第2話 帰る人々

 翌日も港には、多くの人が帰るとも知れぬ者の出迎えに来ていた。

「杏璃ちゃん、今日は船が来るらしいよ」

「そうですか……」

 思えば昨日もそう言われていたような気がする。私はウメの言葉に頷きながらも、沖を力なく眺めた。

 しばらくしてそれは姿を現した。

「ウメさん。船、来ましたよ」

 遠くがほとんど見えなくなっているウメに、杏璃は声をかけて教えた。ウメの顔が明るく輝く。しかし、その目は不安の色に塗られている。これまで何度となく裏切られているのだ。

 目の前を、猛毒の幸福を撒き散らしながら素通りする人々。背後に居る者たちへ手を振り、検疫を済ませると抱き合い、温かい家庭へと帰って行くのだ。

 いよいよ港に近づいた船から舫い綱が投げられると、手際よく岸で受け取った男が手繰り寄せ船を岸壁に固定させた。

「龍一さん、龍一さん……」

 私は両手を胸の前で組み、ただ祈っていた。その後ろでウメの声がした。

「良二! 良二!」

 すると一人の痩せ細った青年が手を上げ、大きく振った。

「母さん!」

 ウメの息子だ。ずっと共に愛する者の帰りを待っていたウメの息子が返ってきたことで、私の夫も同じ船に乗っているような気がして、その期待を膨らましていた。

「杏璃ちゃん、今日は先に帰るね。杏璃ちゃんの旦那もきっとすぐ降りて来るさ。今日乗っていなくても、じきに」

「はい。今日は息子さんの疲れを取ってあげてください」

 ウメは満面の笑みで頭を下げ、他の待ち人たちの間に幸福の毒を撒きながら検疫所の出口へと向かって行った。

 私はその間、船からひと時も目を逸らしていない。しかし、いつまで待っても夫は降りてこなかった。

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