祇嶋学園

 ―――祇嶋しじま学園。

 それは東京から南に三十キロの位置に浮かぶ五つの人工島からなっており、魔法学を専門に学ぶ小中高一貫の学園である。

 魔法学を専門に学べる学園は世界にたった三つしか存在しない。

 その為、この祇嶋学園は世界中から多くの受験生が応募し、その倍率は毎年三千を超えるという。

 あまりに多い受験者数を絞り込む為、特筆すべき才能を持っていなければ受験すら出来ないとの噂もある。逆に裏金を渡せば受かるという黒い噂もあったりする。

 基本的に編入を受け入れておらず、受験は小、中、高それぞれに上がるタイミングのみ行われる。特別に秀でた才能がある者以外、この学園に編入することは出来ない。

 本来であれば逸人たちも例に漏れず編入することは出来ないのだが、タールフェルト家の力を使い強引に編入することが出来るのだ。

 そして、ソフィと出会ってから四か月後。

 少し肌寒さを残した四月。逸人たちは祇嶋学園の高等部第二学年へ編入することとなった。




「潮の臭い、嫌いなんだよなー」



 船の甲板に立ち、潮風を浴びながら不平を漏らす。

 日本本土から南に三十キロにある人工島に俺たちは向かっていた。そこには、俺たちが転校する予定の学園がある。

 五つもある人工島全てが祇嶋学園の敷地だ。小学校から大学までがそこにあり、全寮制の為、いくつかの寮が建てられている。それに加え、ショッピングモールや娯楽施設なんかもあるらしく、学園というよりは一つの都市として成立している。



「魔法か……」



 左腕につけているデヴァイスを起動し、小さな炎を灯した。

 昔は憧れていた。その奇跡に俺は魅了されていた。けれど、今はそれほどでもない。過去にとんでもないトラウマを背負ったわけでも、才能の壁にぶち当たったわけでもない。単純に飽きてしまったのだ。

 初めて見た時はその新鮮さがあってこそ惹かれたが、見慣れてしまってからはそうでもなくなってしまった。



「ついたぜ、あんちゃん」



 船の操縦者である元気のいいおっちゃんに声をかけられ、思考が現実に引き戻された。



「おう、あんがと」

「どうも」



 俺たちが着いた島はもっとも東に位置する高等部の校舎がある島だ。

 俺と藍紗はおっちゃんに礼を言い、炎を消し、船を降りた。そのまま、高等部のある校舎に足を向けた。



「あ、お久しぶりです」



 校舎に辿り着くと昇降口の所でソフィが待っていた。

 特徴的な銀色の髪に整った綺麗な顔立ちは久しぶりに会っても見間違うことはなかった。



「うむ、出迎えご苦労」

「はい、お待ちしておりました」

「…………なんか違う」



 ボケをこう、まじめに返されるとツライ。てか、恥ずかしい。



「?」



 俺の反応に首を傾げているところを見ると恐らく、彼女は俺がボケたことすら気が付いていない。



「もしかして、私日本語を間違えてしまいましたか? 大分長く日本で暮らしていて、それなりに自信があったんですけど」

「うんん、君は悪くない。そう、何も悪くないんだ」

「そう、ですか?」



 これ以上俺がみじめにならないよう、この話題を打ち切り校舎の中に入る。



「ところで、上蔀さんと結城さんのお二人ですか? 梓馬さんと言う方も一緒に来ると聞いていたのですが……?」

「ああ、それならここ」



 俺は右手に引いていたキャリーバックを指差した。



「えっと……?」



 ソフィは困惑しながら、俺とキャリーバックを交互に見つめた。



「駄々こねてたから、寝てる隙にバックの中に詰め込んで運んできた」

「そうなんですか……へぇ~、ほぉ~」



 少し瞳をキラキラさせて興味津々にキャリーバックを観察するソフィはなんだか幼く見えた。



「私も入ってみたいです……」



 なんかボソッと呟いていたが無視した。

 仮にも魔法をこの世に生み出した家系のお嬢様なのだ。そんなこと冗談でも言っていいはずはない。多分俺の幻聴だろう。

 そのまま何事もなかったかのように、ソフィに案内され、俺たちは職員室へと向かった。



「失礼します」



 彼女はドアをノックし中に入る。俺たちもつられて後についていく。



「橋間先生。連れてきました」

「ん」



 橋間と呼ばれた教師は椅子を回転させ俺たちの方を向いた。



「どうも、今日から転入する上蔀逸人です」

「同じく、結城愛沙です」

「ああ、話は聞いている。私は橋間琴里(はしまことり)。君たちの担任だ」



 橋間先生の第一印象は恐いだった。目つきが悪く、美人であるため余計に恐く感じた。



「………………ふむ、君たちが。そうか」

「あの…………」



 橋間先生は俺の顔を覗き込みじっくりと観察する。俺は一歩引き視線から離れようとした。



「何、別に取って食おうってわけじゃないから安心してくれ。それにしても、自前のデヴァイスを持っているのか?」



 橋間先生は俺と藍紗の左腕を指差した。



「ええ、まぁ一応」

「そうか。なら、二人ともデヴァイスの支給は不要か。予算が浮くから助かる」



 デヴァイスとは魔法を扱うために必要なものだ。しかし、その値段は安くはない。まだスマホのように普及はしていない。

 学校で学ぶ際も限られた数のデヴァイスを数人で使いまわしている。

 しかし、この学園では魔法学専門の学校の為、一人一つデヴァイスを所持している。自前で用意できない生徒には学園側からデヴァイスが支給される。



「規則だから確認しておくが、それ、違法なものじゃないだろうな?」

「合法のものですよ。証明書を提示した方がいいですか?」

「いや、そこまではいい。それに見れば、一般的な学校で使用されている量産品と同じと言うことくらい分かるしな」



 橋間先生は俺のデヴァイスからソフィへと視線を移した。



「さて取りあえず、タールフェルト。君は先に教室に行っていてくれ。いくら、転校生の案内のためとはいえ、時間内に教室にいなかったら遅刻扱いだからな」



 橋間先生は俺からソフィへと視線を移した。



「分かりました。それでは先に行ってますね」



 ソフィは俺たちにそう言い職員室を後にした。






 ソフィがいなくなった後、俺は橋間先生から学校生活について簡単に説明を受けて、教室に案内された。

 寮に行っている時間は無いとのことで、持ってきた荷物は一旦そのまま全部教室に持っていくこととなった。

 俺たちが案内されたのはソフィと同じクラスだった。



「上蔀逸人だ。よろしく」

「結城愛沙です。よろしくお願いします」



 俺たちはホームルームで適当に自己紹介をし、俺はソフィの後ろの席に藍紗はその隣に座る。



「よろしくお願いしますね」

「ああ」


 軽くソフィに挨拶する。



「………………」



 それだけなのに、クラス中からの視線が痛い。転校生が珍しくって見てるってわけではなく、敵意の視線だった。

 まぁ、そうだろうな。

 祇嶋学園に入る為の敷居はとんでもなく高い。しかし、俺たちはソフィの力を借りていとも簡単にこの学園に転校してきたのだ。しかも三人も。良く思われなくても仕方ないだろう。

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