序章 後編

「うぅ~さむっ」



 逸人は肩をすくませ白い息を吐きながら、近くの銀行へと向かっていた。

 季節は一二月の末。つい先日クリスマスが過ぎ去り、街は年末ムードへと移行していた。



「お、着いた着いた」



 目につく赤色の看板が見え、逸人は足早に銀行の中へと入っていく。



「うわ、めっちゃ混んでる」



 逸人が銀行に入るとそこには長蛇の列が出来ていた。



「平日の昼間なのになんでこんなに混んでんだよ。やっぱ年末近いからか?」



 愚痴をこぼしながらも逸人は列の最後尾に並ぶ。



「暇だ……」



 スマホをいじりながら時間を潰そうと思いポケットに手を入れた瞬間だった。

 激しい爆音と共に銀行の入り口が爆炎によって吹き飛ばされた。

 悲鳴や叫び声がこだまする銀行内。逃げ惑う人もいれば、何が起きたか理解できずに立ち尽くす人もいる。

 そんな中、逸人はというと。



「あ、そうか。今日丁度五百日ログインか。通算ログボうめぇ」



 問題の入口の方には目もくれずソシャゲにいそしんでいた。



「おい! てめぇら勝手に動くんじゃねぇぞ」

「後、騒いでるやつらは全員燃やす。誰一人として口を開くんじゃねぇぞ」



 銀行の入り口を爆破させて入ってきたのはガラの悪い男が二人。

 その内の一人が監視カメラに右手を向ける。



「プロミネンス!」



 その言葉と共に右手から炎が飛び出し、監視カメラを破壊する。

 そして、そのまま銀行内にある全ての監視カメラを焼き尽くした。



「き、君たちは一体……」



 銀行内にいた警備員の一人が体を震わせながら、二人の男に近づいた。



「あ? 口を開くなと言ったはずだ、死ね」



 そう言って侵入してきた男の一人が警備員に向かって右手を突き出す。



「プロミネンス!」



 そう口にすると男の手の平から炎が噴き出て、警備員を襲う。



「うわあああああああ!!!!」



 火だるまになった警備員は叫び声をあげのたうち回る。



「このデヴァイスがあれば、ボイスコマンドを入力するだけで簡単に魔法が使える。ナイフや銃なんか必要ない」



 男の左手首には腕時計の様なものがついていた。

 それはデヴァイスという魔法を扱う為には必須ともいうべきアイテムだ。

 一般的に魔法はデヴァイスを装着し、発動したい魔法に対応するボイスコマンドを入力することで発動する。

 つまり、彼らが口を開くなと言ったのは、この場にいる全員に魔法を使わせないための脅しなのだ。



「そして、こっちには人質もいる」



 もう一人の男は高校生くらいの女の子を捕まえていた。

 少女は口を抑えられ、恐怖で体を震わせ涙を流していた。



「そこのお前」



 男はカウンターにいた一人の銀行員を指差した。



「金を用意しろあるだけ全てだ。いいな?」



 銀行員は口を抑えたまま首を縦に振る。



「さて、では他のやつらも今手に持っている金を俺たちに差し出せ。財布ごとだ」



 男たちは銀行内にいる客たちからも金を巻き上げるつもりだった。

 しかし、彼らはここで大きなミスを犯した。

 銀行から金を取るだけなら、彼らの銀行強盗には成功する可能性が残されていた。



「おい、今なんつった?」



 銀行強盗に目もくれずソシャゲをしていた逸人がスマホをしまい、初めて彼らの方を向いた。



「口を開くなと言っただろうが! プロミネンス!」



 男は逸人に向けて炎を放った。



「ふん、ガキが。お前らもこうなりたくなかったら、さっさと金を差し出せ!」



 男は逸人の方から目を離し、客たちに再度警告した。しかし……。



「金を差し出せだと?」



 逸人は男の背後に立っていた。



「なんだと!?」



 男は逸人の声を聞き、焦って振り向く。



「銀行の金はともかく俺の金にまで手を出そうだなんていい度胸だな。三下ども」

「何故お前がそこにいる。さっきまであのATMの方にいたはず。いや、それ以前に俺の炎で焼いたはず。なにをした!?」

「うるせぇな。今すぐここから出ていくなら見逃してやる。どうする?」

「クソガキが、もう一度燃やしてやる! プロミネンス!」



 男は再度逸人に向かって炎を放つ。



「おせぇよ」



 結果は変わらず、逸人はまた男の背後に立っていた。



「こいつ一瞬で……。魔法だとしてもこいつボイスコマンドを言ってない。一体、何をしやがった」

「俺が何をしたか分からないのならお前ら小学生以下だな。魔法の基礎からやり直してこい」



 逸人は三度男の背後を取り、後頭部を掴む。



「な、何を」

「俺の金に手を出そうとした罰だ」



 瞬間、電撃が迸り男の体を焼いた。



「があっ………」



 男はそのまま意識を失いその場に倒れた。



「後はお前だな」



 逸人は少女を人質に取っているの男の方に狙いを定めた。



「う、動くな! こっちには人質が……なに!?」



 男の腕の中にいた少女は既にいなかった。



「人質が何だって?」



 人質になっていた少女は逸人が抱えていた。



「っく! また一瞬で。こうなったら、力ずくで……あ、れ? 足が動かない……」



 逸人に飛び掛かろうとしたが、男はその場から動くことが出来なかった。

 ゆっくりと足元を見ると、地面が盛り上がっており足はそこに埋まっていた。



「お前、まさか……ボイスコマンドなしで魔法を……。いや、バカな……そんなことあり得ない!」



 魔法を発動する為にはボイスコマンドが必要。それが常識。

 しかし、逸人はそのボイスコマンドなしで魔法を使ったのだ。



「お前一体何者だ!?」

「俺が何者かなんて関係ない。それよりも、俺の金に手を出そうとした過去の自分でも恨んでろ」



 逸人は動けない男の胸倉を掴む。



「銀行強盗だけなら、もしかしたら上手く行ってたかもな」

「や、やめ……」



 男は銀行に乗り込んできたときの威勢のよさはもうない。涙を流し、許しを乞う。



「じゃあな」



 しかし、逸人が自分の金を狙ったやつを許すはずがなかった。

 遠慮なく電撃を流し込み、二人の男をいとも簡単に倒してしまった。

 そして、その光景をこの銀行内にいるすべての人間が見ていた。



「あ、やべ……」



 怒りで我を忘れていた逸人は冷静になり今の状況が自分にとって良くないものだと気がついた。

 何故なら、魔法は無許可で人に向かって使うことは禁止されている。

 正当防衛では済まないほど、逸人は過剰に銀行強盗たちを攻撃してしまった。



「ん~、逃げるか」



 幸い銀行強盗たちが全ての監視カメラを壊してくれたおかげでバレる可能性も低い。この場にいる人たちが逸人のことを話さなければの話だが。



「みんな、このことは内緒な」


 逸人はそう言ってその場から姿を消した。



「き、消えた。今の少年は一体……」

「ボイスコマンドなしで魔法を使っていたわ。そんなことあり得るの?」

「そんなわけないだろ。小声で言ってたんじゃないのか?」

「そんなことよりも、あの一瞬で消えるやつ。あれは瞬間移動じゃないのか?」

「馬鹿な。瞬間移動なんて高等魔法を人間が使えるはずがないだろう。なんかのトリック使ったんだろ」



 銀行内は逸人が消えた後ざわめき始めた。



「お礼を言いそびれてしまいました……」



 銀行強盗の人質にされていた少女は腰が抜けてその場にへたり込んでいた。



「あれ、これは……」



 さっきまで逸人が立っていた場所に何かが落ちているのに気がついた少女はそれを拾い上げた。



「学生証?」

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