第90話

 王子がカレーをよそってるんだけど、明らかにカレーじゃなくて、王子目当ての子も、かなり並んでる。


 普段こんな近くで王子を見れないし、自分にカレーまでよそってくれるなら、お金出すのも全然惜しくない人ばかりだろう。


「おーい王子ー」


 俺が声をかけるとニコッと笑ってこっちを見る。今カレーをよそって貰ってる子が明らかに顔を赤らめて王子を見てる。うんうん、ナイススマイル!


「ごめん、ちょっと抜けるね?」


 そう言ってこちらに向かってくる王子。しかし!今列に並んでいた人の6割程のテンションが目に見えて落ちた。すまぬ、すまぬ…


 しかし、これだけは王子の為にも伝えなきゃならんのだ。流石の王子もいきなり涼さんが来たら驚くだろうし。


「おまたせ、どうしたん?」


 王子の後ろから怨嗟の眼差しを感じるが、ここは手早く済ませてカレーをよそう業務に戻って貰おう。


「あのさ、涼さんが来てる。王子もしかして文化祭の事言った?」


「え?来てるの?…文化祭とかの時期だなって言われたから今度何日にありますよって教えたけど…不味かった?」


 見事に会話を誘導されてる。絶対あの人面白がって来るつもりだったな。


「いや、不味くは無いけど俺も来るとは思ってなかったからさ」


「そうだね…でもあんまり騒ぎになってなくない?」


「あぁ、綾さん…涼さんの彼女さんも一緒に来てて、綾さんが気を利かせて帽子とサングラス掛けさせてる。それがなかったら…ヤバかったかも」


 王子も自分が呼んだみたいなものだと思ってるのか、結構不安顔だ。


「もし、何もせずに来てたって考えると…めちゃくちゃな騒ぎになってそう」


 王子も想像したのか、少し顔が青くなる。


「今のところバレてないから、安心しとけ。とりあえずカレー買うついでに挨拶すると思うから、変に反応するなよ?」


「うん、分かった。教えてくれてありがと。じゃあ戻るね?」


 これで王子への根回しは、完了だ。



「涼さん、綾さん。カレーこっちでご飯貰って掛けて貰うシステムっぽいんで、並んでください」


「お?良いね良いねー何か祭りっぽくて」


 並ぶの面倒とか言わずに楽しんでくれてるみたいで良かったが、多分そもそもこの人は、俺が慌ててる所を見て楽しんでるんだろう。流石、日本格闘技界の星!性格が悪いぜ!


「はい、綾さん」


 綾さんにもご飯が入ったお皿を渡す。


「ありがとコウちゃん。でも何でわざわざご飯とカレー別なの?」


 そりゃそう思うよね。一ヶ所で作って完成品渡した方が明らかに手間がない。しかし、そこは王子と言うブランドを、最大限利用してるんですよ…


「ほら、綾さん見てください。王子がカレーよそってるでしょ?そして、並んでる女子も見てください」


 それだけ言うと綾さんは得心がいったのか


「なるほどね、王子くんを最大限生かしてるって事ねぇ…考えられてるねぇ」


 これも王子が考えたのかな?王子は、自分の容姿が他と比べて秀でて良い事を分かってるから、利用できるなら躊躇なくしそうだ。


「ほー…モテるだろうから、ファンサービスの一環みたいなもんか?俺もやろうかな」


 やめて!嬉々としてご飯を持って並んでる立花を幻視してしまう。


 しばらく待っていると、そろそろ俺達の順番になりそうだ。王子が近付いてくる…じゃなくて、俺達が近付いてるのか。


「おう、大盛りな!」


「わかりました、どうぞ」


 事前に伝えてたお陰で、驚く様子はないし、他の人に怪しまれてる感じも無さそうだ。


「えっと?王子くん?お疲れ様。頑張ってねー」


「はい、ありがとうございます」


 綾さんとも無難に話して、次は俺だよ。ちゃっかり俺も食べます。


「それじゃあ、お願いします」


「はいどーぞ」


 うん、旨そう。匂いも素晴らしい…ヤバくね?カレーが三人共に行き渡る。


 近くで腰を落ち着けて食べるかな。少し早いけど昼食だ。



「うん、普通にカレーだな。特段旨いって訳でもないけど万人受けしそう」


「確かに辛みも抑えられてて子供でも食べられる様にしてるのかな?」


 王子のクラスのカレーは至って普通だった。奇をてらって変に個性を出すよりシンプルに攻めたんだろう。王子の采配が光るな。


「コウちゃん、あっちはクレープ?定番だけど、カレーとから揚げだから、デザートには良いかもねぇ」


 1組はクレープを出してるらしい。しょっぱいものばっかりだから確かに良いかもな。クレープ屋の方を見るとかなり繁盛してるらしく、王子のクラスと同じくらい慌ただしく働いてる。


 そして、知った顔がチラリと見える。屑とアホ面だ。あいつらクレープ屋なのかよ。屑とアホ面は、俺に気が付いたのか一瞬ギョッとした表情を浮かべたが、立花が近くに居ないことが分かったのか安堵の表情に戻る。


 屑とアホ面が再度俺を見詰めてニヤリと笑ってる。なんだ?特に近付いてくる気配もなく仕事に戻っていく。


「おーい、田中」


 声を掛けられた方を振り向くと…誰だっけ?


「あんま話したこと無いけどよ。誰だっけってのが表情に出過ぎだろ」


 ウッ!バレてる。いや、見覚えはあるんだよ?ただ、名前が…


「まあ良いや、一応1組のクラス委員やってる吉田だ」


「そうだ!真面目の吉田!すまん。普通に名前が出なかっただけなんだ」


「田中お前普通に失礼だからな?あー…知り合いと食事中にすまんな。そちらの方々も邪魔してすみません」


 真面目の吉田が涼さんと綾さんに謝ってる。やっぱり真面目だな!


「いやいや、気にしなくて良いぜ」


 二人は黙々とカレーを食べてる。まあ、こんなこと気にする二人じゃないしな。


「んで、なによ?」


 わざわざ真面目吉田が話し掛けてくるなら、何か用があるんだろう。


「そうだ、この前うちのクラスの奴が迷惑掛けたみたいで、すまんかったな」


 うちのクラスって……屑とアホ面か?


「から揚げの件か?」


「そう、それだ。立花にも一応話したんだが、田中が一番怒ってるから謝るなら田中にって言われてな」


 確かに一番怒ってた自信はあるが、わざわざクラスメイトの為に謝りにくるか?


「吉田よぉ───お前本っっ当真面目だな」


「別に大した手間でもないし、あいつらも悪気は……あったな。馬鹿なんだよあいつら。本当すまんな」


 吉田、お前苦労してんのな。もしかして、何かあったら謝りにいってんのか?


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