第64話

「それでは入場までこちらでお待ち下さい」


 スタッフの人から待機するように言われる。この後、涼さんの名前が呼ばれて入場だ。



「鎌田涼選手の入場です!!」


 入場のアナウンスが聞こえて、スタッフさんの合図で会場に出る。


 う、うおぉぉぉ!!人多!!

 あちらこちらから涼さんを応援する声が聞こえてくる。流石日本の頂点、人気が段違いだ。


「おう、コウ緊張してんのか?ハハハ気楽に行こうぜ」


 後ろを向いて俺に声を掛けてくれる涼さん。いやぁ、俺なんて観客に圧倒されて声も出ないのに後ろ向いて俺を気遣う事まで出来る涼さんはやっぱりカッコいい。


「何だ鎌田珍しく緊張してんのか?」


 会長が涼さんにそんな事を言ってるけど俺には緊張なんて全然してないように見えるけど…。


「会長、止めてくださいよバラすの」


 え?緊張してたの!?


「普段こんなところで声なんて掛けねぇからな?大方コウの顔見て声掛けて落ち着こうとしてたんだろ」


 会長が涼さんに聞こえない様に俺に教えてくれる。そんなもんなのか、俺からしたら少しでも役に立てたなら嬉しいけど。


 リングの反対側を見ると今日の対戦相手がいる。一目見ただけで、どれだけ厳しいトレーニングをしてきたが分かる程に作り込まれた体つきをしてる。


 うーん強そうだ。相手も涼さんを見てる。シュラウスは相手を徹底的に研究して、封殺してくるような相手だし涼さんの一挙手一投足を見逃すまいと鋭い視線を、涼さんも感じてる筈だ。


「おし、リングに上がんぞ」


 会長の声で我に返る。集中し過ぎて俺が相手を凝視してしまってた。よし!行くぞ!



「青コーナー!マイケル・シュラウスーー!!」


 会場からの声援で周りの音が聞こえなくなる。シュラウスと言えば格闘技界でも人気の選手だし全世界に相当数のファンがいる。


 アナウンスされたシュラウスはリングの中央で軽く手を上げて歓声に答える。世界の大舞台で戦ってきたシュラウスからは、気負いと言うものは一切感じられない。


 しかし、ここは日本。そう、鎌田涼のホームなんだ。


「赤コーナー!鎌田!涼!!!」


 リングアナウンサーもシュラウスより力が入ってる気がする。ホームだし多少はね?


 そして、会場が揺れる。声援だけで、さいたまスーパーアリーナが揺れている。涼さんも気負ってる様子はなく、淡々のリングの中央で歓声に応えている。


 二人ともすげーな…このくらいの歓声なら何時もの事だと言わんばかりの表情だ。自身の実力への信頼と、今まで戦ってきた経験だろうか?俺なら何時まで経っても慣れなさそう。


「両者中央へ」


 レフェリーが二人をリング中央に呼ぶ。二人共、相手から目を離さずにレフェリーの話を聞いている。


 両者グローブをタッチしてこちらに戻ってくる。


 いよいよだ……!


「ラウンドワン!」


「ファイッ!!」



 カーン!!



 両者立ち上がりは冷静に相手を見てる。やはり、このレベルになると読み合いとフェイントが多用される。


 一見、ただ少しだけ動きながら相手との距離を計ってるように見えるけど、その実足や腕だけじゃなくて、全身を使ってフェイントや牽制をしている。


 ただ単純に突っ込めば相手の餌食になると分かっているからこその攻防だ。しかし、時間は進んでいく。先に仕掛けたのは……シュラウスだ。


「…っ!!」


 シュラウスがノーモーションでタックルを仕掛けてくる。良く涼さんを研究した!とても低いタックルだ。


 鮮やかに足に組み着かれた涼さんはリングに倒されまいと踏ん張る。しかしそこは相手の土俵、倒されて寝技に持ち込まれてしまう。


「鎌田!腕取られんなよ!!ガードパスされたら終わるぞ!!」


 会長が大声で指示をだす。会長の言うとおり腕を取られて技を極められたり、足で相手の体を今は掴んでるけど、抜けられたら後は自由に動かれて終わってしまう。


「こぉんのやろお!」


 更に絡み付いてくるシュラウスを涼さんは腕力で引き離しにかかる。今の階級で涼さんはかなりのパワーファイターだから出来る芸当であって、シュラウスに普通はこんな戦法とも言えない事は本当なら通じない。


 一旦離れて仕切り直しだけど組み着かれた分涼さんの体力の方が減ってるのは間違いない。


「来いよおらぁ!!」


 簡単に組み伏せられて悔しいのか、涼さんのテンションも、何時もより高い。


「会長!良いんですか!?あのまま突っ込ませて!」


 あのままじゃまたタックルで崩されるんじゃないのか!?


「あ゛?鎌田は元々あれで良いんだよ!今までが、あまりにも上手く行きすぎて、お上品な試合ばっかりになっちまってる!」


 確か涼さんは元々不良だったって聞いたけど…冷静なシュラウスにあんな風に突っ込んでも良いものなのか!?


「不安か?コウ、見てみろ鎌田の奴笑ってんだろ?この頃はあんな顔お前とのスパークリング位でしか見せてないんじゃねーのか?あいつは元々考えながら戦うタイプじゃ無いしな」


「いや……まあ俺とのスパーの時の凶悪な笑顔ですけど、あれは俺をからかいながらやるのが楽しいからでしょ!?」


「はぁ?…まぁ今は良いか。とりあえず、あいつは余裕無い時の方が笑って本能で戦えるんだよ。お前も鎌田が心配なら相手を見て突破口でも探しとけ!!」


 何だか呆れ気味に言われたけど、俺も涼さんの為に何かしたい!くそ!シュラウスやっぱり、つえーよ!!

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