第57話 盗まれたカモメ(2)

 「それだ!その様に書いてあったんだ、サインだってちゃんと商工省長官エカティナ・ベラマス・エルルゥフって書いてあっただろう!」


 ハルク工房頭の血を吐くような叫びが室内に響き渡った。

 あまりの大声に私の頭はしばらく「キーン」と鳴って何も考えられ無く為ってしまった。

 ドワーフの人達は大声を出さないと私が聞こえないと思っているのでしょうか。


 これで、商工省長官が黒認定できますね。

 しかし、何でカモメを盗んで行ったのでしょう?

 魔具省を通してカモメの設計図は海軍へ渡す事がほぼ決まりましたし、自警船隊の工廠へはカモメ型の自行船を設計図から指導付きで作る計画ですのに、今更本体を盗んでどうする積りでしょう?


 商工省がカモメの設計図が欲しければ購入の打診でもしてくれば受けたでしょうから尚更疑問です。

 こんな時は本人に聞けば良いのです。

 これから飛空でジュヘイモスへ行きましょう。


 ハルク工房頭に話して書類箱毎借りる事にしました。

 念の為、ハルク工房頭に魔紋付のサインを各書類の裏に書き込んでもらいます。

 此の書類がカモメ窃盗犯がハルク工房頭に渡した偽造書類である事を証拠として採用出来る様にしました。


 ハルク工房頭の話によると8月のはじめ頃、5人の商工省の長官付きの秘書だと名乗るエルフの女達がハルク工房に訪ねて来たそうです。


 彼らの話では、カスミ姫様はしばらく引き取りに来れないので、代わりに引き取ってジュヘイモスの港へ持って行き。

 そこでエルフ王マーヤニラエル様のお召艦として使われる事に成った。

 と言って、書類を渡してきたのだそうです。


 書類を持ってきた一人を除いて、ハルク工房頭には、エルフの女4人は軍人か退役軍人に見えたそうです。

 後でカモメの帆を広げて桟橋を離れて帆に風を当て走り出すまで、ボートの扱いや帆の操作によどみが無かったそうです。


 書類には魔紋と商工省長官のサインがあったので、信用したハルク工房頭は桟橋に係留していたカモメをその5人に渡してしまったのです。

 その時費用などの請求を聞かなかったのは、カモメの検査費用と預かった内装品などの保管費用はウルの汁で強化した合板用接着剤のレシピと等価交換する予定だったからです。


 それから今日まで、カスミ姫様が来るのを待っていたと言う事でした。


 その話を聞いて、最初にハルク工房頭が言っていた契約書の事を思い出しました。

 ここを離れる前に契約を済ませてしまいましょう。

 レタに契約書を渡して確認した後、契約する事にしました。

 魔紋とサインを済ませた後、接着剤のレシピをハルク工房頭に渡しました。


 接着剤の具体的な作り方や合板の作成方法などについては、魔具省工房に居る息子のオスカーさんに今指導しているので聞いて欲しいと伝えました。

 此の件が片付けば、ハルク工房へ訪れる事が出来るので、必要な時は連絡をしてもらう事にしました。


 申し訳なさそうに見送ってくれるハルク夫妻に、手を振りながら工房から出ます。


 さて、厄介な事に成りました、理由が見当たらないカモメの盗難ですが、帝国への戦利品にでもするつもりでしょうか。

 書類が真っ当な物なら、養母様のお召艦にするのでしょうが、私に一言あってもよさそうなものです。


 オウレでのこれからの事も考えて、準備をしてからジュヘイモスへ行くことにしましょう。


 アイに外へ出れるか確認すると、家(神域の部屋)の掃除や片付けは終わっているそうで、何時でも外へ出られると返事があった。

 この頃、妹と姉ねが作ったお手伝い土人形(人型汎用ロボット)が神域の部屋のあちこちに配置される様に成って来て、雑用を色々こなしているからアイの掃除や片付けが早く終わったのでしょう。


 オーナ姉妹の下宿先の近くまで戻って来ると、姉ねに家(神域の部屋)を開けてもらいます。

 こうして置けば私が家(神域の部屋)を開けない限り、姉ねがこの位置に家の扉を出す事ができます。

 (姉ね、お願いします、何か在るとは考えていませんが妖怪砂掛け婆とやり合うのですから万全の用意が必要です by小姉)

 (まかしときな、人型汎用ロボット達もいるからね by大姉)

 人型汎用ロボットですか?

 (姉ねにお任せします by小姉)


 アイを物陰に出した家の扉から外へと出てもらうとオーナ姉妹に明日の授業で使う教材や道具を渡して置きます。

 もしジュヘイモスで今回の事件が長引くような事に成った場合の保険ですね。

 オーナ姉妹に後の事を託すと、いよいよジュヘイモスへ出かけます。

 此処からだと暗くなってきましたし、海辺を行くなら1刻半(3時間)の飛空の旅に成るでしょう。


 飛空で飛ぶ前にレタが言ってきました。

 「お嬢さま、私だけでもお供させていただけませんか、お嬢さまの周りに誰も居ないのはもしもの時に直ぐに動ける者も居ない事になりまする」

 確かに、レタの言う通りです、ジュヘイモスで何が待ち構えているか分からないのですから。


 「そうね相手は妖怪共ですからね、分かりましたレタは家(神域の部屋)で待機していてね」

 「では、アイ、ナミ明日私がオウレに来れない時は工房をお願いしますね」

 レタを家(神域の部屋)へ送ると、アイとナミが見送る中今度こそ飛空で上空へと上がります。

 アイとナミにはレタの不在を大家さんに知らせてもらう事に成っています。


 飛空で上昇しながら、飛空服を展開していきます。

 少し両手を広げて展開時のインベントリのカバンから出て来るプロテクターに両手を巻き込まれないようにします。

 巻き込まれてしまうと、両手が胴にくくり付けられたようになって動かすことが出来なくなってしまいます。

 プロテクターは展開後に体を支えると同時に鳥などとの衝突から守る為の防護用のプロテクターとして作られています。


 外部からの衝突は聖域の結界が着ている服や展開したプロテクターに掛けられているので2重、3重に守られています。


 400ヒロ(600m)まで上昇すると水平飛空へと移ります。

 速度を上げて行くとだいたい時速50ワーク(75㎞/h)位から補助翼や方向舵、昇降舵が効きだします。

 それまで飛空で姿勢を保ちますが、飛空で姿勢を保たないと振れが出て危険なほどではありませんが方向が定まらなくなります。


 1コル(15分)もしない内に巡航速度時速300ワーク(450㎞/h)まで上げると、ジュヘイモスへと海岸線沿いに南下していきます。

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