第4話 やるよ
突然ですが、私、レベッカはピンチを迎えています。
そう、それはいつものように店番をしている時でした。このお店は私が必死でお金を溜めてようやく建てた、大事な大事なお店です。それはもう大変でした。ログインしてから、今まで毎日毎日、金属を叩いていたあの辛くも楽しかった日々。思い出すだけで涙がちょちょ切れます。
いえ、私の苦労話を話している場合じゃないですね。
とにかく、今日もいつものように店番をしていたのです。閑古鳥が鳴いているとまでは言わないまでも、繁盛しているとは言いにくい。そんなお店です。お客さん来てください。
お店には武器が80、防具が130。小規模ですが、品ぞろえは悪くないと思います。初心者から上級者までが顧客です。幅広い分、数は少ないのです。
あらあら、話が脱線してしまいましたね。話を戻しましょう。
昼時でしょうか、店内には人っ子一人いませんでした。もう心も懐も寒くてしょうがないなぁ、なんて思っていたところで事態は起きました。
カランコロンとドアベルが鳴った時です。私はやっとお客さんが来た、と喜びながら反射的に言いました。
「いらっしゃ」
最後まで言えませんでした。
なぜならそのお客さんの姿を一瞬、見失ったからです。
残像だ、とでも言いそうな速度で店内を見回り、出て行きました。その間、なんと十秒。いえ、確かにすぐに出て行く人はいます。いわば冷やかしです。ですが、今の方はきっちりすべての商品の前を通ってから出ました。
呆気にとられたままの私はしばらくしてようやく我に返ります。
はっとしました。あれはなんだったのか。
少しだけ姿が見えたはずです。おぼろげですが、なんとか思い出します。
ずんぐりむっくりの体格、肩になにやら光るものが見えました。あれは妖精でしょうか。そして顔。凄まじい表情をしていました。まるでオークです。豚顔の人型の魔物です。でも力があるようには見えませんでしたし、武器も装備していなかった。
やはりプレイヤーなのかも、と私は思いました。そもそも都市戦以外で街中にモンスターが出るなんて聞いたことがありませんでした。となると初心者なんでしょうか。
しかし、ふと私は思い立ちました。
あの速度、店の隅々まで回るなんて、何か理由があったのでは。
おデブちゃんの顔は戦場に向かう戦士のそれでした。都市戦でもあんな顔をしているキャラは見たことがありません。高難易度のレイド戦でも、もう少し楽しそうにするものです。ならば、理由は一つしかありません。
「まさか!」
私は急いで店内を確認しました。一つ一つ手に取って商品を調べます。
「……大丈夫、みたいですね」
万引きではなかったようです。
SW内では犯罪に対しては厳罰を処すという形式をとっています。リンクシステムにアクセスして、通報すればあら不思議。罪状によっては、即刻アカウント停止、消去の上、SWをプレイ出来ません。当然ですが支払った金額は戻って来ません。。その分、犯罪に手を染める人は非常に少ないですが。
常に監視するのはリソースを割き過ぎるということで、現行犯逮捕が基本です。詐欺が多いためログ確認もしてくれますが、被害者が加害者の可能性もあるので、基本的には自衛する方針をとっています。
つまり万引きも見つからなければ万引きにならないわけですね。プレイ人口が多いため、そういった対応をすべて聞くと大変なのでしょう。あまりに締め付けると不平不満が生まれるということもあるでしょう。しかし、自由度が高いと謳っているのはわかりますが、ここらへんはどうにかならないのでしょうか。商売人としては、かなり不満です。ぷんすかぷんです。
まあ所有権は私なので、勝手に持って行かれればどうなるか想像出来るでしょう。しかし誤魔化す方法もあるらしいので、安心は出来ません。
では、あのキャラ。なんのためにここに来たのでしょうか。
冷やかしにしては違和感があります。
「はっ!? ということは」
下見? 下見に来たのでは?
あり得ます。万引きの下見に来たという可能性は無視出来ません。いえ、これはもう盗難。泥棒。盗人です。猛々しいです。
「ふふふ、そういうことですか。甘かったですね。この名探偵レベッカちゃんの店で悪事を働こうとしたのが運のつきです!」
もしかしたらまた来るかもしれません。その時は、言い分を聞こうじゃありませんか。
私は決意を胸に、ぐっと拳を握るのでした。
▼
「またやってるし」
俺は全速力で店外に出て、路地裏に隠れていた。
呆れ顔のリリィに、俺は言う。
「てて、店員に話しかけられないように」
「そのために、あの速さで回ったら意味ないでしょ。商品見たの? 見てないよね?」
「い、いや、それはなんとか」
「あー、はいはい。ってか、何度目なの? いや、何軒目なの? これじゃあ、武器買うのに日が暮れちゃうでしょ。それとも素手で戦うつもり? 出来るけど」
「そ、それはちょっと」
戦闘経験はまだない。しかし、素手よりはまだ武器があった方が戦える気がする。通常のゲームなら画面越しだが、SWではまるで現実のような状態だ。ケンカもほとんどしたことがない俺に空手は無理がある。
武器を使えば、抵抗は少なくなるし、まだマシだろう。
「で、どうすんの?」
「ど、どうって……」
「買うんでしょ? また違う店回る? 多分ほとんど回ったと思うけど」
マップを確認する。
この街はロッテンベルグというらしく、かなり広い。歩いた感じだと、端から端まで三、四時間近くかかりそうだ。広すぎる。
円状をしており、中心には規模が小さめの噴水公園がある。その周りを露店通りがあり、南西には住宅街。南東には商店街。北東には施設系。北西にはイベントなどに使うらしい広場がある。
現在地は南東だ。UIで時刻を確認すると、三時間ほど経っている。現時刻は12時。もうすぐ昼食時だが買い物は出来ていない。
「お腹すいて来たな……ゲームの中なのに」
「現実にいるあんたは栄養補給されてるから空腹じゃないけどね。こっちは別。多少お腹が空くように出来てるから。食べなくても死なないけど、食事なしだと快適じゃないわね」
「味もするのか?」
「するわよ。五感はあるから。多少制限されていたりはするけど」
「……色々、不便だな。移動も徒歩だし、食事もしないといけないなんて」
「利便性と不便性はバランスが大事なのよ。ボタン押せばどこでも移動可能、レベルはすぐに上がって誰でも強くなれて、レアアイテムもすぐ出て、生産も簡単、なんてゲームやりたい?」
「やりたくない、かも」
「でしょ? 不便だからこそ、楽しみが埋まってるんじゃない。ここでは便利にする知恵と行動力があれば色々出来るんだしさ」
「まるで現実だ……」
「現実にある不条理なストレスの元凶はないでしょ。強制的な集団生活もないし、生活に必要不可欠なお金もない。税金だってない。死なないし、病気もない。これ以上なにを望むのよ」
「コミュニケーションをなくしたい……」
リリィはこれまでで一番深い、それは深い溜息を吐いた。
「あのさぁ、学校や会社みたいに、好きでもないやつと一緒にいたり、グループ作ったり、妙にへりくだったり、愛想浮かべる必要ないんだから。そりゃ、まあ、きちんと話せとは言ったけど、思いつめ過ぎじゃない?」
「店に入った時……」
「え? なに?」
「み、店に入った時、みんな俺を見るから」
「それで怖くなっちゃったの?」
「……は、はい」
再びのため息。
俺はびくっと肩を震わせた。
「そりゃ客が来たのに、ぶっきらぼうに出来ないでしょ」
「む、無視してくれれば」
「それでいいって人は少ないの。だから愛想良くするんじゃない」
「でも、声かけて来たり、見られたりするのはイヤだ……もういいんだ。俺はどうせ、なにも出来ない人間なんだ」
「……ねえ、あんた、なんでそんな風になったかまでは聞くつもりはないけどさ。本当にそれでいいの? このままでいいって思ってる?」
リリィは真剣な表情で俺を真っ直ぐ見つめた。
その姿が物語の一場面を切り取ったかのように、あまりに綺麗で目を逸らせない。
「そうは、思ってない」
「そう。じゃあ、ついて来て」
そう言うとどこかへと向かうリリィ。
俺は気怠く腰を上げると、ついて行った。
どこに向かうつもりなんだろうか。見当もつかない。
進むと、遠目に大通りが見えた。人の波が見えて、吐き気がする。
しかしリリィは大通りを抜けず、路地裏ばかりを進む。どうしても大通りを渡らなければならない時は、人が少ない場所を選んでくれたように思えた。
気を遣ってくれたのだろうか。
情けない。NPCに気を遣われているなんて。
俺は唇を噛み、恥辱に耐える。しかしその思いさえも醜く感じた。
この数年間でまともに話してくれたのはリリィだけだ。その彼女に対して、見下すような感情を抱いたことに罪悪感を覚えた。
リリィは進む。薄暗い道の中で唯一の篝火のように、リリィは淡い光を放っている。俺は縋るようにその光に近づき、また離れる。その繰り返しだった。
やがて、リリィは止まった。
「見て」
T字路だ。左右に道が伸びており、死角になっている。リリィは交差部分から左の道を指差した。
俺はゆっくりとそちらを覗いた。
「こ、これは」
いたのは人だ。十人くらいだろうか。
皆一様に地面を見つめ、なにやらぶつぶつと呟いている。
瞳に光はない。絶望に駆られていると思った。衣服は老朽化し、肌も汚れている。距離は近いのに、こちらには一切気づいていないらしく、視線を動かすそぶりはなかった。
「ここにいるのは救済プログラムを受けている人達よ。SW内でも気力がわかずにずっとこうしてる。なにもせず、無気力なままで、一日を過ごしてる。もちろんちゃんと更生した人の方が多いんだけどね」
「……なんで、こ、こんな」
「どうしようもないの。自分達でやる気を出さないと、ここでは助けてくれる人は限られてる。それでも他人に親切な人がいないわけじゃない。けれど、赤の他人を養おうなんて人はいるわけがない。自分で生きようって思わない人を救うわけがないんだから。ここには無条件で味方をしてくれる家族はいない」
「彼らは、どうなるんだ?」
「どうもならないわ。借金を抱えたまま、プレイ期間を終えて、現実に戻る。働く気はないでしょうから、刑務所行きでしょうね」
リリィは苦虫を潰したような顔をしていた。その時抱いていた彼女の想いは俺にはよくわからなかった。
「最低なやり方だとは思う。けど、あえて言うわ。ああなりたい?」
まるで廃人だ。ゲームの廃人とは違う、本当の廃人。
彼らはなんのために生きているのだろうか。死にたくないから生きているのか。もしかしたら死生観さえも残っていないのか。
俺もああなる可能性はある。なにもせずにいても、ここでは死なない。仮想現実なのだから当然だ。けれど、彼らは生きていると言えるのだろうか。
俺もそうだった。しかし、食事は母が作ってくれたし、家は父が用意してくれた。温かいベッドも衣服もPCも、生活に困らないようにしてくれた。
だが、あれでは。浮浪者よりもひどい。ホームレスでもあえてそうなる人もいるし、働いている人もいると聞く。だったら彼らはなにをもって生きているのだろう。
そこまで考えて、はたと気づく。
俺も変わらない。ただ助けてくれる人がいただけだ。甘えただけだ。
だったら彼らとの違いはないのだろう。
俺には選択が出来る。今、岐路に立たされているのだ。
なにもしなければ彼らのようになる。けれど、行動を起こせば変わるかもしれない。
俺が考えている間も、リリィは無言で待ってくれていた。
彼女をただのプログラムだと考えていたはずなのに。彼女の気遣いを感じとると違った考えが浮かんでくる。
家族以外で親身になってくれた人。人ではない。けれどそんなことはどうでもいいことなのかもしれない。
少なくとも、リリィが俺を心配してくれているというのは伝わった。例え、それがプログラムされたことでも、どうでもいいではないか。
「やるよ」
自分でも驚くほど、素直に口に出来た。
「そ、そう。そっかぁ、うん、そっか!」
「どこまで出来るかわからないけど」
「出来なくても、やれば色々前に進むと思うよ。今はさ、少しずつ進もう?」
「そう、だな。うん」
「ってか、コミュ障みたいな感じだったのに、あたしとは割と普通に喋れてるじゃん? やっぱり慣れだと思うよ。あんたは大丈夫、ね?」
出会ってすぐに見た、あの綺麗な笑顔を浮かべていた。
ああ、そうか。いつの間にか、俺は彼女に救われていたのかもしれない。不思議とリリィには緊張していなかった。最初はしていたかもしれないけど、すぐにそれはなくなった。
だったら、言うべきことは一つだろう。
「ありがとう」
なんの抵抗もなく出た言葉だった。
言って、とてつもなく恥ずかしくなり、顔が熱くなった。お礼を言うのも久しぶりだ。
「どういたしまして」
リリィは俺の言葉を聞くと嬉しそうに笑った。
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