第73話


「はぁ…はぁ…大分落ち着いたけど…柔軟って…こんなに疲れるんだね」


「えーっと…逢坂だったな。格闘技に限らずスポーツやってて、身体が硬いってのはメリットが一つも無いから。身体の可動域が増えるし、ケガもしにくい。コウに限らずだか、最初は柔軟から始めるのが良いだろう」



「は、はい!頑張ります」


「まあ、なんだ、あんまり頑張りすぎる事はねぇよ。個々で身体のスペックが違うんだから、自分に合うようにトレーニングしていけば良いんだよ」


「そ、そうなんですね!」


 王子は俺や涼さんから聞いてた話と違うからか若干怪訝な顔で返事をする。


「ん?どうした?…大方コウと鎌田から練習がキツいキツいって聞いてたのか?」


「は、はい。これくらいでバテるなんて、うちじゃやっていけないぞ。みたいに言われるのかなと…」


「お前はどんな話をしてんだよ。練習がキツいのは毎回ギリギリまで追い込んでるからだってわかってんだろうが」


 会長が呆れた様子でこっちを見てる。だって会長結構厳しいし!


「それに俺は真面目にやってる奴には何も言わんぞ?コウの事怒鳴ったことも練習中は無いんじゃないか?」


「はぁ!?そんな事は……あれ?練習中は無いかも?何時も怒られるのって涼さんとふざけてる時だけ…?」


「お前は練習だけは手を抜かずやるから怒ること何てねーよ。バレずに手を抜く事なんて出来ねぇだろ?そんなに器用じゃ無いのは知ってるからな。鎌田は逃げ出したり手ぇ抜いたりしやがるから言うけどな?」



 あれぇ?もしかして悪いのは俺達か?俺達と言うか涼さんじゃねーのか?


「自分のペースでな、見極めるのは俺達トレーナーの仕事だから任せとけ」


「はい!頑張ります!」


 おぉ!王子が会長に尊敬の眼差しを向けてる!…居心地が悪い。


「まあ、今日は家に帰って風呂にゆっくり浸かって…そうだな3日って所か?筋肉痛が収まるまでは、あんまり激しく動くなよ?収まったら、とりあえずうちに顔出せ。俺がゆっくり見てやるから」


 そう言いながら、俺の方をチラリと見てくる会長。な、なんですか!


「はい、収まったら必ず顔出します!」


 お、おう。気合い十分だな


「そんじゃあコウ、責任もって送れ。若いからすぐに筋肉痛が出るかもしれねぇ」


「わっかりましたー」


「今日はありがとうございました!これからよろしくお願いします!」


「おう、頑張れよ」


「あ、あの、あたしも!今日はありがとうございました!凄く楽しかったです!」


「あー美咲ちゃんだったかな?また何時でも来て良いからな?」


 ニコニコしながら立花に答える会長。さっきの威厳は何処ですか?


「はい!また来ます!」


 だらしない顔で、頷きながら事務所に下がっていく会長。スケベジジイめ。


「んじゃー帰るかー」


「オッケー」


「そうだね、帰ろう」





 ジムを出て、とぼとぼ駅を目指しながら歩く。


「しかし、コウは何時も、あの練習が遊びに感じる位の練習してるの?本当に?」


「あー…ちょっと張り切りすぎた部分は否めない」


 だって、嬉しかったんだもん!同年代とのトレーニング!


「そ、そうだよね。さすがに僕死んじゃうよ。あれを週に何回かやってたら」


「あたしも見てたけど、動いてたねー。コウは、まだまだ余裕そうだったけど」


「まあ、慣れじゃない?さすがに俺の方が長くやってるから、地力はあると思うし」


「僕もなんとか練習に付いていける様に頑張るよ!」


「おう!どうするよ?立花は俺が送っていくか?」


「お願いして良い?僕もちょっと疲れちゃった…」


 うぅ…すまん、王子。


「えー別に良いよ?まだそんなに暗く無いじゃん?」


「駄目だよ美咲。ちゃんと自覚を持たないと。美咲は可愛いんだから」


「もう!修ちゃん!恥ずかしいでしょ!」


 顔を少し赤らめてプンプン怒ってる立花。

 うん、可愛いわ。


「じゃあ、コウお願いね?美咲もまたねー」


 王子は本当に疲れてたのか、ヘロヘロと手を振りながら帰っていった。もしかして王子を送って行った方が良かったか?


「もう…修ちゃんは変わんないなぁ」


「そう言えば立花も、たまに王子の事修ちゃんって呼んでるよな?春川は何時も呼んでるけど」


「はっ!……たまに出ちゃうんだよねぇ、小さい頃の呼び方」


「別に良いんじゃないのか?本人も嫌がって無いみたいだし」


 何か問題あるのか?立花が呼ぶの恥ずかしいとかか?


「ほら、王子ってやっぱりモテるからさぁ、あんまり親しげに呼ぶと…色々とね?」


 あーそんな事まで気を遣わなきゃいけない程モテるのはキッツいかも、さすがに。


「あーわかったわ。そうだな。王子のファンが凶行に走らないとも限らないしな」


「まあ、呼び方で友情は変わらないしね?出来るだけ火の粉が振りかからないようにーみたいな?」


「いやぁ、モテる奴はモテる奴で苦労がいっぱいあんだなぁ」


「んー王子は大変だろーね?それよりコウはどうなの?モテる?」


 はあ?こいつケンカ売ってんのか?


「なんだぁ?ケンカかぁ!?」


「あはははー!別に怒らなくてもいーじゃん!彼女とかは居ないのわかってるけど、過去はわかんないから聞いたんじゃーん」


 立花を見るとこっちを見てなくても肩を震わせながら笑ってるのがわかる。

 ぐぬぬ…くっそぉ!


「か、彼女が居ないとか、わかんねーだろぉ!!」


 俺の精一杯の叫びだ。自分で言ってて恥ずかしい。

 それを聞いた立花がバッ!と勢い良く振り返る。な、なんだぁ!


「な、え!?コウ彼女いるの!?」


 立花はめちゃくちゃ驚いた顔で聞いてくる。そ、そんなに驚いた顔で振り向かなくても良いじゃん…。


「……いません」


 恥ずかしさ倍増だぜ?自分で匂わせて自分で白状するってセルフ羞恥プレイ?


「そ…そうだよね!…そっかそっか、そう言えば聞いてなかった…びっくりした」


 そんなに全力で肯定しなくてもよくないですか?俺も、ちょっとは傷付くよ?


「……よかった」


 立花の小さな声は風で書き消された。

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