大罪魔法

「依頼?」



 改めてソフィを客室に通すと、彼女は依頼したいことがあると言い出したのだ。



「そうです。上蔀さんの魔法技術の高さを見込んで依頼したいことがあるのです。それにここは魔法探偵事務所ですよね?」

「それはまぁそうだが……。俺はてっきり、学生証を返すためだけに来たのかと」

「ま、ウチで出来ることなら引き受けるよ。とは言え、タールフェルト家のお嬢様がわざわざウチに依頼するような事なのか? 逸人のバイト先であるここを見つけられるんだ。それから考えるにタールフェルト家の方で出来ないような依頼だと思うが、果たしてそんなものがウチに出来るかどうか」

「いえ、それは恐らく大丈夫だと……」

「ちなみにその依頼ってのは何なんだ?」

「はい、私がお願いしたいのは、大罪魔法の調査です」

「おう……」

「これはまた……」



 ソフィの依頼内容に二人とも苦い顔をした。



「お二人とも大罪魔法をご存じなので?」

「ご存じも何も知らないやつなんかいないだろ。小学生でも知ってる」

「使い方次第で世界をも滅ぼしかねない七つの古代魔法」

「そうです! その大罪魔法です!」



 ソフィは目を輝かせて前のめりに飛び出した。



「魔法学を学ぶ全員の憧れにして頂点。その存在の多くが謎に包まれており、扱えるものはこれまでの長い歴史の中誰一人として現れてはいないというもはや都市伝説の域。しかし、その存在は確かに確認されていて、大罪魔法の発動にはデヴァイスではなくグリモワールと呼ばれる魔導書が必要で、現在は暴食のグリモワール一つだけしか見つかっていないのです! ですが! 日本の魔法学を学ぶ学校、祇嶋学園にグリモワールがあるかもしれないという情報を得たのです。今、私はその祇嶋学園に通いながらグリモワールを探しているのですがなかなか見つからず。そこで今回依頼をお願いしたいと思いここに」

「待て待て待て! ちょっと落ち着け」



 興奮のままソフィがまくしたてるのを逸人が止める。



「一気に話し過ぎてついていけない。要点だけ纏めてくれ。大罪魔法の情報はいらない。俺たちに何をして欲しいかだけ言ってくれ」

「はい、それでは祇嶋学園に転入してください」

「ごめん、やっぱ端折らないで全部聞かせてくれ。何故そうなった?」

「先ほども言った通り、大罪魔法が祇嶋学園にあるかもしれないという情報を得たのですが、一年間探しても見つからなかったのです」

「じゃあ、ないんだろ? そこに」

「いや、ですが……いえ、そのまだ可能性はあるんです」

「その根拠はどこから来るんだ?」

「それは、その……今は言えません。ですが、あるかもしれないんです」



 ソフィの不自然さに訝し気に思う逸人たち。



「ですから、その私と一緒に祇嶋学園に来て探して欲しいのです」

「ん~そうか……ん~」



 逸人は迷っていた。

 ソフィの依頼は曖昧な点が多く逸人たちバイトだけで依頼を引き受けていいのか決めきれない。

 そんな時、見計らったかのように客室の扉が開き一人の女性が飛び込んできた。



「いいじゃない、その依頼。引き受けちゃいなさい!」

「弥生(やよい)所長!」



 逸人が所長と呼んだその女性はこのミカヅキ探偵事務所の最高責任者、神代弥生(かみしろやよい)。スラっとした長身に藍色の髪。手には飲みかけの缶ビールがあった。



「あんた、またこんな昼間っから酒を……」

「いいじゃんいいじゃん。酒を飲むのに時間なんか関係ないって」



 そう言いながら弥生は手にした缶ビールをぐびぐびとあおる。



「それよりも、さっきの依頼を引き受けるって言うのは本当ですか?」

「ん? ああ、本当だよ。藍紗。それとも何か問題でも? 今の学校に好きな先輩でもいたのかい?」

「そんなのはいないですし、そう言うことを言ってるんじゃないです。提供される情報が不明瞭なもので依頼を引き受けてしまっていいのかというのを聞いているんです」

「いいでしょ。その辺、逸人なら何も迷わずノータイムで受けてくれると思ったけど?」

「俺?」



 いきなり名前を出されて困惑する逸人だったが、弥生の言いたいことにすぐさま気がついた。



「そうか。まだ確認してなかった」

「確認? 何をだ?」

「ソフィ」

「はい、何でしょう?」

「この依頼の報酬はいくらで考えている?」

「依頼料、ですか。そうですね、相場が分からないので……前金として卒業までにグリモワールが見つかる見つからないに関わらず五千万円、成功報酬はさらにその倍で考えているのですが、それで足りますでしょうか?」

「ご、ごせん……」

「え、ウソ……」



 逸人たちはその現実離れした金額に度肝を抜かれた。



「あ、それと、祇嶋学園に編入してもらうことになりますので、その学費や祇嶋学園は寮生活になりますので生活費、またその他調査に必要な費用はこちらでご用意いたします」

「お、おう至れり尽くせり……」



 あまりの待遇に驚きを隠せない逸人たち。

 しかし、流石は金の亡者である逸人。このままの条件では依頼を了承しなかった。



「ソフィ、申し訳ないんだが探偵の依頼料は調査員の数によって変わってしまうんだ」

「と言いますと?」

「ウチには学生として祇嶋学園に編入できる年齢の調査員が三人いる。ソフィが一年探して見つからないのなら一人増えたところで見つかるかどうか怪しい。だから、三人全員で調査を行いたい。ひいては依頼料をその人数分、三倍の一億五千万でどうだ?」



 明らかに一個人が払えるような金額ではない。成功報酬も含めるとその総額は四億五千万。ぼったくりとも言えるその破格の依頼料にはい分かりましたと即決できる人間などそうはいない。しかし……。



「確かに人が多い方がいいですよね。はい、分かりました。それではそれでお願いします。お支払いは小切手でいいですか?」



 ソフィはあっさりと逸人の条件を呑んだ。



「え、マジ……?」



 逆に吹っ掛けた逸人の方が戸惑ってしまった。



「あ、えっと、何か問題がありましたでしょうか……?」

「い、いや何でもない! 大丈夫大丈夫!」

「そうですか?」



 ソフィは不思議そうに首を傾げるのだった。






「それでは編入の準備が整いましたらまた連絡いたします」



 一通り今後のことを話し終えたソフィは席を立ち、事務所を後にした。そして、テーブルの上には一枚の小切手だけが残った。



「ほ、本当に億越えの小切手が……」



 逸人は手を震わせながらその小切手を触る。



「前金でこれか……しかも、それをその場でポンと出せるなんて、タールフェルトの名は伊達じゃないってことか」



 藍紗も冷や汗をかきながらその小切手を見ていた。



「これもう適当に依頼こなせばいいんじゃないか? で、その後はもう遊んで暮らせるだろこれ」

「馬鹿なに言ってんだ、藍紗! 金はいくらあっても困るもんじゃないだろ! ちゃんと成功報酬も貰うんだよ!」



 前金だけで満足してる藍紗とは違い逸人はやる気満々だった。



「おい逸人、勘違いしてもらっちゃ困るぞ。報酬は事務所のもんだ」



 弥生はひょいっと逸人から小切手を取り上げた。



「お前たちの給料は今までと変わらないぞ?」

「はぁ!?!?!?! ふっざけんな! 何言ってんだ、この飲んだくれババア! この依頼は俺が引き受けたんだから全額俺のもんだろ!」

「いや、待て。それは違うだろ。アンタだけじゃないでしょ調査に行くのは。アタシも行くんだから山分けに決まってるでしょ」

「君たち、ここは私の事務所だよ? 所長の言うことは絶対だよ? 好き勝手言うのはダメだぞ?」

「パワハラだパワハラ!」



 大金は人の本性を露わにする。この後しばらく、逸人たちはソフィから貰った大金をどうするかで言い争うのだった。

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