第2話 『フロムET』ウイルス

『君は、今まで、よく辛抱したね! 本当に立派だったと思うよ! だからこそ、君には、自覚して欲しいの! 君は、こんな混沌とした時代の日本を選んで生まれて来たという、勇気ある魂の持ち主なんだって事を!』


 そう語りかけて来た声は、今までのささやくような繊細さはなく、力強く僕に向かって訴えかけて来た。


 僕が、勇気ある魂の持ち主……?


 ホントなのかな……?

 でも、確かに……


自分の生きている世界は、もしかしたら、仮想現実なのではと錯覚させられてしまう事が有る。


 だって、こんな事が信じられるか……?

 

 太陽系外の遥か彼方から飛来した宇宙人が、なぜか地球に持ち込んだとされているウィルスが、地球上の殆どの地域を蔓延させていた。


 少し前の僕なら、そんな事は、ただのSF小説の中での出来事だと思っていた。


 実際に、が起きてしまって、たった3年の間に、地球上の人々の生活をこんなにも一変させてしまうなんて、誰が信じられただろう?


 しかも、その未知なるウイルスは、『フロムET』ウイルスなどという、ふざけたような命名をされていながら、こんなにも地球人達を震撼させてしまっている。


 健康な人々にとっては、花粉症や風邪やインフルエンザ程度の軽症で終わるらしいが、持病の有る人々にとっては殺人級とも評されている『フロムET』ウイルス。


 不思議な事に、その殺人級な猛威を振るっている対象は、まるでウイルス自体が意思を持って選んでいるかのように、平均寿命を優に超えた寝たきり老人や、脳死状態の患者に限られていた。


 日本人に生まれた僕は、先進国で生まれ育ったつもりでいたけれど、宇宙的な観点から見ると、地球はどうやら、ほんの発展途上国以下の……

 かなり未開の惑星に属しているらしい……


 彼らの持ち込んだウイルスは、致死率こそ低かったが、後遺症率が高く、感染力も半端無く強かった!


 しかも、『フロムET』ウイルスは、マスクで防げるような飛沫感染ではなく、空気感染するものだった。

 換気の悪い場所にいた場合、医療従事者が使用するような高性能マスクを使用しない限り、ただそこに居合わせ、呼吸するだけで感染してしまう。


 それにも関わらず、国民には紙マスクの上から布マスクで覆う二重マスクを課せられた。

 更に、消毒や対面時のアクリル板の設置など、効果の見込みが無い過剰なほどの感染対策を強いられる生活が何年も続いた。


 息苦しい二重マスク生活を続ける事で、脳は酸欠に近い状態になり、認知症リスクが高まる。

 脳だけの問題ではなく、免疫力も低下し、がん細胞も増幅し、身体にとってもデメリットしかなかった。

 

 諸外国が二重マスクでの感染対策は効果的でない事に言及し、二重マスクを外した今も尚、日本では、鎖国状態のように二重マスクをし続ける民で溢れ返っていた。

 

 夏には熱中症のリスクが高まり、至近距離での会話以外、屋外では外すように促されていた。

 にもかかわらず、慣れとは怖いもので、若者層には、二重マスクをした顔の方が美化して見え、自分も周りも好んでいるという、よく分からない錯覚が生まれていたようだった。

 

 他の年配層でも、特に女性にとっては、二重マスクによる恩恵を強く感じられるのだとか。

 男の僕には理解出来ないが、メイクをせずに済む気楽さや、しわやシミなどのアラ隠しにも重宝しているようで、なかなか手放せない女性達が多数いるらしい。


 そういう美的な意図を含めなくても、日本人の周りに合わせるという協調性が、今回のウイルス対策としては、あだとなった。


 僕は、健康こそが一番大事な事だと、小さい頃から、嫌というほど感じさせられて来たのに……

 健康な状態で生まれた人達にとっては、それを失う時まで、その有難さに気付く事が出来なかった……


 無意味と言われている二重マスク生活を国民達の意思で長く続けられる事により、身体をむしばんでゆく人々が目に見えて増え出した。



 僕は、幼少期からずっと喘息持ち。


 体育の授業でハードな時はモチロン、ストレスを感じるような境遇に置かされると、自分でも情けなく感じるくらい、すぐ咳が出やすくなってしまう体質だった。


『フロムET』ウイルスが広まる前までは、僕が咳き込むと、クラスメイト達からも先生達からも、心配してくれる声がかけられていた。


 それが、『フロムET』禍になった途端、周囲の態度は一転して、僕は悪者扱いされるようになった!

 『フロムET』ウイルスに感染した時の病状と、僕の喘息の状態がよく似ているからだった。

 

 同情だった眼差しが、疫病神に向けるような視線へ変化し、聞えよがしに聴こえて来る『フロムET』ウイルス感染の疑いの声に堪え切れず、僕は部屋に籠り、不登校するようになった。


 けど、それは決して本心から望んだものではなかった!

 学校は、むしろ、大好きだったから!


 競技によっては苦しくなってしまう体育以外は、わりと成績優秀で、先生からも信頼を得ていた。

 僕にとって学校は、自分を高く評価してくれる場所だった。


 学校には、僕が大好きな和木やわらぎ穂香ほのかさんや、憧れ声のあの子もいる!

 毎朝、会えるのを楽しみにしながら、心浮かれた状態で登校していた!


 だから、学校と、こんな理由でいきなり分断するのは不本意だったけど……この『フロムET』禍が終わるまでの辛抱だと思っていた。


 事態が収束し次第、僕は元の生活に戻れるのだと思い込んでいた。


 またすぐに、級友達と他愛のない話をする休憩時間も含めて、あの楽しい学校生活が復活するものだと……


 当時の僕は、『フロムET』ウイルス自体が、まさか、こんなにも変異を繰り返し、長い期間続くものだったと、全く予想もしてなかった……

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