第3話 高島刑事

「集まったっスね。見ててくださいっス!南さん!」


 勢いよく振り返り南の方を向き親指を立てグッとポーズをとる高島刑事。それを冷めた目で眺めている集められた人達、とうの南はというと笑顔で手を振っているだけでこの状況を楽しんでいるように見えた


「なんで俺たちだけが集められたんだ?]

「それは、犯人がこの中にいるからっス」

 

 自信に満ち溢れる高島刑事に集められた座長の畑山、柿枝監督、母親役を務めた桃井、控室などの準備をした佐藤、作家すみれは互いの顔を見合わせありえないと言った表情をした。


「おいおい、俺たちは何もしてないぞ!勝手な事をいうな!!」

「そうだ。第一客席から見ていただけの我々が呼ばれているのにも納得がいかない。それにどうやって食べさせたというんだ?」

「まさに、そこっス!!一見誰も金子さんに接触出来なさそうでありながらあるんっスよ」


 畑山を筆頭に柿枝監督も高島刑事のいう事を否定したが、確固たる自信がある様子の高島は鼻高々に話し始めた。


「ここに集まってもらった人たちには共通点があるっス。それは、”差し入れをした”という点っス」

「差し入れなんて人として当然の事だろうが、それの何がいけない」


 高島刑事が言った様にここに集められたメンバーは全員楽屋に差し入れを入れた。だが、それは金子一人にではなくスタッフやほかの演者など多くの人に当てたものそれを手にするかどうかなど分かるはずもないこと


「そうっスね。それは普通の事だと思うっス。でも、みなさん何を差し入れたっスか?」

「ちょっと待ってください。俺は差し入れも何もしてないです」

「なにを言ってるんっスか。準備してるじゃないっスか。出演者が飲みやすいように加工したペットボトルの水」


 柿枝監督は菓子パン、畑山は実家から送られて来たみかん、桃井はラスクを差し入れたが佐藤は差し入れなどしていなかった。


「確かに俺は会場用のドリンクを用意した。でも、それはペットボトルの蓋に穴をあけてストローを指しただけ」

「その時、水に細工したんでじゃないっスか?」

「誰がどれを手にするかも分からないのにどうやって金子さんに渡したって言うんだ!」

「名前を書けば簡単じゃないっスか。それに現場から押収されたペットボトルにはすべて名前が書いてあったっス」

「刑事さんは知らないかもしれませんが、それは演者自身が書いていますよ」


 高島刑事は信じられないといた顔をしている中、悉知は冷静に桃井が言ったことが正しいことを証明するために高島に携帯で何かの写真を見せる。すると、やっと桃井の言っていることが正しい事に気がついたのか狙いを佐藤からすみれに標的を変え始めた。


「ま、まぁ...いいっス!藍田さん。あなたが差し入れたと言っていたシュークリームですがあれに柑橘類が使われていたんじゃないっスか?」


 焦りからか軽々しい言い方ではなく少し厳しく低い声になっている高島がすみれに問い詰める。


「私が作ったわけではないので正確には分かりませんが、買った時のアレルギー表記のところに柑橘類はなかったと思います」

「思いますっスか...。ひどく曖昧っスね。どうするんスか?もし入っていたら?金子さんはかなりの個数を食べていたそうじゃないっスか」

「おい。高島...やめろ」


 詰問しながらすみれに迫る高島とその圧に後退りするすみれの間に悉知が割り込み高島を止めるが最初の読みが外れた高島は焦りからか同じ警察官である悉知にまで詰問を始めた


「なんだ?お前は犯罪者を庇うのか?」


 今まで体育会系敬語みたいな喋り方をしていたがそれすら外れるほどに周りが見えなくなっていた。


「お前の顔を立ててやろうと黙っていたが大した証拠もなく相手を詰問し、強引に認めさせるのがお前のやり方なら悪いが口を出せてもらうぞ」

「大した聞き込みもしていないお前に何ができる!!」


 今まで黙って見ていた悉知が割り込んできたことや手柄を取られそうなことに怒り心頭の高島に楽屋に集められた人々も不信感が徐々に募り始める


「本当に大丈夫か?誤認逮捕とかされないよな?」

「本当よねぇ。さっきみたいな勢いで詰め寄られたら怖くて頷いてしまいそう...」

「そうですね...俺も不安です。藍田先生大丈夫かな...」


 二人の刑事が言い合う最中微かに心配する声がすみれの耳に届いたのと目の前に自身を守る背中があり先ほどまで抱いていた恐怖は和らいだようだ。


「......役立たず」


 容疑者候補から一人外れ高みの見物をしていた南がまるですみれが犯人として捕まって欲しかったかのようにボソッと呟いた。しかし、各々が自身の状況に必死でその言葉を聞くものはいなかった。


「まず、さっき鑑識に連絡入れて確認してもらったことがある。それら全てを見てもまだこんな茶番を続けたいなら続ければいい」


 そう言って携帯を出し高島に渡し、後ろにいるすみれの方を向き


「悪かったな」

「大丈夫...。でも、差し入れひとつであんなに言われると思わなかった...。入れない方が良かったのかな...」

「いや.......気にすんな」

「...そっか...。でも、改めてアレルギー怖いなって思った」

「そうだな...」


 すみれを落ち着かせるためかいつも以上に優しく話す悉知の雰囲気に他の人たちも安堵し室内の空気が軽くなり


「どうして...聞き込みに参加してなかったお前がこんな情報を集められるんだ...」

「聞き込みだけがすべてじゃないからだろ。それに聞き込みを全くしなかったわけじゃない」

「すまない、状況がわからないんだが...我々は?」

「すみませんでした。それでは、これを見てください」


 柿枝監督がいち早く自分たちの置かれた状況を理解しようと声を上げた。すると、悉知は、高島から携帯を受け取りある動画を見せた。そこには、差し入れを美味しそうに食べる金子が映っていた。それを言葉にならない様子で舞台に関わった人々が見ていて中には涙ぐむ人までいた

 映像は場面が変わり舞台袖で水を飲んでいるところになった、そのあとすぐに水筒を手に取り一気に飲んだ。ところが、その後乾いた咳を始めたが舞台上から金子の出番を知らせるセリフが聞こえそのまま彼女は舞台上に上がっていった


「彼女が飲んでいた水筒は?」


 金子が躊躇なく飲んでいた所を見て畑山が疑問を投げかける


「彼女が飲んでしまったのは、オレンジジュースです。その日偶然刈谷さんが持ってきた水筒が色も形も金子さんが愛用しているものと同じでした。それを二人は知らなかった故に確認もせず自身が持ってきた白湯と思い込み飲んでしまった」

「でも、気が付いたなら誰かに言えばこんなことにはならなかったのでは?」

「それは彼女のプロとしての意地でしょうね。何があっても舞台は止めてはいけないという」


 悉知のおかげで金子の真相をここにいる全員が知ることになり、彼女のプロ意識の高さ、最後までやり遂げる意思を皆が痛感した。ことの真相がわかり未然に防ぐことが出来たかもしれないと落ち込み、この後の舞台がどうなるかという不安も相まってどんよりとした空気が漂い始めた

 そんな空気感を一人面白くない様子で南が


「つまんなーいぃ。ここはぁ、刑事さんがぁ証拠を突きつけてぇ犯人逮捕する所でしょぉ?なに丸く収まったみたいな空気感なのぉ?」

「南さん...今回は不慮の事故誰も悪くないっス」

「なんでぇ?誰も捕まらないなんて面白くないじゃない」

「遊びじゃないんだ。それに人の人生がかかってるんだそんな軽々しいものじゃない」


 いまだに不満そうな南を高島が宥め、悉知は集まってもらっていた人たちに謝罪と感謝の言葉を述べ集めた人達を帰した。すみれも帰ろうと踵を返そうとした、が、先ほど出していた携帯ではなく私用のスマホを出し連絡先を教えろという悉知


「え?いや...彼女さんとかに悪くない?」


 耳に届くか届かないかギリギリの声でいねぇよといった。そう言われてもスマホを出すかどうしようか悩み手を彷徨わせるすみれに痺れを切らした悉知は


「どこ」


 え?と言ってからスマホを入れてあるポケットの方をすみれが見るとなんの躊躇もなく悉知が手を入れすみれの鞄からスマホをと取り出し


「パスは?」


 スマホをとられたすみれがパスワードを教えるはずもなくスマホを取り返そうと手を伸ばすが圧倒的な身長差で手が届くはずもなく虚しく空を切った。そんな攻防をしている間に悉知はいくつかパスワードを入れて行きロックが開いた


「単純なパスワードだな。かえた方が良いぞ」


 現に何年もあっていなかった人に突破されるパスワードはよくないが突破する方もする方だとすみれは腹を立てた。そんなの間に連絡先の交換が終わった悉知はスマホを返しじゃあなと去っていった


「...なんなの」


連絡先は交換したものの使う機会など来るはずがないと思いながらも今日は助けてもらった事に感謝しお礼のメールを送信しスマホの電源を落とし家に帰った。

 


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