぇ。私は手渡し賛同派です。なんか、やった買った! とか、やった売れた! みたいな感じしますからねぇ」

「なるほど、利便性を追求し過ぎると楽しみがなくなるって奴ですか」

「そうそう、そんな感じですね」


 うんうん、と何度も頷く女性に、少し心がほっこりする。優しい人だ。それに胸は大きい。リリィ以外の人と話すのはかなり抵抗があったが、この人なら大丈夫かもしれない。


「ま、データだと万引き野郎も出ないでしょうけどね……それはそれで悪を挫けないというか……ふふっ」


 大丈夫、だよな?


「え、えーと、それじゃそろそろ行きますね。ありがとうございました」

「こちらこそありがとうございましたぁ。よかったらまたご来店ください。あ、あと、私のことはレベッカとお呼びくださいねぇ」

「あ、はい。レベッカさん。俺はリハツと呼んでください。この子はリリィです。それじゃ」

「はい、リハツさん。リリィさん」


 互いにひらひらと手を振る。

 そして扉を出てしばらく歩くと、リリィがからかうような口調で言った。


「なんだ、結構話せてたじゃない。それとも女性には話せるとか? 最後はちょっと駆け足だったけど。どうかしたの?」


 ところが無言のままの俺だった。

 さっさと人通りが多い場所を抜けて、いつもの路地裏に入ると俺は言った。


「き、緊張したーーー!」

「あら、そうだったんだ?」

「そりゃするわ! 初対面であれだけ話せるとは思わなかった。褒めて」

「はいはい、すごいわねぇ。ってあんた、あたしも出会ってそんなに経ってないじゃない」

「いや、リリィはなんだろうな、すぐに慣れた?」

「疑問形で言われても知らないわよ……ま、ナビに気を遣うよりはいいんじゃない?」

 言われてみればなぜだろう。最初は警戒してしまっていたけど、なにかを境に気が楽になったような気がする。なんだっけ。

「とりあえず外に出ましょう。街の近くでスライムでも狩って戦闘に慣れないとね」


 リリィに言われて思考が中断されてしまう。

 まあ、大したことじゃないだろう。大事なのはこれからどうするかだしな。


「あ、ああ。なんか不安だけど」

「慣れの問題だと思うから、大丈夫でしょ」


 根拠がない言葉だったが、なぜだが俺は信じることが出来た。


 多分、リリィを信頼しているとかじゃないと思う。単純に信じた方が不安が薄れるからだ。それに彼女は俺よりも知識がある。


 リリィが言うならそうなんだろう。そう思えたことで気が楽になった。

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