第51話・1 (閑話)ポッター海軍海尉

 ヴァン国以外で海軍に女性の軍人は珍しい、女性が働いている事は珍しい事では無いが、軍人として働いている事はほぼ無い。


 しかしここヴァン国で私は海軍海尉と言う士官としてこの海軍本部の庁舎で働いている。

 海尉である以上士官学校を出ているし、もちろん軍艦での乗務経験もある。

 実戦も密輸や誘拐などの犯罪者の乗った武装商船だが経験している。


 私から見てヴァン国は纏まりの無いように見えて不思議と結束が強い国民性がある。

 ヴァン国はエルフの女性が国の権力の最大勢力を成しているが国を牛耳る程では無い。

 エルフは人数では人族に及ばない、基幹産業の主な部分はドワーフが牛耳っている、政治と行政はエルフが省の長官職を魔具省を除いて占めている。

 エルフの王はエルフにしては幼いと言って良い千歳の女王だ。

 年を言えばドワーフの王である長達も同じ千歳だ、少し年上らしいが長命族としては誤差の内だ。

 妖精族の王に比べれば大人と新生児ぐらいの差がある。

 そして国の正当性の根幹を成す聖樹は妖精族が独占している。

 一見バラバラに見えるが、不思議と王達の指導力は纏まって上手く発揮されている。


 つまりヴァン国のエルフに限らず女性は強い権力を持っていると言いたい。

 海軍では男エルフが多いけど女エルフはそれに負けないぐらい居る。

 人族もエルフに倣って海軍の半数は女性が占めている。

 海軍の軍艦には男女が一緒に乗り組む事は無い、男だけ、女だけで軍艦に乗り組む。

 その為普通に女性士官や将官が居る事になる。


 その中で長寿なエルフは自然と士官や将官を独り占めしてしまう事に成る。

 偏った構成は不満や対立の温床になる為ヴァン国では幾つかの対策が取られている。

 一つはエルフ士官のみ設けられている、強制半休(自動的に半給に成る)制度で十年交代で休みを取る制度だ。

 この制度はエルフ的に歓迎されている、樹人の中の樹人と言われるぐらい森を好むエルフ達なので海から定期的に離れて森を満喫できるこの制度は歓迎されている。

 しかしこの制度で減らすことが出来るのは半分でしかない。

 幸いエルフの人口は多く無い、そこで船長から士官、下士官まで同じ種族で纏めてしまう事が対策の目玉となる。

 兵はエルフの数が少ないのでそこまで纏められない為人種族も入っているが、そこは毎年の人事異動で対応している。


 私はエルフ系人族として海軍に兵学校から入り、順調に軍務を務めてきた。

 5年で士官学校へ入る為の推薦を貰うと、当時は他の人族より遅いかもと思っていたのでうれしかった事を覚えている。


 士官学校をトップ5の成績で卒業した私は、戦艦ノーラの最下級の将校として新たなスタートを切った。

 現エルフの王の愛称の名を戴いたヴァン国東北洋艦隊旗艦で12年勤めあげて今の海軍本部勤務となった。

 移動する時に艦長から3年本部で務めると次は小さいながらも艦長として船の指揮を執ることに成ると言われ、感激の涙が出た。


 本部に出仕し始めて2年今の部署はお偉いさんの案内係をしている、この部署は海軍本部を訪ねて来る国の高位高官を高級士官が案内する為見栄えする将校を配置している。

 おかげで知り合えた人はエルフの王のノーラ様を筆頭に多数に上る。


 その日も何時もの日と変わらず勤務について引き継ぎを終わると暇になる。

 と思っていた、門番の当番兵から、新しく整地した工房予定地に空から人が降りて来たと、報告があった。


 空から人が落ちて来たなら少しは意味が分かるが、降りて来たとは?人が空を飛んでいたと同じになる。


 心を落ち着けるために唱える「軍人は慌てない!」少し落ち着いたので、上司に連絡をすると、海軍本部長官まで話が通ってしまい、長官から下命が下った。

 「カスミ姫様のご来着である、姫様がお見えに成ったら長官室へ失礼の無い様に御案内するように」


 カスミ姫様とは、妖精王の孫娘で、エルフの王の御養女様に成る方だ。

 とても強い魔術師様だと聞いている。

 そんな方なら空を飛んで来ることも可能なのだろう。


 そのカスミ姫様を始めて見た時、兵学校の入学式を思い出してしまった。

 海軍兵学校において人族は12歳の歳から入学が認められるので、殆どの人族の学生が12歳で入学して来る。

 エルフは2千歳ぐらいから、ドワーフは軍属なら居るが海軍軍人に成る者は居ない。

 妖精族に至っては、見た事も無い。


 始めて見る妖精族の姫様はズボンに立て襟のスーツそして白いシャツ、これに軍帽をかぶって居たら新入生と間違える所だ。

 更には背にカバンを背負っている所までそっくりで、まさか本当に海軍兵学校へ入学するのか?


 一瞬変な事を考えてしまったが、確かお年は37歳のはずまだ入学は無いだろう、それともあり得るのか?

 見るだけで分かるスーツや下のシャツの生地は見た事の無いような煌めきの在る高そうな生地で作られてる。

 真珠だろうか、シャツのボタンが虹色に光っている。

 さすが王女様ズボンにスーツを着ているだけで上流階級の雰囲気がする。

 海軍の安年俸では手の届かない世界だ。


 「カスミ・マーヤニラエル・ヴァン・シルフィードと申します、ポッター海軍長官にお取次ぎ願います」

 子供らしいやや高い声をしておられる。


 「どうぞ、此方へ御出下さい」

 と立ち上がってカスミ姫様へ一礼をする。

 受付の部屋から出て、ホールの奥へと少女の歩幅に合わせてゆっくり進んで行く。

 カスミ姫様も頷かれて、後を静かに着いてきてくれる。


 長官室の前までお連れすると、ドアをノックする。

 「長官、お待ちの方が見えられました」

 とカスミ姫様が到着した事をドア越しに伝える。


 「入ってもらってくれ。」

 何時もの落ち着きのある声が扉の向こうから聞こえる。


 扉を開けて、カスミ姫様に声を掛ける。

 「どうぞ」

 胸に手を当てて敬礼をしながら中へと誘(いざな)う。


 「ありがとう」

 側を通り過ぎる時にお声を掛けていただいた。

 子供らしいかわいらしいお声だ。


 仕舞った!私より年上の方だった、慌ててしまう、が何時もの様に心で唱える『軍人は慌てない!』、これで少し落ち着いた。


 扉を閉めて、廊下で待機する。

 中に入ったお客様が慌てて扉を開けられるのはたいてい1コル(15分)以内だ。

 会議の初めに忘れ物をしたとか忘れていた連絡を思い出したなどの事が多いのだ。

 その為初めの1コルが過ぎるまで、扉の前で待つ、1コルが過ぎれば会議が順調に始まったと見て良いので案内所へ帰る事にしている。


 所が、大して時間が経っていない内にカスミ姫様が扉を自分で開けられて飛び出す様に出てこられた。

 吃驚して固まった私に声を掛けられる。

 「待っててくださいましたのね、ありがとう、帰りも案内をお願いします」

 お帰りに成るのかしらと漠然と思った。


 カスミ姫様が開けて、閉めた扉が「バン!」と言う音と共に乱暴に開けられた。

 「ま、まっ、待ってくれ嬢ちゃん、儂が悪かった、吃驚して思わず動いたんじゃぁ~ッ!!」

 ケマル魔具省長官様の叫びが続いて響き渡った。


 『軍人は慌てない!』、『軍人は慌てない!』大切な事なので2度唱えた。


 「カスミ姫様、ケマルの事は多めに見てやってくれんかのう、先ほどは私も驚愕するほどの出来事だったでの」

 ケマル様の後ろからポッター様が宥(なだ)めるような声でカスミ姫様に声を掛けられています、何か悪さをケマル様がカスミ姫様へ行ったようです。

 ケマル様はこんな子供に何をしたのだろうか、万死に値する。


 「分かっています、怒っては居ません、少しビックリしただけです」

 と、冷静に返事をされているので、おっしゃる通りなのだろう。


 「でも、先ほど告げました内容は変わりませんよ」

 「教室で教えるのは昼5時から昼7時まで、昼8時から昼10時まで工房の立ち上げをお手伝いしますね」

 「では、教室が出来ましたらお知らせください」

 えーと、子供では無かったですな、見た目でつい愛らしい少女に見えてしまう。

 カスミ姫様はドワーフへ何か教えられるようだ、魔術師の方と言うのは本当の事なのだろう。


 玄関ホールまでお送りいたしましょう。


 先をゆっくり歩く私の後を、扉の向こうの二人へ手を振った後ついて来られる。

 動作の一つ一つが愛らしいので、『軍人は慌てない!』、『軍人は慌てない!』心よ静まれ!


 後ろの様子は、扉の閉まった音はして無い、長官のお二人が雁首並べてカスミ姫様の遠ざかるお姿を見ているのだろう。


 出口までご案内した後扉の側で先ほどの長官二人の事を詫びます。

 「何か失礼な事がありました事お詫びします」

 深々とお詫びします。


 「問題無いわ、もう終わった事よ」

 カスミ姫様はニッコリ笑って済んだことだとおっしゃられる。


 「それより、貴方のお名前をお聞きして良い?」

 こちらを見つめられて笑顔で言われる、私の名前とか何で知りたいのだろうか?

 問われれば答えないわけには行か無い。

 「セレナーデ・ポッター・アリシエンと申します」

 ポッターは海軍本部長官様が私の先祖と結ばれて私に繋がる子を成した事から付けた由緒ある家名だ。

 アリシエンは同じくその時にポッター様から当時の聖樹様にお願いして授けられた由来名でポッター家の誇りである。

 『意志を継ぐもの』と言う秘する名だが、カスミ姫様には知っていて欲しいと名乗る事にした。


 「改めて私は、カスミ・マーヤニラエル・ヴァン・アリシエン・ジュヲウ・シルフィードです」

 驚く事に姫様は私に秘する名まで教えて下された、感動した、そして感謝した。


 「セレナーデ・ポッター・アリシエンさん以後よろしくお願いします」

 と軽い礼をして、手を差し出す。


 姫様が人族の挨拶を知っておられるとは、知らないエルフも多いのに、素晴らしいですぞ姫様。

 姫様と握手をします、子供の手のような柔らかさだ。


 握手の後扉へ向かわれたので、急いで正面玄関の扉を開ける。

 姫様は軽く手を振って出ていかれた。


 じっと手を見る。

 先ほどの握手した手の暖かさをまだこの手は覚えている。

 我が家系は先祖に何度かポッター様と縁を繋がれた方が居た為、普通の人族の数倍の寿命を持つ。

 その長い人生の中でカスミ姫様とのこの縁(えにし)は生涯忘れる事は無いと確信している。


 『軍人は慌てない!』、『軍人は慌てない!』大切な事なので2度唱えた。

 心を落ち着け気合を入れると、案内所へ帰る事にした。


 1年後、ポッター海尉は海佐となって新型のカモメ型カッターに着任した。

 帝国との戦争の機運が高まりを見せつつある中、新型の帆走カッターは注目の的だった。

 ブーム(横棒)で縦帆の下側を固定して風に対して切り上げ角度を小さくできる最新の帆を操り、船首から中央の帆柱へジブを張った快速船は帆柱の根本に火球砲改を2門持った最新鋭の海軍の軍艦なのだから。

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