第60話 桜草の宮(3)
「お養母(かあ)様、この白紙は白紙ではありません」
と白紙に成った書類を手に取る。
手に取った白紙の書類にそうっと魔力を乗せて行く。
やがて白紙だった書類全体に魔紋が浮かび上がり、その上に書かれた文章とサインされた名前が現れた。
「これはどうやったの?」と養母様が聞いて来た。
「はい、魔紋と文字には魔力が行使されている以上、魔的な行使痕が残ります」
「消える時も、最初に書いた時も魔力を行使する時点で行使痕を残します」
「ただその痕跡は微量過ぎてスキルでも無ければ分からないほどです」
「そして、分かる者はこうして痕跡に魔力を這わせる事によって、元の魔紋と文字を浮かび上がらせる事が出来ます」
「今回は2回魔術の行使がされているので、こうしてはっきりと浮かび上がる魔紋と文字を見る事が出来ます」
養母様は浮かび上がった魔紋とサインを見つめながら呟きました。
「スキルねぇ」
そして、私を見つめて言います。
「カスミちゃんあなた魔力の痕跡を知る事が出来るスキルを持っているのね」
「でも、今はその話をするより魔薬とこの商工省のエカティナの事が先ね」
後でしっかり聞くわよ、とその目が語っています。
「貴方は白紙に成ったからくりが分かって居る様ね、教えてくれるかしら」
目を合わせながら養母様が私にからくりに付いて聞いてきました。
「はい、先ず基本から」
「魔紋の効果は魔紋の表示されている中でしか現れません、逆に言えばこのように紙全体に表示された魔紋では紙に書かれた全ての事が真である事を表しています」
「千年単位で年月が過ぎれば魔紋の魔力も薄れて行きますが、魔力が切れて白紙に戻っても再び魔力を込めれば、元のように魔紋も文字も再び表示されます」
「今回は1月で白紙に成っていますし魔力を込めても元の魔紋も文字も出てきません」
「普通書いた絵が消える事はありません、紙に細工がして有る訳でもありません」
「魔紋のような魔力で描かれた物でも同じです、薄くなって消えるには千年単位の年月が必要ですし魔力を込めれば再び元に戻ります」
「単に魔力を切らす事で消したとしても魔力があれば再度表示されてします」
「では、なぜ一定の時間経過後魔紋が消えたのか」
「これには、魔紋の成り立ちを知らなければ分かりません」
「魔紋は魔核を持った生命体つまり魔物の研究から派生しました」
「魔物は倒されると魔石を残して消えます」
「この時魔核から生命情報がダンジョンコアへと帰り抜け殻が魔石に成ります」
「魔核に生命情報が在る事を利用して、疑似魔核に人の生命情報を疑似的に乗せる事で魔印章は作られています」
「その為、押された印鑑の魔紋はその時の人の情報その物に成ります」
「だからこそ本人にとって真か偽かの判定を付与する事が出来るのです」
「さらに疑似的ではありますが生命情報なので死さえ付与できます」
「一定時間後に魔紋が消えたのは魔紋が死んだからなのです」
一つ一つ消えるまでの仕掛けの段階を説明して、謎を解き明かしていきます。
死を付与した魔印章が作れるのは余程魔印章に詳しい魔印章を作った開発者ぐらいでしょうけど。
養母様は説明を聞きながら深く考え込んでしまいました、何かお考えの様です。
しばらくして、此方を向くと「これは証拠として使えるのかしら?」と聞いてきました。
「私が当事者ですから証拠として出す場合は、他の方が書類の痕跡を浮かび上がらせる必要が在ります」
「そうできるなら、証拠として使えます」
「ただし、証拠として念を押すのならば、改造された魔印章を押収する事が出来れば、本人でさえ認めるしか出来無く為るでしょう」
養母様に説明しながら、指紋を採取する事が出来ればもっと証拠を固める事が出来るのにと思っていました。
残念な事にヴァン国にしても指紋の知識そのものが無い為、指紋を証拠に出来るか検討する事から始める必要が在ります。
魔力の行使痕ならば魔術を行使すれば行使痕が残るのは常識です。
大量の魔力を必要とする攻撃魔術などでは行使痕が薄く浮かび上がり使用した魔術陣を浮かび上がらせます。
今回の行使痕も量が多いか少ないかの違いなので理解しやすいのです。
「サリアは魔紋や付加の専門家です、彼女に見てもらいましょう」
と顔を上げて部屋に残っているドワーフの女性を呼びます。
「サリア来て」
「陛下お呼びでしょうか」養母様の近くまで来ると軽くお辞儀をする。
「サリア、この紙に浮かんでいる魔紋と文字、再現出来ますか?」
私の方を向くと「カスミちゃん、一度消して、サリアに渡して」と元の白紙へ戻す様に言います。
「はい」と言葉少なく返事をして、魔力の痕跡を浮かべ可視化させている魔力を止めます。
魔力を流しただけなので、魔術行使の痕跡には影響が出ません。
白紙に戻した紙をサリアと呼ばれた女性に渡します。
一歩進んで両手で紙を受け取ったサリアは、一歩下がると軽くお辞儀をして紙を見ます。
しばらく見た後、養母様に報告します。
「私には行使痕があるとだけ分かりました、先ほどの様なはっきりした痕跡を浮かび上がらせる事は出来ません」
申し訳なっそうに、紙をテーブルに戻しながらそう言います。
「そなたの伝(つて)で読める程に行使痕を浮かび上がらせる事の出来る人はいませんか?」
養母様もこれが決め手に成ればとお思いなのでしょう、それにサリアと呼ばれたドワーフは魔紋と付加の専門家だと養母様も言われています、工房大学の教授にでも伝が在るのでしょう。
「我が師ならばあるいは、と思います」直ぐに返事があった所を見ると、師の力を信じているのでしょう。
「では、そなたの師に話して、桜草の宮へ御足労願えないか聞いて見てくれ」と養母様。
「はい、かしこまりました」と又軽くお辞儀をして元の位置まで下がった。
養母様は書類を纏めると、箱の中へと戻して言った。
「カスミちゃん、この書類は預かって置きます、良いですか?」
「はい、お願いします」養母様が預かってくれれば間違いが無いでしょう。
「では、今日は桜草の宮に部屋を用意してあります、そこでおやすみなさい」
「魔薬もカモメもこれからは私が対処します」
そう言うと養母様は応接間を出て行きました。
残っている侍女たちも養母様に付いて行き、人族の侍女が一人残って私を部屋へ案内してくれます。
アナベルと名乗った侍女は桜草の宮に私が居る時は私専属の侍女として侍るそうです。
彼女は私を部屋へ案内すると、インベントリのバッグから出した着替えの服や下着を部屋の続きの間にあるクローゼットなどへ仕舞いながら、部屋付の侍女にお風呂と食事の用意をテキパキとさせて行った。
私がお風呂へ入っている間に、着替えを用意し、食事を配膳して待っていた。
お風呂で飛空の疲れを取った私は、桜草の宮で軽めの夕食を取り直ぐに寝る事にした。
のは、建前でベッドへ入った後、脳内会話でカスミ姉妹とレタの4人で打ち合わせを始めた。
(レタ、カモメの行方について何か情報は入っていませんか? by小姉)
『お嬢さま、通信傍受に幾つかの符丁が引っかかりましてございますです』
『商業同盟と帝国海軍が使用している符丁の解析結果にカモメの名前がありましたです』
『10日程前の通信でありますです』
『エルゲネス国の北の海のどこかでカモメと言う名の何かを受け渡したとの交信記録が双方にありましたです』
『何方から何方へか場所はわかりませんがしかし、帝国海軍の交信にカモメが入港予定だとありましたであります』
『こちらは5日前の帝国海軍省西部本部からの通信であります』
(では、カモメは今帝国海軍に窃取されていると言う事だね by大姉)
『そうでありまする』
(カモメが可哀想だね by妹)
(港湾都市ミオヘルンにカモメは居ると考えて良いと思う by大姉)
『私も帝国海軍の一大拠点であるミオヘルンに居ると思いますです』
(そうだね、カモメを調べるのに工房が必要になるよね by小姉)
(でも、帝国海軍が何でカモメを手に入れる必要が在るのかしら? by小姉)
(理由は幾つか考えられるね、帝国では今自行船が作られているからそれの参考に成るかもしれないとか by大姉)
(カスミへの嫌がらせかもね、それともカモメを使ってこれから嫌がらせを行う積りかな by大姉)
『カモメは此れから作られる海軍や自警船隊の新型船の原型でございます、帝国にとって貴重な情報源となるでありまする』
(それは不味いですね by小姉)
(そうだな、そこまで考えていなかったよ by大姉)
(仕方が無い、カモメは帝国の手に落ちた以上、私に取り返す術が無い by小姉)
(これから飛空で港湾都市ミオヘルンへ夜襲を掛ける、カモメは私が焼き払う by小姉)
(え、焼いちゃうの? by妹)
(警戒厳重な海軍施設内であっても係留されている間なら焼く事はできるだろう by大姉)
『工廠にでも運び込まれたら、攻撃は難しくなりますです』
(取り戻すのはむりなの? by妹)
(取り戻しても北洋海戦の再現に成るだけだよ、しかも今度は逃げるカモメの後を追う帝国海軍だからそのままヴァン国と戦争になる可能性が大きいの by小姉)
(早い方が良いだろう、今すぐに出るわ by小姉)
(うん、頼んだ、ビザンツ帝国の火を何個か用意するよ by大姉)
(仕方が無いのかなぁ by妹)
『名残り惜しゅうございますが、敵に利用されるよりは益しでございますです』
部屋に誰も居ない事を確認してベッドから起きて素早く着替えた。
インベントリから飛空服のカバンを取り出し身に着ける。
私は、外にも誰も居ないのを確認して、部屋の窓がら出た。
飛空で上空へと上がり、飛空服を展開しながら一気に南下した。
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