第24話・4 (閑話)帝国海軍北洋艦隊

 帝国上級戦艦ハイネンク艦長イベルジ・アンプ・ボネ海軍提督は、新しく艦首に設置された新兵器を疎ましく見ていた。

 この大砲と言う新兵器は火薬と呼ばれる力で弾頭部を遠くへと飛ばす事が出来る。

 これまでは、魔弩砲(魔道具の弩)で精々200ヒロ(300メートル)飛べばよい方だったから、大砲の3ワーク(4.5km)が如何に遠く飛ばすか魔弩砲とは比較にならないだろう。


 しかし、火薬は水にも火にも気を付けねばならず、保管庫の作りもそれなりの作りにしないと簡単に使用できなくなる。

 弾頭部に使用する魔石は10級クラスで、魔弩砲に使う魔石に比べ格段に安上がりだが良い所はそれぐらいだ。


 魔弩砲ではそこまで管理に気を付ける必要が無かったし、射程距離内なら直接射撃で狙えば魔弾(魔道具の矢)が風をまとって真っすぐ飛んで行く。


 当たれば爆発するのは大砲の弾も魔弩砲の魔弾も同じだ。


 結局魔弩砲より遠くへ飛ばせるが、命中させにくいし、火薬の取り扱いが酷く扱いにくい物だと感じている。


 港湾都市ミオヘルンに集結した帝国海軍の大型ガレー船は帝国の海軍の中核を担う北洋艦隊のほとんどだった。


 大河ワーカムの河口に広がる大きな港の一角にある帝国海軍省西部本部で先ほど辞令書を受け取り、新たな艦長として赴任してきた艦だがガレー船独特の匂いには何時までも慣れないなと思う。


 中核艦隊45隻の内10隻の指揮官として提督の称号と少将の位を得たばかりの新米提督だが、海軍の軍歴は30年になる。


 ボネの名は持つが、土地を持たない法衣貴族の出で3男と言う兄弟の位置は、成人してすぐに海軍へと入る動機になった。

 一つ上の次男は陸軍へ入ったので、海軍しか選択肢がなかった、軍隊の中までも兄の下に居たくなかったのだ。


 現在45歳新任の提督としては早くも遅くも無いと言った所だと思う。


 今回北洋艦隊の大型艦の全てがここ(港湾都市ミオヘルン)に集結したのは、新兵器の装備を行う為だった、当初の予定では、全大型艦に大砲を装備予定だったが、実際は20隻の船に装備しただけに終わった。


 噂では、大砲の製造にかかわっていたヴァン国人(ドワーフだろううな!)が帰国したため大砲の製造が出来なくなり、大掛かりな工房を代わりに作ろうとして、強制的に徴用された職人達がボネ伯爵に助けを求め大砲の製造が覚束なくなったそうだ。


 しばらく新たな供給が無くなった大砲を試験的に運用するため、納入されていた在庫の中から20門が北洋艦隊に配備され、運用を行うことになった。


 大砲の運用は、新たに訓練された小隊15名が担当し、小隊長のリーデア中尉が火薬の管理を含めて大砲全般の運用を担う事になっている。


 早速彼の提案で、船首に火薬の保管庫を作ったが二重の壁や気密性、火気厳禁など対応に戸惑う事ばかりだ。


 北洋艦隊司令長官マラカニウス閣下の元には、大砲を運用する中隊300名の指揮官ソーデアン少佐が居る、中隊には魔通信機が中隊専用に配備されていてる。

 そして戦闘中の射撃の指示はソーデアン少佐の魔通信での提案を私が尊重して行わなければならないそうだ。


 北洋艦隊は新装備の装備が終わると、大砲の運用を試すため北の海へと出航した。


 夏の北の海は比較的風も波も穏やかで、演習を行うには絶好の日和だ。


 訓練は大砲の試射だけで無く、大砲を用いて艦隊戦を行う場合の艦隊の運用方法や魔弩砲も含めた全体的な戦闘訓練を行った。

 14日ほど訓練を行った頃、北洋艦隊司令長官マラカニウス閣下からの通信で一艘の小型船の捕獲作戦を急遽行うことになった、と命令が下った。


 ヴァン国の港町ジュヘイモスへ向かって航行している、妖精姫と呼ばれるカスミ・ヴァン・シルフィード姫の拘束か乗船カモメの破壊を行うように帝国海軍省西部本部からの魔通信での指令だった。


 帝国はヴァン国へ戦争を仕掛けようとしているのだろうか、一国の王族への攻撃は容易に反撃を招く結果になるだろう。

 だが、命令からははっきりと船への破壊が命令されている、姫の拘束を言いながら船を破壊して殺害してしまうことが分からないのだろうか?

 拘束したいのか、殺害したいのか?

 どちらにしろ、軍人は命令に従うだけだ。


 港町ジュヘイモスへ3日程航海すれば到着する場所で北洋艦隊を待機させ、妖精姫が通るのを待った。

 そこに商業同盟の武装商船が30隻集まってきた、こちらの邪魔をする積りだろうか?


 判断を迷っている間に、北洋艦隊司令長官マラカニウス閣下から商業同盟については無視するように命令があった。

 帝国首脳部は何を画策しようとしているのだろうか、好奇心が湧いてくるが軍人は自分の気分次第での行動は起こしては為らない。

 あくまでも命令に基づいて行動するのだ。

 無視しろと言うなら、彼らは居ないものとして行動しよう。


 「小舟が見えます!」と見張りからの報告があったのは、昼8時(午後1時)で当直交代で見張りが交代した直後だった。

 すぐに北洋艦隊旗艦へ同じ内容を知らせると、配下の船に戦闘準備を命令する。

 北洋艦隊旗艦からの命令で戦闘態勢へ入れと命令があり、戦闘態勢を配下の船にも知らせ、艦にも戦闘態勢を取らせる。


 戦闘態勢を取る為に走り回る乗組員達の中から、大砲小隊の隊長リーデア中尉が私の方へと走ってやってきた。

 「サー、ソーデアン少佐より伝言であります。」

 「不審な魔通信があり、マラカニウス閣下はこれをカスミ妖精姫からの魔通信と判断、視認しているハイネンク艦長イベルジ海軍提督に同じ魔波長で話すように命令を出した、少佐のソーデアンはこの命令をマラカニウス閣下の承諾の元伝えるものである。」

 「話す事は、帝国からの命令の内容を伝えて、投降を勧めるように。」

 「以上であります。」と帝国海軍式の敬礼を行うと、魔通信用の魔道具を私に渡してきた。


 「ご苦労。」と敬礼を返しながら、好奇心が又湧いてくるのが分かった。

 「妖精姫へ話すが、他に何かあるか?」と聞くと。


 「ハッ、ありません。」と敬礼するだけだった。


 さて楽しみだな、どのような人なのだろうな北洋艦隊総出で止めようと出張る程の人とは?


 「こちらは帝国上級戦艦ハイネンク艦長イベルジ・アンプ・ボネ海軍提督だ。」

 「貴艦はカモメかな?」

 確認しないと始まらないから先ずは聞いてみよう、では人に聞くなら自分から名乗らなければな。


 「こちらはカモメ艦長カスミです」

 「なぜ前方を塞いでいるのか理由をお聞かせ願いたい」

 返答があった、この人が妖精姫か思っていたより柔らかい声をしているな。

 理由は俺も知りたいよ、宮仕えは此れだから辛いよなぁ。


 「ボネ海軍提督だ、貴殿への拘束命令により行動している。」

 「ここはおとなしく拘束されることを進める。」

 「当然反抗する場合は、武力による鎮圧が命令されている。」

 俺は、軍人だぞっと、これを伝えれは仕事は終わるな。


 「ボネ提督貴殿の命令内容を確認した、私は不当なる拘束命令には断固拒否する」

 「戦闘行為も辞さない、以上だ後は地獄で会おう」

 うおぉ、宣戦布告だよこれ、嫋やかな女性かと思っていたら、えらい威勢の良い人だな、地獄で会おうって地獄を見せるぞってか?


 この言葉をそのまま旗艦へ告げると、戦闘開始の命令が下った。

 命令が下り次第、魔薬を櫂の運用員へ飲ませるこれで2時間は全速力での機動が出来るだろう。

 今は敵と成った、カモメを探す、すると先ほどまでいた場所から消えている、副船長にカモメの位置を聞くと遥か南東を指さした。

 見つけた、何と! 時速20ワーク(30km/h)は出ているのではないだろうか?

 船首からリーデア中尉の小隊が大砲を撃つ音と砲煙が見えるがカモメの近くには水柱は見えない。


 旗艦の近くの艦が火を吹いた、あれが竜騎士を退けたと言う火球砲か?

 立て続けに旗艦の周囲で火球が発生する、あれは旗艦じゃ無いかな?

 魔通信の通信が途絶えたと通信兵が知らせてくる。


 指揮は次席指揮官のパーパス・ノイデ中将が引き継ぐと通信が入った。

 命令は引き続きカモメを追って砲撃するようにとの事だ。


 カモメが艦隊の南端へ行きつくと90度回頭して、攻撃を続けているあそこは次席指揮官のパーパス中将が居る方だ。

 南端から火柱が見えると、パーパス中将から指揮を譲ると連絡があった、乗っている船が大破したそうだ。

 本人も負傷したと連絡があった、私が指揮官になってしまった。


 いきなりの指揮官だがこんな状態ではできる事は少ない。

 明らかな負け戦なのは見るだけで分かる、しかも艦隊の中核艦が一塊になって身動きできなくなっている。

 直ぐにでも一塊になっている状態を解消しないと、艦同士がぶつかってしまうだろう。

 周囲に居る艦から順次離れさせていると、中心部に居た数隻の艦が火を吹いた、しかも次々に誘爆しながら周りの艦へも火が付いていく。


 離れろと命令を出そうとした時、1隻火を吹いた友艦がこちらへ突っ込んできた。

 これまでのようだ、本当に地獄で会うことになりそうだな、と思った所で爆発に巻き込まれ意識を失った。


 戦艦ハイネンクは沈んだがイベルジ海軍提督は海に投げ出されて浮かんでいる所を、救助に来たボートに助けられた。

 生き残った最高位の指揮官だった。

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