第56話 盗まれたカモメ(1)
ハルク舟工房へ歩いて向かいます。
場所はオウレの港町に在る一般用桟橋と港湾事務所がある港の中央部より海軍本部よりの海辺に作られている工房です。
前にも聞いた事があるように船体の構造が頑丈な事で有名なので、船の船体を作る工房に成っています。
歩いても直ぐ近くなので、2コル(30分)もしないで着きました。
工房に入ると見えている船台には漁船と思える船が乗っていましたが、カモメはありませんでした。
既に点検は終わって桟橋の何処かに繋がれているのでしょう。
工房に入ってハルク工房頭に挨拶をします。
「こんにちは、ハルク様、カモメの点検の結果を聞きに来ました」
工房の事務所を入った場所で挨拶します。
「おお来たか、待ってたぞ。」
と相変わらず勢いの良い方です。
「ウルの汁で強化した合板用接着剤の契約書を見てくれ、其れで良ければ契約じゃ。」
と椅子に座ると直ぐに契約の話をしてきます。
「あのぅ、その契約の前にカモメの点検の事をお聞きしたいのですが?」
私が、カモメについて聞くと。
「うん?、その事は引き取りに来た商工省の役人に書類と共に伝えだが聞いていないのか?」
と、ハルク工房頭が不思議そうな顔をします。
「え!商工省ですか?」
「何も聞いていません、それどころか、引き取りを頼んだこともありません!」
吃驚してしまいました。
「なんじゃとう!商工省の役人じゃと言う奴らが引き取りに来たぞ。」
「書類もちゃんとしたもんじゃったし、商工省の長官の魔紋付のサインもあったぞ!」
とハルク工房頭が立ち上がって大声で話し始めます。
「おい、急いでカモメを引き取りに来た時の書類を持ってこい!」
と事務所に居たドワーフの女性に言いつけます。
お茶を用意しようとしていた若い女性は急いで奥へと走って行きました。
奥でガサガサと音がしていましたが、しばらくすると先ほどの女性が書類入れの箱を一つ抱えて戻ってきました。
「あんた、これだよ!」
とハルク工房頭に箱を突き出して渡します。
どうやらハルク工房頭の奥方の様です。
ハルク工房頭が箱を開けると、中の書類を取り出し魔紋のサインがしてあるらしい何枚目かの書類をめくって、「ギョ!」としたような顔をします。
私も彼が掴んでいる書類を覗き込んで見ると、白紙の紙が在りました。
ハルク工房頭は書類を机の上に置くと、白紙の前後何枚かを捲っては戻し、更に捲っては戻ししています。
しかし、魔紋もサインもどちらかでも在る書類は出てきませんでした。
私はこれでも魔紋の研究者です。
魔紋は押した人物の真偽の内真のみ受け付ける魔具で魔印章と呼ばれます。
その時押した人物の真のみ表示する事を許します。
例えば商工省長官が自分の役職を書く場合真なので商工省長官と書けますが、魔具省長官が商工省長官と書こうとしても偽なので書き込む事さえできません、反発して書く事が出来なくなります。
ただし魔紋を押した人が洗脳されて居たり、誤解していたりしても本人が本当の事だと思っていれば真に判定されます。
魔インクはこの魔紋用のインクです、魔紋の押された紙にのみ書く事が出来ます。
書類が白紙に成っている事は、魔紋を押した人がこの書類を一人で全部書きサインした事を表しています。
魔紋が後から真で無い状態に成れば書き込んだ全ての文章が消えるでしょう。
この様な書かれた魔紋が消える現象には幾つかの心当たりが在ります。
一つは書かれた魔紋の重要な一部が切れた場合。
例えば鋏で魔紋の線を切って前後の繋がりを無くしたような場合です。
魔紋は一度書き込むと紙の裏まで魔紋に染まり、後から薄めたり、削ったりしても切り取らない限り表示されています。
切り取れば必ず切った後が残ります。
次に魔インクを加工して時間経過で消える様にすることはできます、この場合は魔紋は魔具で書き込んでいるので消えませんが魔インクで書かれた部分が消えます。
最後に魔印章の魔術陣を加工して時間経過で消える様に出来れば、魔紋が消えれば魔インクで書かれた部分も消えます。
魔印章を偽に反応するようにもできますが、その場合は偽魔紋の紋に成るので誰でもわかります。
今回は細工した魔印章が使われた場合に相当するようです。
幸い魔インクや魔紋は消えていますが、魔力行使の痕跡が消えたわけではありません。
未だに白紙の書類を見て呆然としているハルク工房頭に言います。
「ハルク様、私にその白紙となった書類を見せていただけませんか、私でしたら白紙に成った書類に元の文字と魔紋を浮かび上がらせる事が出来ます」
はっとしたハルク工房頭が、我を取り戻したのか、慌てて聞いてきます。
「聞き間違いか?元に戻せると聞こえたが?」
「はい、元の文字と魔紋を浮かび上がらせる事が出来ます」
私が再度言うと。
「それが出来るのなら、どうか元に戻してくれ頼む!」
ハルク工房頭は誤解しているようですが、訂正した方が良いでしょう。
「ハルク様元には戻せません、元の文字と魔紋を浮かび上がらせる事が出来るだけです」
ゆっくり、はっきり言うとやっと理解したのかがっくりと項垂れてしまいました。
書類から手を放したので、私がその書類を持って魔力を少しづつ表面に纏わせます。
そうやって魔力行使の痕跡を私の魔力で浮かび上がらせていきます。
浮かび上がって来た文字と魔紋を、コピーの魔術で記録します。
浮かび上がって来た文字と魔紋をボンヤリ見ていたハルク工房頭が、急に叫んだ。
「それだ!その様に書いてあったんだ、サインだってちゃんと商工省長官エカティナ・ベラマス・エルルゥフって書いてあっただろう!」
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