第24話・1 (閑話)ビチェスの海賊

 ビチェスの都市はごちゃごちゃしていて海賊が根城にしている都市としては大変ふさわしい乱雑さだ。

 この町は、海賊と奴隷と砂漠のオアシスから出来ている。


 このビチェスに人が住み始めたのは古い、すでに1万年前には住んでいたそうだ。

 周りを砂漠に囲まれた、入江にある天然の港町、オアシスとして飲み水が豊富にあり、港として船が入れる湾がある。


 最初はオアシスの住人が交易目的で始めた船乗りだったが、直ぐに曲刀を持った海賊になった。

 ここは貿易の中間点として沖合を通る船が多かったのだ。


 中間貿易で儲かりそうな気がするが、船が立ち寄るのは北大陸の港や北の国に属する島々の港だった。

 南大陸には交易する物が少なく、ビチェスの町も水とオアシスの岸辺に植えている木の実ぐらいなものだった。


 指を銜えて通り過ぎる船を見ていた彼らが大陸からの風を追い風に海賊になるのは直ぐだった、あまりにも欲望に忠実な彼らを非難するのは簡単だけど、状況が変わることは無い。


 海賊になって直ぐ船や荷よりも人が金になることを知った彼らは、さらに大きな集団になり小島や村、果ては比較的大きな町を襲いだした。


 海賊の方も纏まって行動する為に海賊の頭的な存在が出てきて港町は都市として大きくなっていった。


 更に海賊を纏める存在が東の国に居た、千百年前にビチェンパスト国の前身のパスト村にビンコッタの海戦で散々叩かれて海に散ったルクデス・サルワ・キク・カクタン王。

 ルクデス王の後継者達が何度かの王朝の変遷を経て3百年前に出来た国デダヌーン・アクディム・カッラ国。


 カッラ国は水と太陽の神を崇める政教一致の国是を引き継ぐ国で、北大陸への進出を帝国に阻まれ、南大陸へと進出していった。


 彼らは宗教で人心を集め、太守と呼ばれるカッラ国の王の代理人が海賊の行為を正当化することで都市の住人の賛同を得て都市を治めた。


 カッラ国は北大陸の黒の海から西の全ての国と人をカッラ国の敵と認定し、彼らを正義の名の元に奴隷にすることを奨励したのだ。


 ここビチェスの太守グス・デデク・カッラは奴隷出身だ、幼いころ親と一緒に浚われカッラ国の王宮に買われ王妃の奴隷の一人となった。

 その王妃が生んだ子が今の王と成ったお陰で彼も出世しビチェスの太守になる事が出来た。

 彼は、奴隷として仕えた王やその母の与えた命令に従うことに何の疑問も持って無い。


 彼がここビチェスへ行く前に王から命令されたのは、更に奴隷を集めカッラ国へと送れと言う事だった。


 その彼がビチェスの都市を見下ろせる街の中心に築かれた太守の砦にして館の部屋から町を眺めている。

 その手には、ビチェンパスト国の王都に潜ませている間諜の一人から船を使ってまでして送ってきた報告書がある。

 報告書には衝撃的な事が書かれていた、これを何度も読み返す内に彼の中で歓喜が沸き上がってきた。


 間諜の彼が情報を買い取っている闇ギルドからの情報に帝国の正式な布告で「帝国はカスミ姫の身柄を身も心も傷がなければ、言い値で買う!」と言う内容を知らせて来た。


 そのカスミ姫がビチェンパスト国の王都に滞在中で、もう直ぐ自前の船で出航してヴァン国へ向かうとある。

 又、自前の船その物が驚異の船で、櫂も帆も無く風上へ自在に進める船と言うだけでも凄い。

 建造時に使ったと言う合板、これは木と木を接着剤でくっ付ける物で従来の物より強力で水に強く、大木から切り出さなくても柱や板をそこらの屑材から作れる物らしい。


 グス太守はこのカスミ姫を捕まえれば奴隷として、その価値は計り知れないだろうと思う。

 帝国が言い値で買うと言うはずだと思った。

 同時に何としてでも捕まえて、デダヌーン王に奴隷にして献上したいと強く思った。


 グス太守は最初に、海賊島の手下に櫂も帆も使わない船の情報を伝え、何としてでも捕まえろと命令を出した。

 と同時にアデュパスの町へも念の為この情報を流した。


 グス太守はビチェスの町の海賊の主だった頭達を緊急に集めると、この件について褒美は望むだけ出すと言い切った。

 更に詳しく船の情報を話し、一筋縄ではいかない事、海賊の包囲攻撃しか手立てが無い事なども話して、少しでも活躍すれば膨大な褒美を出すと更に煽るのだった。


 そして、海賊島を突破された場合に備え、全船団の出航の用意を命じるのだった。

 グス太守は、海賊島の船では風に頼らない船には対応できないだろうと判断していた。


 最も確実なのは包囲する事だと考えている。


 先ず行う事として、西へ進めないように火の壁にする為の多数の仕掛けを急いで作らせた。

 この仕掛けは、ロープで筏や小舟、大樽などを繋いで原油を満載した、海に浮くものなら何でも使っている。

 これに火をつけて風上から流せば行く手を遮る火の壁になるだろう。

 太守の権限のありったけと用意できる金の全てを使って火船の用意をさせるのだった。


 海賊島からの魔通信で獲物がパンレッテ海峡を通過した事を知った。

 配下の頭達に全員一丸となって出航するように命令した。

 命令はただ一つ、「西へ行かせるな!」だった。


 火船の用意はまだ出来ていないが用意出来次第数隻の船に乗せて持って行けるように手配した。

 火船の用意が出来たのは2日後だった、グス太守もその船の一隻に乗って出航した。


 帰って来る事はなかった。

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