追憶の夢~何も感じなかった、何かを感じた~
眠り、夢を見る
過去の夢を見ることがある。彼女と出会う前から始まり、彼女と出会う夢。
夢を見るようになったのは、彼女と共に過ごすようになって数か月が過ぎたころからだった。
始まりはいつも同じ、かつて住んでいた家。血のつながりがある家族がいる家。帰らなくてはいけなかった場所。
家族は、母と父。兄と姉。末っ子として俺は生まれた。家は裕福だった。金持ち、上流階級、支配者。人の上に立つことが当たり前の家だった。兄と姉は天才だった。勉学ができた、運動ができた。兄はイケメンで、姉は美人だった。
恵まれた家だと、周囲は称賛した。俺が生まれるまでは、称賛していた。
俺が生まれた時、いやその前から。母の子宮の中に居た時から。期待されていた、願われていた。兄と姉が天才なのだから、お腹の子供も天才だと。
聞こえていた、子宮の中でも。願いが、声が聞こえていた。そして生まれてから、祝福された。その時、意志があったわけではない。まだ自我が芽生えていたわけではなかった。自我が芽生えた後に、思い出したのだ。子宮の中で聞いた言葉を。
自我が芽生えた。
寝返りをした。両親の笑顔が減った
床を這うことができるようになった。さらに両親の笑顔が減った。
立てるようになった、言葉を発するようになった。両親は笑わなくなった。
兄と姉より。遅かったのだ、全ての行動を始めるまでが。
「あの子おかしいわ。あの子たちの時はもっと早かったのに」
「まだ赤ん坊だ、大目に見ようじゃないか」
両親が話していたの覚えている。
勉強が始まったのは5歳だった、家庭教師が家に来て俺に勉強を教えた。だが俺は覚えられなかった。俺は天才ではなかった。
「あなたのお兄さんやお姉さんは同じ歳で小学校二年生の勉強が出来ていたんですよ。あなたは私のキャリアに傷を付けるつもりですか!」
家庭教師は叫んでいた。兄は姉はできたのになぜできないんだと。家庭教師だけだはなかった、両親もまた同じことを言った。
「あなたは、なぜ勉強ができないの!」
「なんで満点が取れないんだ、お前の兄や姉は優秀なんだぞ!」
5歳のころから、名前を呼ばれることはなかった。家族の誰からも、家庭教師やお手伝いさんからも。もう、名前は意味をなさなくなっていた。お前、あなた。それが俺を現す呼称になっていた。
勉強ができないまま、私立の小学校に入った。学校に入って、久しぶりに名前を呼ばれた。両親はもう、期待をしていなかった。俺を存在しない人として扱った。兄と姉も同じく。
人と接する回数が、極端に減った。朝の食事は部屋の前に置かれていた。昼食は学校で食べて、夕食も部屋の前に置かれていた。生活に必要なものは与えられた、それ以外は与えられなかった。
学校は、裕福な家庭の子供が集まる場所だった。天才、秀才が集まる学校で。俺は変わらす平凡だった。俺がやっと1を覚えるころには、天才や秀才は10を覚えていた。
足掻いて、藻掻いても。天才や秀才には追い付けない。足元に手も届かない。
小学校を卒業して、中学校は変わった。エスカレーター式の中学校ではなく。普通の公立中学校。周りには、同じような平凡な人で溢れていた。しかし、同じではなかった。
「金持ちなんだろ、金よこせよ」
「なんか、思ってた金持ちと違う」
「金持ちだって自慢するために学校来てるのかよ」
産まれた環境が違った。貧富の差がそこにはあった。生活に必要なものは与えられていた。それは同じだと思っていた、平凡な彼ら彼女らにとって。質がいいものだった。手に入らないものだった。
同じではなく、異質な存在として。受け入れられることはなかった。勉強はできた。平凡だが天才や秀才の側に居たからか、平均よりはできたのだ。それがさらに拒絶される原因になった。
俺が勉強をすることを、だれも望まなかった。望まれないから、勉強を止めた。点数が下がり、彼ら彼女らは関わってこなくなった。家と同じになった。名前も呼ばれず、存在が薄くなった。
家に居ても、学校に居ても。同じ生活だった。
居ても、居ない存在だった俺は。夜に家から出ても気が付かれなかった。中学生の、2年生の時期からだった。夜の道を歩いた。目的もなく歩いて、気が付けば夜の公園を歩いていて。公園で何をするわけでもなく、家に戻る。それを毎日繰り返した。晴れていても、雨が降っていても。風が強くても、雪が降ってても。
目的が無いのだから、なぜ公園に居るか考えなかった。歩く行為の過程。家を出て、家に帰るまでの途中。
日付も時間も覚えていないが、その日は犬が夜の公園には居た。足が細くて、痩せていた。野良犬だったのかもしれない。詳しい事象を覚えていないが。犬が足元まで寄ってきた。
俺はしゃがんで右手を伸ばした。なぜ右手を伸ばしたのか、理由は分からない。俺以外の生き物に出会ったからだろうか。手を伸ばした理由は、重要ではなかったのかもしれない。
伸ばした右手に、犬は噛みついた。牙が手の皮膚を突き破り、右手からは血が流れた。俺はそれを痛いとは思わなかった。何も感じてはいなかった。手から血が流れているのを、ただ見つめていた。
そして犬の首に、左手を伸ばす。掴んだ犬の首を絞めつけた。理由はなかった。何となく、何となくだった。意識的行動ではなく、無意識的行動だった。
首を左手で絞められ、苦しくなった犬は右手に噛みつくのを止めた。犬が暴れる。左手だけでは首を絞められなくなって、右手でも首を掴んだ。右手から流れる血が、地面に染みを作る。
両手で犬の首を絞め続けると、犬は動かなくなった。地面に横たわる野良犬。目の目で犬が横たわっていた。動かなくなった。犬がそこに居た、でも犬がそこから居なくなった。俺のように、俺と同じように。
「ねえ、あなた」
言葉が聞こえた。後ろからだ。それは彼女だった。
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