第63話

 もしかして不審者だと思われて声掛けられたのか!?


「あ、あの一応関係者で…」


 そう言いながら首に掛けた名札を見せる。


「いやいや、君は犬飼さんの所の子だよね?今日加納さんのお手伝いをする高校生の」


 あれ?何で知ってるんだろう?会長から聞いてたのかな。一応高校生が手伝いに来ることは伝えとかなきゃみたいな?


「あ、はい。涼さんの試合を手伝いに会長と加納さんに着いてきました」


 そう言うと高橋さんは俺を観察するよう見てくる。え?何だ?別にチームTシャツ着てるだけだから格好は変じゃないと思うけど…。


「あの…何かありました?」


 あまりにも見てくるので高橋さんに聞いてみる。


「あーごめんね。僕の悪い癖なんだ。じっと人を見ちゃうの。別に君が何かしたから、とかじゃないから安心して?」


 そう言いながらも見るのをやめない高橋さん。え、怖いんですけど?


「ふむふむ…なるほど…」


「あのー控室に行っても良いですか?涼さんと会長が待ってる筈なんで…」


 出来ればダッシュでここから逃げたい。


「そうだね!ごめんごめん。えっと…君の名前は…」


 会長も知ってたから別に悪い人じゃ無いよね?名前くらい良いよね?てか教えないとここから逃げられなさそう。


「えっと、田中浩一です」


「そっか田中君だね!覚えました。 引き留めてごめんね。ありがとうー!」


 な、何だったんだ?とりあえず戻って来ないうちに控室にダッシュ!!





「戻りましたー」


 何とか戻ってこれたぜ。一体何だったんだろ?


「おう、遅かったなコウ」


「すいません、途中で興行主の高橋さんに呼び止められて…」


「コウ、お前高橋さんに会ったのか?」


 涼さんが聞いてくる。


「はい…何かまずかったですかね?」


 涼さんが驚いた顔をしてたので少し不安だ。


「いや…まずくは無いが…会長、コウの事話しました?」


「ん?あぁ軽くな?しっかし手の早い事で」


「そりゃ会長が話すなら飛び付くでしょうよ…コウお前じーっと見られなかったか?高橋さんに」


 何だか不穏な事言ってるけど大丈夫だよね!いざという時は守ってくれますよね!会長!涼さん!!


「えっと…すっごい見られました…」


「あーあ、完全に目付けられたな。まあ頑張れ」


 涼さんが憐れむ様に俺を見てくる。


「ええー!何ですかそれ!どういう事ですか!か、会長!大丈夫ですよね!?」


「あ?別に悪いことは起きないだろ。人によっては面倒かもしれんけどなぁ」


「ま、守って下さいよ!ね!二人共!」


「情けない事言ってんじゃねーよコウ!ほれ、鎌田の調整手伝え」


 俺の事など無視して涼さんのアップが始まった。最初は色々考えてたけど手伝ってるうちに気にならなくなっていった。


 涼さんの気合いの入りかたに感化されたのか他の事が気にならなくなる。




「ふぅーー……そろそろだな」


 アップも順調に終わり試合の時間が近付く。勿論涼さんの試合はメインイベント。と言うか涼さんの試合を皆見に来てるレベルだ。それ程日本中の期待を今涼さんは背負ってる。


 そして今日の対戦相手は──


 マイケル・シュラウス


 デビューから21戦19勝1負1無効試合


 デビュー当時は荒々しいファイトスタイルだったが、初めてのチャンピオンへの挑戦時に体重のリミットオーバーで無効試合になり格闘技界やファンから大ブーイングをくらい自分を見詰め直し、以後完璧に仕上げて試合に挑むのが信条になる。


 その信条故か、ファイトスタイルも荒々しい物から相手を研究して冷静沈着に試合を行い確実に相手を仕留める姿から冷徹な殺し屋の異名で日本では知られている。


 得意なのは寝技全般。勿論打撃能力もKO出来るだけの物を持っている。と言うかこのレベルの選手になると、どちらかだけでは対応出来ないし…。


 砂に引きずり込まれる様に相手を寝技に持っていく事からアメリカではサンドマンと呼ばれてるらしい。


 ちなみに唯一負けた試合は現在の世界チャンピオンに負けた一敗だけで無効試合を除けばそのチャンピオンにしか負けてない。


 ここまで情報を見て…素直に強い。

 涼さんはどちらかと言うと打撃よりの選手だから、寝技に持ち込まれると相手に分があるかもしれない…相手のタックルの警戒練習もしたけど相手が俺じゃあなぁ…。


「何だよコウ?不安そうじゃねーかよ。俺が負けるとでも思ってんのか?」


 涼さんが挑発的な目で俺を見てくる。俺だって負けるなんて思ってないけど…。


「涼さんが負ける筈無いでしょ!…でもシュラウスのタックル警戒の練習相手が俺だったんで、力不足にも程があるなと…」


「なーに言ってんだよ。会長が組んだ練習だぞ?完璧に決まってんだろ」


 涼さんは本当に会長を信頼しきってる。会長がやるだけやって負けるなら俺が弱いだけだって前に言ってたしな。


「お?鎌田、わかってんじゃねえか。取りに行くぞ世界への足掛かり」


「任せてください。必ず…!」


 二人が不敵に笑いながら喋ってる。あんな顔するから怖がられるんだよ二人共。


「おおぉぉし!行くぞお前ら!気合い入れろ!」


 会長の気合いの掛け声と共にジムの関係者全員で会場に移動する。

 おし!俺も気合い入れて涼さんのサポートするぞ!!

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