第58話 桜草の宮(1)

 飛空を始めたころは明るかったけど、下を見ると段々と暗くなって往くのが分かる。

 帝国と違って昔から平分時(定時法)のヴァン国では夏の終わりの今頃は夜1時2時(午後6時,7時)に成っても明るさは残っている。

 1刻(2時間)ほど海岸線に沿って南下していくと、北洋海へと東に突き出たポリッジ岬が見えてきました。

 見た目はお粥(ポリッジ)の様な湿地帯でもない岩だらけの暗礁が多そうな海辺だよね。


 船から見たら岩礁に砕ける波で海面が泡立って見えるから、それをポリッジに見立てたとか無いよね。

 上空から見ても岩礁地帯は海面が白く泡立っている。

 そろそろ夏も終わる頃なので、かすかな日の光に黒く映る海面と岩礁に打ち付ける波が白く泡立ち、幾重もの泡の波紋が白黒の水墨画のように見えて面白い。


 そろそろジュヘイモスへと方向を変える頃合いですね。

 海辺から聖樹島(ヴァン国の在る島の事)の奥に掛けて広大な森と湖が点在して存在します。

 上空から見ると、所々に農場や町が点々と見えます。

 ポリッジ岬を目安にして飛空方向を西へと変えます。

 この先の森と湖を飛空で行けば目的地のジュヘイモスです。


 夜3時(午後8時)にジュヘイモスへ着きました、そのまま執務宮の門の前に降ります。

 飛空服を収納しているカバンをインベントリのバッグへ仕舞うと、私の姿は教師風のままですから、執務宮の門番達には不審者に見えたかもしれません。

 幸い私の顔を知っている人が居て直ぐに話が養母様まで通り執務宮の中へと入る事が出来ました。


 桜草の宮へ入るのは初めてです。

 2人の事務官の方が前に立って案内してくれています。


 執務宮の養母様の住まい、桜草の宮は執務宮の北側に在る渡り廊下と言っても2階建ての通路ですが、その通路を渡った先に在ります。

 渡り廊下以外の周りは生垣と樹木で囲われていて、さながら森の中の館と言った風情です。

 初めて見る桜草の宮ですが、執務宮から隔離されているような印象を受けます。


 私は生まれも育ちもシリアルビェッカ村です。

 魔術師としての修行で村から出るまで一歩も村を出た事はありません。

 その為養母様とは、夏の1月を共に過ごすと後はミエッダ師匠の神域へ入り浸っていました。

 神域の中では養母様とはミエッダ師匠を仲介にした、頭の中での直接会話(念話)が出来ましたから、養母様とは親密な間柄ではありました。

 その為、ジュヘイモスへ行って養母様に直接会って話す必要を感じた事はありません。


 修行の旅もオウレの町からは船でジュヘイモスへ行き、執務宮で養母様とお話をした時も執務宮で話しただけで執務宮を出たので入っていません。

 私はジュヘイモスからそのまま船で帝国のミオヘルンと言う大河ワーカムの河口にある港湾都市へ渡り、運命のアクアラの町近くまで旅をしたのです。


 この桜草の宮は養母様が寛ぐ為に作らせた、養母様にとって妖怪砂掛け婆達への砦の様な物だと私は思っています。

 養母様のエルフの王と言う立場は大きく、首都のシリアルビェッカ村以外では絶対君主的な立場に成ります。

 絶対君主と言ってもそれは、宇宙樹が星の海を航海する為に船長が必要だった事から定められた役職です。

 王と言うより船長と言って良いと思います。

 シリアルビェッカ村を除けばヴァン国の最終的な決定権は王である養母様が持っています。

 緊急時には法を超えた命令や決定ができますし、緊急時を決めるのは王である養母様です。


 そうは言っても人の集まりで国が出来ているので、孤独な王様では空回りするだけです。

 そしてヴァン国の国民にとって第一に来るのは聖樹であるミエッダ師匠です。

 ミエッダ師匠の育ての親でミエッダ師匠からの信頼の厚い養母様だからこそヴァン国の王と成ったのです。


 妖怪砂掛け婆達がいくら影で蠢いても覆す事は出来ない存在なのです。

 と言っても妖怪砂掛け婆達が政府も予算も牛耳っている事は事実です。

 辛うじて自治庁があるお陰で養母様の政策が行われているのです。

 その自治庁も予算は総務省が握っているので、監査などは総務省が行っています。


 養母様も全ての省の監査が出来るのですからお互い様でしょうけど。

 今の所、妖怪砂掛け婆達が表立って養母様と対立するような事は無いです。


 しかし、影での動きは怪しい物が在ります。

 ジュヘイモスの闇ギルドが中々捕まえられない事は捜査情報が洩れている事を表しています。

 今回の誘拐同盟の事件でもまだ船の上で事情聴取をしている最中の情報が闇ギルドへ漏れています。


 今回カモメが盗まれた事はとっても残念ですけど、執務宮に来れた事はとても良い機会です。

 これまでに作った神力型偵察バグをバラ撒きます。


 数日経てば今回撒いた偵察バグが執務宮の隅々まで移動しているでしょう。

 今回撒いた偵察バグは神力型なので稼働限界まで魔力切れを心配する事無なく動けます。

 情報のやり取りもリング(空間を超えた頑固な繋がり)経由なので外部に漏れる事はありません。

 損失が出るのは、他の虫から食べられた時ぐらいでしょう、でも生き物では無いので、吐き出されるのが落ちですね。


 桜草の宮に案内された私は、養母様が来るまで来客室で待つことに成りました。

 紅茶が出されましたが、レベルアップした把握が紅茶では無く出されたお菓子に魔薬が入っている事を教えてくれます。


 まぁあれです、魔薬入りのお菓子を入れたのが誰かも、何時入れたのかも分かっているのですけどね。


 私を暗殺しようとしているのでしょうか?

 魔薬を分析すると、極弱い中毒性の在る魔薬の様です。

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