焼き鳥少女

 小鳥居の後を追い、訓練棟の隣にある建物に入るとそこは訓練棟のアリーナとほとんど同じような構造だった。

 恐らく授業用と模擬戦闘用で使用用途によって場所を変えているのだろう。



「あれ? 橋間先生?」



 アリーナ上にはすでに見知った顔が立っていた。



「来たか。まさか、転校初日から模擬戦闘を行う生徒がいたとはな」



 どうやら立ち合い兼審判は橋間先生が行うようだ。



「嫌味ですか? 俺も受けたくて受けたわけじゃないですけどね」

「ウソをつくな。金に目がくらんで速攻で試合を受けたじゃないか」

「藍紗、こういう時は余計なこと言わなくていいの」



 俺は藍紗を窘めるとそのまま小鳥居の待つアリーナの中心へと向かう。

 ソフィと藍紗は試合の邪魔にならない様に観覧席の方へと移っていた。



「やっと来たわね。さっきタールフェルトさんと何かコソコソ話してたようだけど、あなたじゃ私には勝てないわ!」



 俺は小鳥居と向かい合うようにアリーナのど真ん中に立っていた。この広いアリーナには今俺と小鳥居、そして審判の橋間先生しかいない。



「あ~はいはい。そう言うのもういいから、さっさとやろうぜ。この後には荷解きが控えてんだよ」

「な、何よ! 随分余裕そうね。でも、あなたなんか瞬殺してやるんだから!」



 スペックだけ聞けばこいつ滅茶苦茶凄いのに、喋ると無能感がすごいのは何故だ?

 それにソフィが言っていたことが本当なら勝てなくはない。

 勝ち目はなくはないが、それでも長期戦は避けたい。向こうが有利なのもそうだが、何よりそんなに体力は使いたくない。



「「…………」」



 俺と小鳥居は静かに睨みあう。

 そして、間もなく橋間先生から試合開始の合図が下された。



「始め!」






「「リンフォースメント」」



 橋間先生から試合開始の合図が下された瞬間、俺と小鳥居は同時に強化魔法を発動し、自身の身体能力を上げた。



「っ!」



 様子見などしていたら、勝てない。やるなら速攻。

 俺は迷わず正面から小鳥居に向かって突っ込んで行く。

 一瞬小鳥居はたじろいだが、すぐさま右手を前に出す。



「バカね。燃えなさい! プロミネンス!」



 小鳥居の右手から広範囲に真っ赤な炎が放出される。



「ウィンド」



 俺は姿勢を低くして、ボイスコマンドを使用した。

 風は俺の属性ではないが、ボイスコマンドなら出力は低いが使えなくはない。

 俺が生み出した風によって、小鳥居の炎は俺の少し上を素通りしていった。

 少しの軌道変更ならボイスコマンドの風だけで十分だ。



「! 炎が、なんで!」



 炎が利かないと悟り、小鳥居は炎を消し、地面に手をつける。



「なら、これはどう!? スパーク!」



 小鳥居の次の手は地面を這う雷による攻撃だった。



「…………」



 雷なら俺もそれなりに使える。小鳥居の攻撃に合わせるように俺も雷の魔法を地面に放った。

 しかし、魔素吸収率の差によって俺の雷が押し負けるのは時間の問題だ。だから、俺はすぐさま横に飛び、雷の軌道から外れる。

 しばらくして、小鳥居の雷は俺がさっきまで立っていた場所をすり抜けていった。



「…………やはりそうか」



 そこで俺は確信を得た。



「したり顔で何言ってるのかしら。まだ勝負はついてないわよ」

「いや、なに。ソフィが言っていたことが本当だと確信しただけだ」

「タールフェルトさんが? 一体何のこと?」

「お前の弱点についてだ」

「じゃ、弱点? な、何言ってるのかしら? あ、あはは、私にそんなものあるはずないでしょ?」



 小鳥居はあからさまに動揺しだした。

 分かりやすいなこいつ。



「スペックだけ見ればお前は確かに凄い。けど、それを使いこなせるだけの技量がなければ話は別だ」

「な、なにを……?」

「お前、第一位階魔法しか使えないんだろ。しかも、義務教育で小学生が習うような基礎魔法だけ。さらに言うなら、その基礎魔法すらボイスコマンド無しで使うことが出来ないみたいだな」

「…………」



 小鳥居は黙って視線を逸らした。



「やっぱりか……」



 第一位階魔法。それはボイスコマンドのみを使用した簡易的な魔法を指すものだが、それ以外にも大雑把な演算のみで魔法を垂れ流すだけのものも第一位階魔法に該当する。

 小鳥居の魔法はまさにこれだ。



「第二位階魔法であれば、あんなそよ風程度で炎の軌道がずれるはずはないし、もしずれてもすぐさま軌道修正出来たはずだ。なのに、お前は別の魔法に切り替えた」



 第二位階魔法は具現化した属性の形態変化が可能だ。物理的に不可能な軌道へと魔法を変化させるのは容易。

 しかし、小鳥居はそれが出来ない。



「しかも、炎を消してから雷の魔法を使ったところを見るに、二種類の属性の同時使用も出来ないと見ていいだろ。まぁ、二属性同時使用は第三位階魔法に該当するから、第二位階魔法も使えないお前じゃ無理だけどな」

「ぐぬぬ」



 小鳥居は分かりやすく歯噛みした。



「魔法の才能はあるが、学園での成績が最底辺ってのは本当みたいだな」

「っ! うるさい! ロックブラスト!」



 癇に障ったのか、小鳥居は無数の岩の破片を生み出し飛ばしてきた。

 俺は土の壁を形成しそれを防ぐ。



「飛ぶための翼はあるが、地を這う鳥と言ったところか。そうだな、この勝負俺が勝ったらお前ことは焼き鳥少女と呼ぶことにしよう」

「変なあだ名付けんなー!」



 小鳥居は土の壁に魔法が阻まれない様に俺の横に回り込んできた。



「食らいなさい! ウォーターウェイブ!」



 彼女は膨大な量の水を生成し、大きな津波を形成する。

 再度、土の壁で防御するがその水量は俺の魔法では抑えきれず、全身びしょ濡れになってしまった。



「うわぁ、服がくっ付いて気持ちわりぃ」

「確かに私は二属性同時に魔法を使えない。けど、一旦生み出された魔法は消えないわ」

「っ! しまっ……」



 小鳥居の狙いが分かった瞬間、すぐさま回避行動を取る。



「遅いわ! これが私の最大出力、逃げ場なんてないわ! ライトニングボルト!」



 彼女の両手から一瞬だけ光り、その直後アリーナ全てを包み込むほどの全方位放電が繰り出された。

 数秒間放電したのち、光が収束していく。



「あは、あははははは、私の勝ちよ! ざまぁみなさい!」



 勝ち誇る小鳥居。彼女の笑い声はアリーナ中に響いた。

 そんな小鳥居の肩を俺はポンっと叩いた。



「残念、俺の勝ちだ」

「っ! ウソ……」



 小鳥居は俺の存在に気がつき、すぐさま反撃に出ようとしたが一手遅い。

 俺は小鳥居の首筋に直接触れて、雷を流し込んだ。

 あっけなく彼女の意識は飛び、橋間先生は俺の勝利を告げた。






「どうやら勝負がついたみたいね」



 観客席にいた藍紗はつまらなそうにこちらを見下ろしていた。



「やっぱり、上蔀さんなら勝てると思ったんですよ!」



 ソフィは長い銀髪を揺らしアリーナへと走って降りてきた。



「…………」



 橋間先生は何も言わず俺の方を一瞥し、その後ソフィと入れ違いでアリーナを出ていった。



「どう、して……、私の電撃は間違いなくこのアリーナ中に放った。なのに、あなたはその攻撃を避け、しかも一瞬にして私の背後をとった……。一体何を……?」



 小鳥居には一瞬だけ意識を飛ばす程度の電流しか流していない為、すでに意識は戻っていた。ただ、まだ体が痺れて動けないため小鳥居はアリーナで横になったまま、俺の方を見上げていた。

 俺は彼女の問いに答えずにその腕を掴んだ。



「そんなもんはどうでもいいだろ。それよりもお前は負けたんだ。俺の言うことを聞いてもらうぞ」

「ちょ、ちょっと何するの!?」



 抵抗しようとする小鳥居だったが、まだ体の痺れが取れていないせいか思うように体が動かせない様だった。

 俺はそれをいいことに彼女の両腕を強引に掴んだ。



「おい、ソフィ。こいつの足を持て。連れていく」

「は、はい……?」



 ソフィは不思議に思いながらも小鳥居の両足を持つ。



「ま、待ちなさいよ! 私が負けたら、あの変なあだ名で呼ぶんじゃなかったの!? 今更変更なんて聞いてないわよ! 何するのこの変態!」

「うるさいなぁ。負けたんだから文句言うなよ」



 そのまま騒ぎ立てる小鳥居を俺とソフィは訓練棟から連れ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る