第24話・3 (閑話)商業同盟

 1ワーク(1.5km)離れた相方の船の進路変更を見ながらドーソン船長は、部下に後方のカモメの進路上に位置を置けるように帆の角度を調整させる。

 2隻の位置取りがカモメ捕獲の成否を左右する、常に進路の前方に位置し、カモメに両船の間を通る航路を取らせなければならない。


 何時もなら勢子役の高速船が獲物の後ろから進路を妨害しながらこちらへと追いつめてくれるのだが、今回は獲物の速さが尋常では無い。

 用意した船10隻全てが追いつけなかった、それどころか見ているだけで諦めてしまった勢子役の船もあった。

 罠役のこちらにしても連絡を受けた時点で、海峡に居た我らしか間に合わない。


 この仕事を受けたのは、3日前港町カナントで荷下ろしを行っている最中だった。

 連絡役でやってきたのは、商業同盟の仕事を始めた時からの顔見知りの、ヴァン国人のノスリだった。

 彼は何時も連絡を伝えると内容を確認する俺には関心が無いとばかりに、無表情に佇んでいるが、今日は違った何か表情が浮かぶ事の無かった顔に暗い情熱のような物を浮かべている。

 「ドーソン船長、商会からの指示は急ぎだとのことだ、今の荷揚げを中止してでも出航してもらいたい。」

 ノスリの顔に若干の好奇心を感じたのは錯覚だったのだろうか?いつもの平坦な声で伝えてくる。


 「荷上げを中止ですかい、それは却って遅くなりますぜ、雇った人足や卸先の商会が黙ってないでしょう。」

 無茶苦茶な指示に、これから対応しなければならない厄介事を頭の中に浮かべながら、出来れば荷下ろしは終わらせたいなと思う。


 「そちらは、こちらで対処済だ、彼らは何も言わないだろう。」

 ノスリ、は表情を変えずにすべて対処済みだと知らせる。


 尋常では無い事態のようだ、商業同盟は全てを置いて、今回の仕事を優先しろと言う、一体何事があると言うのだろう。

 部下を呼ぶと、作業の中止を命令する、ごねる部下にノスリの方を示して拒否できる事ではないことを知らせる。

 部下が慌てて去っていくと、ノスリへ今回の仕事の内容を聞く。

 「ノスリ殿、今回は急いでいるようですが、仕事の内容を聞かせてくれませんかね。」


 「1艘の船を捕獲してほしい、相手は高速で移動できるカモメと言う名の小型船だ。」

 「捕獲対象は一人、10歳に見える女だ、妖精族の魔術師でしかも練達の高位魔術師でもある。」

 またもや顔に少し表情が見える、これは好奇心のようなそれで居てこちらを危ぶんでいるような気もする。


 「魔術師に対抗できる魔術師がこちらに用意できているんですかい?」

 妖精族は初めてだな、しかも魔術師だけでも厄介なのに、さらに手練れで高位魔術師だって、商業同盟は一体だれを攫おうとしているのだろう?


 「こちらに、魔術師は何人か用意した、彼らを船に乗せてほしい。」

 「船を丸ごと捕獲したいので、ロープで引っ掛ける罠を用意した、相方となる船も直に後を追って海峡に行くから用意をして待っていてほしい。」


 「勢子になる船も用意した、高速船を10隻集めたので、追い込みで活躍してくれるだろう。」

 「ただ高速船でも追いつけ無いので、前方に展開してリレーさせて追い込む作戦だ。」

 「罠用の船も用意出来次第、順次送り出す予定だ。」

 ノスリは手順を説明しながら焦っているようでもある、狙う相手が近くに来ているのだろうか?


 「何時頃来るのか、目途はありますか?」

 焦っている理由を聞きたくて質問して見ると。


 「カモメの船足が早いのだ、位置は傍を通る船から帆が無い船が凄い速さで通り過ぎた、などと船の信号旗で知らせて来るのを通信魔道具を備えた船で中継しているので位置は追えているのだが、今の位置を予測するともう直ぐ海峡に入る頃なのだ。」

 何と帆が無くて早く航行できる船とは、船毎確保したくなるのは誰だって考えるだろうな。


 「分かりました、作業を急がせて海峡の入り口で捕まえられるように用意します。」

 


 荷下ろしを中止して、出航できるようにするには、乗組員や荷下ろしが途中までなので、積み込む荷との整理などやはり時間がかかり、出航は次の日の日の出と共に出航した。

 海峡の入り口で相方となる船との間にロープを水面下に張る作業を終わらせた。

 後は間を通る船の船底にロープに取り付けた鈎爪が食い込むように相方との間を大きく開けて通りやすくする。


 後は、助ける名目で船に乗り込み乗員を取り押さえれば終わりだ、その時の為荒事になれた冒険者や魔術師を乗せている。


 相方になった船はよく知っている帝国船籍のハドリアヌス船長なので、操船は問題ないだろう。

 お互いの船の間にロープを渡し鈎爪もロープに取り付けた、お互いに十分な距離を取り海峡へ向かってゆっくりと進み始めた。


 魔波通信によると、獲物は海峡へ向かって驚異的な速度で移動しているらしい、勢子役の高速船でも追いつけ無いと連絡してきた。


 獲物の状況を考えると、他の罠船は間に合わないだろう、俺たちの船だけが獲物の前に居る、連絡してきた獲物の進路から獲物の前に2隻の中ほどを通るように1ワーク開けて罠を張れている。


 獲物が1ワークほどの距離まで近づいた時、右舷側に舵を切って、俺の船の更に右側へ迂回する方向へ進み始めた。

 慌てて、帆を調整して右舷へ進行方向を変える、其れと同時に相方の船にも方向の変更を知らせる。


 ゆっくり右舷方向へと方向を変えている時に、船が岩礁に座礁したような衝撃が船を襲った。

 こんな海峡の広い場所で岩礁なんてありえない、と思って船べりから海面をのぞき込もうと歩き始めた時、ロープを固定していたミズンマストがギシギシと音を上げ始め、ロープに引っ張られた船尾毎海面へと沈み始めた。


 ロープが海底の何かに引っかかったのかもしれない、と考えたがここは海底まで数100ヒロあるはずだ、海底に付くほどロープを弛ませてはいなかった。


 しかし、船尾が海面すれすれまで沈み、船首は海面から出ているのをしがみ付いた舷側から見ていたドーソン船長は海から現れたその魔物を見て悲鳴を上げた。

 「ウワーッ、ヒー 魔物だ!」


 海から顔を出した魔物は一度潜ると、尾びれで船に一撃を食らわせた。

 それだけで、船は左舷側が消し飛び、あっという間に沈んでいった、多くの乗組員を乗せたままドーソン船長も一緒に。


 魔物は2隻の船を尾びれの1撃を2回行って沈めると、他の船には見向きもせずに再び海中へと潜っていった。


 この事件があった後、この海域では2隻の船が組んで行う網を使った漁は行われなくなった。

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