守銭奴探偵と落第お嬢様

結生

序章 前編

 今から約千年前、魔素という気体が発見された。それは奇跡を起こすことのできる気体だった。

 ある時は風を呼び、ある時は火を灯す。

 人はその奇跡を魔法と呼んだ。

 魔法は魔法学と呼ばれ長い間研究が重ねられてきた。

 現在、その奇跡は誰もが当たり前のように、スマホをいじるように扱うことが出来る。

 そして、魔法は生活に必要不可欠なものとなった。

 そんな世界で魔法を主として成立している仕事が数多存在する。その中に異色とも言える職業があった。

 その職業とは、魔法探偵。

 人々からの困りごとを魔法にて解決する仕事である。

 東京都墨田区。スカイツリーの見える建物の二階に事務所を構える魔法探偵事務所があった。その魔法探偵事務所の名前はミカヅキ。

 彼はそこのアルバイトとして働いている。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「あ~、浮気調査? それじゃあ、旦那さんの性格や過去一週間の行動、職場、その他諸々の情報を下さい。……ふむふむ、なるほど。それなら、明日の二十二時に歌舞伎町のこのホテルに行ってみてください。浮気相手と旦那さんがデートしてると思いますので」



 ミカヅキ探偵事務所で電話をしているその少年の名は上蔀逸人わしとみはやと。この魔法探偵事務所のアルバイトだ。



「ふぅ~」



 受話器を置いて、一呼吸入れる逸人だったが、すぐさま受話器から呼び鈴が鳴り響いた。



「またか、はいはい出ますよ」



 嫌々ながらも受話器を取る。



「はい、こちらミカヅキ探偵事務所。……はい、迷子の猫探しですか。あ~そうしましたら、品種と毛色、普段食べているキャットフードなど細かにその猫の情報を頂けますか? ……はい……はい。そうですね……、そうしましたら、今日この後三十分後にそのよく行く公園に行ってみてください。恐らく、そこにいると思いますので。それと相談料につきましては別途こちらからメールを送らせていただきます。では失礼します」



 相談が終わり、また大きなため息を吐きながら逸人は受話器を置いた。

 逸人が受話器を置くのと同じタイミングで事務所の扉が開いて、一人の少女が入ってきた。



「あれ? なに、サボってるの?」



 長い黒髪をなびかせて事務所に入ってきた少女は結城藍紗ゆうきあいさ。逸人と同じミカヅキ探偵事務所のアルバイトだ。



「サボりじゃねぇよ。今の今まで仕事してたんだよ。ひっきりなしに電話してきやがってあいつら暇人か?」

「別にいいんじゃない? その分、ウチにお金が入ってくるわけだし」

「そうは言うが、迷子のペット探しや浮気調査とかじゃ大した金入ってこねぇんだよ。もっと一気に稼げる仕事来ないのかよ。俺は楽してお金稼ぎたい」

「今でも十分楽してるじゃん。アンタくらいだよ、事務所から出ないで浮気現場抑えられるのなんて」

「まぁ、確かに。でも俺はもっと楽したい!」

「それ際限ないんじゃない?」

「ま、それはそれとしてだ。お前は今までどこに行ってたんだよ。俺一人に仕事任せて」

「アタシはアタシで外回りだよ。アンタらが外出たがらないから、外じゃないと出来ない仕事は全部アタシがやってんの。文句あるなら、逸人が今度から行ってもらってもいいけど」

「いつもありがとうございます!」



 逸人は深々と頭を下げた。



「てか、光咲は? 見当たらないけど」



 藍紗は事務所内を見渡し、そう言った。



「あいつはいつも通り、引きこもりだ。あいつの辞書には仕事とか労働って言葉は存在しないらしい」

「そうか。なら、呼んできてくれる? どうせ隣の部屋にいるんでしょ?」

「ん。まぁそれはいいが何か用か?」

「お前が今日が何の日か忘れるとはな。そんなに忙しかったのか」

「何言って……はっ! そうだよ! なんで忘れてたんだ俺は! 今すぐ光咲呼んでくるちょっと待ってろ!」



 俺は勢いよく部屋を飛び出し、光咲のいる部屋へ駆け込んだ。



「おい光咲いるんだろ! 早く出て来い!」



 その部屋は真っ暗だった。逸人は窓際にいき思いっきりカーテンを開ける。

 カーテンを開けた時に差し込む強い日差しに逸人は目を細めた。

 振り返り部屋を見渡すとそこは悲惨な状態だった。食べ散らかしたお菓子の袋。積まれたゲームのパッケージに段ボールの山。

 そこまるでニートが住んでいるかの様な部屋だった。

 いや、そこには実際にニートが住んでいるのだ。



「おい、布団にくるまってないで出て来い」



 逸人はこんもりと膨れ上がった掛け布団を引っ張り、中にいる人物を引きずり出そうとする。



「い、いやだ。私は絶対ここから出ないのだ!」



 布団中からは可愛らしい女の子の声が発せられた。



「早くカーテン閉めて! あの光は私には毒なのだ!」

「いいから! お前が出て来ないと俺も貰えないんだよ!」

「貰えないって何がなのだ?」

「今月の給料だよ。今日、給料日だろ」

「それなら、逸人がついでに私の分の給料もらってきてくれればいいのだ。それでここに持って来てくるのだ」

「全員に揃って手渡し。それがここの決まりだろ。全員揃わないとダメなんだ。いいから来い」

「あ、あ~……」



 逸人に力負けして布団から出てきたのはぼさぼさで手入れされないない金髪、ダボダボのTシャツに下半身にはパンツのみというだらしない恰好をした少女だった。

 彼女の名は梓馬光咲あずまみさき。逸人たちと同じここの事務所でアルバイト兼居候している少女だ。



「ぐっ、重い……。お前また太ったか?」

「失礼な! お腹周りをちゃんと見て! スラっと細身なのだ!」



 そう言って光咲はTシャツをめくり上げた。パンツ丸出しの状態で。



「いや、ちょっとふっくらしてるだろ」

「してないのだ! あえて言うなら、胸なのだ。おっぱいなら前より断然大きくなったのだ。ブラもきつくなってここ最近つけてなかったし」



 光咲は自分のふくよかな胸を揉みしだいていた。



「じゃあ、新しいの買えよ」

「だって、買いに行くのめんどくさいのだ」

「通販で買えばいいだろ」

「馬鹿なのだ? ブラは普通通販じゃ買わないのだ。ちゃんとお店に行ってサイズ測って貰ってから買うのが常識なのだ常識」

「そんな女の世界の常識を言われても俺は知らねぇよ」



 そんなくだらない話をしながら、逸人は光咲を引きずり藍紗の元まで連れてきた。



「はぁはぁ連れてきたぞ」

「大分息が上がっているのね。運動不足じゃないかしら?」

「こいつの体重が増えたせいだ」

「おっぱいが大きくなったって言うのだ!」

「おいおい、藍紗の前で胸が大きくなったなんてよく言えたな。お前命いらないのか? 藍紗はな十六になっても胸が成長しないまな板娘なんだぞ。そんな奴にお前、よくそんなことが言えるな!」

「それはお前だ。お前」



 藍紗は逸人の後頭部をガシッと掴み力を入れる。



「あ、いだ、いだだだだだだだ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」



 数秒間、逸人の頭を鷲掴みにした後、藍紗はその手を離した。



「ったく、相変わらずの馬鹿力だ……」

「なんか言った?」

「いえ、何も……」



 ボソッと呟いたはずの逸人の言葉は藍紗の耳には届いていた。



「そんなこと言う逸人の給料は減らすことにしよう」

「何でだよ! ってか、お前にそんな権限ないだろ!」

「これを見てもそんなことが言えるのか?」



 藍紗は懐から三つの茶封筒を取り出した。



「それは、まさか……!」

「そうだ、あんた達の給料だ」

「何でそれを藍紗が持ってんだよ! つか、今更だけどウチの所長は? なんで今日まだ来てないんだよ」

「残念ながら、ウチの所長は例のごとく二日酔いで寝たきりだ」

「またかよ! あの人の酒癖の悪さどうにかならないのか!?」

「でだ、所長の代わりにお前たちに給料を手渡しするようにアタシが今朝頼まれたって訳だ」

「そう頼まれたんならそのまま渡せよ! 余計なことしないで、そのまんま渡せよ!」

「へ~、そう言う口の利き方するんだ~」

「すみませんでした。わたくしが悪うございました。二度と言いません。お許しください。そして、ゴミの様なわたくしめにそのお給料を頂けませんでしょうか?」

「よろしい。ほら、あんたの分」



 藍沙は逸人の名前が書かれた茶封筒を手渡した。合わせて、光咲に彼女の名が書かれた茶封筒を手渡した。



「それから、ほら光咲も」

「やったー!」



 給料を貰った逸人と光咲は小躍りをしていた。



「それじゃ、給料も貰ったことだしお金預けるついでに買い物にでも行ってくるか」

「逸人、まだ仕事中でしょ?」

「何言ってんだ。ここの責任者が二日酔いでサボってるって聞いて馬鹿正直に働いていられるかっての」

「確かにそれもそうね」



 藍紗の了承を得た逸人はコートを羽織りそのまま外へ飛び出していった。

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