不穏な影
「…………」
朱音と逸人が戦ったアリーナの中心に一つの人影があった。
「小鳥居のやつは加減というものを知らないのか」
朱音の電撃で黒焦げになった床を見てため息をついたのは、逸人たちの担任の教師である橋間琴里だった。
「まぁそれよりも転校生の方か」
琴里は逸人たちが寮に行ったのを見計らってアリーナに戻ってきたのだ。
「まさか、彼女以外に瞬間移動の魔法を使える人間がいるとはね。脳に強化魔法を使ってたみたいだけど、その程度の工夫だけなら何人も試した。それでも出来ないからこそ、あの魔法は第四位階魔法に指定されている」
第四位階魔法とはごく限られた人間のみが使える魔法。物理法則を無視した奇跡、人類の限界到達点。
「大前提として『リンフォースメント』は一定値の上昇ではなく、一定率の上昇効果。元のスペックが高ければ高いほどその効果は絶大なものとなる。あの魔法を使えるだけの演算能力を得られると言うことは、元が良いと言うこと。並の人間じゃ、まず無理」
琴里は観客席の方を見上げる。彼女の見つめる場所、それは逸人が瞬間移動で移動していた場所だった。
「そして、どれだけ頭が良くても、転移できる先は視界の範囲内。それも狭い場所や物が多い場所では使えない。少しでも計算がミスれば、壁に埋まったり、体内に異物が混入する可能性があるからだ。それを踏まえた上で、彼は観客席に逃げた。そこが安全であることを確認した上でだ」
観客席の方に右手を向けて、琴里は火を放った。しかし、その火は観客席にまでは届かず霧散した。
「安全の為、観客席には魔素を通さない結界が張られていて、魔法は空中分解するようになっている。あの転校生にはそのことは伝えていなかった。けど、それを小鳥居の攻撃を利用して見破るとはね。ま、ある程度は予想していたんだろうけど」
逸人は小鳥居が最初に放った火の魔法を風で浮かせ、観客席の方に向けさせたのだ。そして、魔法が観客席にまで被害が及ばないことを確認したのだ。
琴里は一度アリーナから出て、階段を上がり観客席に来た。
「瞬間移動の魔法の原理は、魔素と自身の入れ替えだ。自身と同じだけの体積、表面積の魔素を転移先に集める。その後、自分とその魔素の位置を入れ替える。ただ、これを行うには時間がかかりすぎるのだ。歩いて三分でたどり着ける場所に一瞬で行くために、三日かけるようなものだ。しかも、一度だけ。この魔法は一瞬の間で処理を可能に出来るものではない、……はずなんだが」
逸人が転移したその場所で琴里は腰を下ろした。
「やはり、そうか」
琴里は床に落ちていたスマホによく似た機械のようなものを拾い上げた。
「予めタールフェルトに渡してここに置かせたみたいだな。それにしても、こいつを持ってるとはな……」
彼女はスマホによく似たそれの画面を親指でタップするが反応はない。
「上蔀逸人か……彼なら大罪魔法もあるいは……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――祇嶋学園二年五組の教室。
ガタガタ。ガタガタ。
そこでは一人でに揺れるキャリーバックがあった。
それは逸人がこの学園に持ってきたもので、中には光咲が入っている。
「んなーーーー!!!!!」
がばっと勢いよくキャリーバックが開き中から光咲が飛び出してきた。
その格好はいつも部屋にいる時と同じダボダボのTシャツ一枚だけだった。
「何なのだ! ここはどこなのだ!? なんでバックの中に詰められてたのだ!?」
寝ていたところを無理やり連れてこられた光咲は現在の状況を正確に把握できていなかった。
「どうせ逸人のせいなのは分かっているのだ! どこにいるのだ! 早く出てくるのだ!!」
誰もいない教室で一人騒ぐ光咲だったが、残念ながら逸人は今この場にいない。
「ここは……教室……?」
冷静に周囲を見渡し自分がどこにいるのか把握できた光咲は怒りを露わにした。
「学校には行かないって言ったのに! 逸人の馬鹿! アホ! 早く帰らせるのだ!」
光咲がそんな悪態をついていると、ちょうどソフィが教室に入ってきた。
「あ、あなたが梓馬さんですね?」
「む、私は確かに梓馬なのだ。そう言うお前は誰なのだ?」
「初めまして。私はソフィーア・タールフェルトです。今回、大罪魔法の調査依頼をした者です」
「む! お前が依頼主か! 私は学校になんか行きたくないのだ! 自室にこもってダラダラしたいのだ! 早く家に帰らせるのだ!」
「ご安心ください。そんな梓馬さんの為のお部屋をご用意させていただきました」
「む?」
予想外の方向に話が進みそうになりそうなのを感じ光咲は少し大人しくなった。
「梓馬さんのお部屋にあった荷物と同じものを同じ位置に配置した部屋をご用意しています。また、買い物等はこちらで手配しますので一切の外出が不要です。また、授業の参加も免除させていただきます」
「ホ、ホントなのだ……?」
「はい。ですが、梓馬さんのいないところで勝手に決めてしまったことですので、もし何か至らぬ点がございましたら遠慮なく言ってください」
「そうか……」
光咲はソフィの話を聞き終わった後、そう一言呟き立ち上がった。
「さぁ、すぐにその部屋を案内するのだ」
ダボダボTシャツの下から縞パンをのぞかせたまま。
「その前に、梓馬さん制服に着替えましょうか」
ソフィの手にはキャリーバックの中に入っていた光咲用の制服が握られていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁ~今年もか……」
一枚の資料を見て大きくため息をつくその男性は祇嶋学園の学園長であった。
理事長室で目を通しているその資料は学園別の成績表だ。
世界に三つしかない魔法学園はそれぞれの学生の質を見るために、毎年学生たちの成績をデータ化し比較される。要するに学力偏差値の様なものだ。
魔法の才能あふれる子供たちは魔法学園に入ること自体難しいとは考えておらず、むしろ質のいい学園に入りたいと選ぶ側なのだ。そう言った子供たちのために三校の学園はそれぞれの成績を開示している。
そして、ここ祇嶋学園は例年最下位の成績だった。
「上位二校は毎年僅差で成績を争っているというのに、なぜうちの学園はこうも極端に成績が悪いのだ……」
学園長が頭を悩ませているのは他二校との成績の差を憂いてのものだった。
受験する生徒もどうせ海外の学校に行くならとイギリス、そしてアメリカにある魔法学園を受験している。その為、祇嶋学園には海外からの受験者はほとんどいなく日本人ばかりだった。
「とは言え、こちらの方針は既に固まっている。後は許可が下りれば……」
そんな時だった。学園長の元に一通のメールが届いた。
そのメールを開いた学園長はニヤリと笑った。
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