第18話・2 (閑話)闇のドミノ

 カーク・クゥノシン・ボネ・アルブレヒト神聖ロマナム帝国のビチェンパスト王国大使は、受け取った手紙を読んで、頭を抱えた。

 「この様な事、どう行えというのでしょう。」


 すると、帝国から手紙を持参したエルバシッド子爵はカール大使に向かって淡々と説明する。

 「カーク大使様、宰相閣下は段取りを終わらせて後、私目をヴィチェンバスト王国へ派遣しました。」

 「帝国の各港から傭兵を乗せて来た商船が5隻、今パスト港へ入っています。」

 「全員がそろえば50人からの人数になります、彼らは此れまでにも帝国の裏の仕事を受けて成功させてきた実績のある者共です」


 「相手は親衛隊50騎の突撃を一掃した者たちですよ、傭兵50人でどうにか成るとでも思っているのですか?」

 と益々落ち込んでしまったカーク大使に対して、エルバシッド子爵は宰相閣下の側近として今回のヴィチェンバスト王国での作戦立案者として、妖精姫の戦力分析は行っていたので自信を持っている。

 「カール大使様、お任せ下さい、作戦の算段は立っています。」

 と自信をわざわざ表に出して言い切る。


 「私からカーク大使様へお願いしたい事は、懇意にしているビストール王国宰相殿へカスミ姫を、いえ、ここは傭兵”モクレン”の頭が良いですね、帝国が騒乱罪で手配した犯罪者として協力をお願いするだけです。」

 「そして、息子のリリエビッチ子爵に、そうですね・・・内密でとでも言って帝国の皇子暗殺容疑者も付け加えて賞金を出す・・・大金だとか適当に言って下さい。」

 「我々に協力して彼の配下を前に押し出して妖精姫の捕縛へ行ければ良いですね、彼から皇子暗殺犯捕縛に積極的に協力するように誘導していただければありがたいですね。」


 「実際皇子が重症を負った事件ですから、それに同じ日では無いにせよ側近2人と側妃が妖精姫に返り討ちにされていますからね。」

 「でも皇子殿下が重症を負った件は匂わせる程度にしてくださいね、部下と側妃の件は暗殺犯に皇子をかばってとか適当に伝えてください。」

 「もし彼の手助けが無い場合は、王都の闇ギルドの者達を借りる算段がついていますから。」

 と用意周到に手だてをつけていると話していたが、急にカーク大使へ向き直ると淡々と話しだした。


 「不死身の殿下ですから、瀕死の状態から7日で完全に復帰されました、聖女様がついている限り殿下は不死身ですから、皇位継承者は皇子殿下で間違いないでしょう。」

 とエルバシッド子爵はボネ派に所属するカーク大使に対して最後の方の語調を強めて言う。


 「重々分かっております、私はボネ派と言っても宰相閣下の部下、この身の処す所は理解しています。」

 カーク大使はオドオドと言い訳するようにエルバシッド子爵に言う。


 「それが分かっていれば、宰相閣下も大使様の帝都へのご栄転へと動けると言うもの。」

 宰相閣下の指示は2つ、妖精姫の捕縛とカーク大使への立場の確認だった。

 宰相閣下は皇帝陛下の意向に沿って動いており、次期皇帝選定へと動き出していたのだ。


 「では、これにて失礼させていただきます。」

 一礼すると、エルバシッド子爵は大使の部屋を出て行った。


 エルバシッド子爵は大使館の彼が泊っている部屋へと帰ってきた。

 その部屋では、一人の男が彼を待っていた。


 「おかえりなさいませ、子爵様」と膝を屈めて礼をする男。

 「うむ、待たせたな。」とエルバシッド子爵が男に言う。


 「大使にビストール宰相とリリエビッチ子爵への工作を依頼した、旨くいけばリリエビッチ子爵の手の物に手助けさせられるようになる。」

 と男改め、影の頭へ先ほどの大使への話を纏めて知らせる。

 彼は、このビチェンパスト国で帝国の影の活動を統括する男でビチェンパスト国の闇ギルドとも持ちつ持たれつの腐れ縁の仲だった。


 「手筈は大丈夫か?」とエルバシッド子爵の関心は妖精姫の捕縛にある。


 「は、傭兵50名は待機させています、何時でも出動できます。」

 「闇ギルドへもリリエビッチ子爵の助けが無い時の為に準備だけはさせています。」

 と礼を続けながら影の頭が答える。


 そんな準備万端と受け答えする影の頭へ、敢えて意地悪な事を聞く。

 「ジェリモネフリッカの町で闇ギルドに襲わせて失敗したんだってね。」


 それを聞いて影の頭の体が揺れた、知られたくなかったようだ。 

 「地獄耳ですな、まいりました、全くその通りでございます。」

 「闇ギルドに出入りする冒険者に待ち伏せさせて、多勢に無勢大人数で囲んでしまえばどうにでもなると思っていましたが、囲む前にこじ開けられて逃げられてしまいました。」

 膝を屈めたまま肩を竦めてお手上げポーズをする影の頭。

 「逃げ足も速いようで、妖精姫達はその日のうちにジェリモネフリッカの町から逃走、王都まで一切の痕跡を追えませんでした。」


 諦めたような、影の頭の言葉に、エルバシッド子爵が気になって踏み込んだ質問をする。

 「今妖精姫の居場所は分かっているんだろうね?」


 「それが、宿を引き払った後、妖精姫の部下が船工房には出入りしているのを確かめているのですが、妖精姫の居場所がさっぱり分かりません。」

 今度は諦め切った顔で答えた。


 「それは、計画が実行出来ないと言うことかい?」と怒りの籠った声が出る。


 「そうではありません、今船の艤装中ですので、それが終われば船に妖精姫も移動します。」

 少し慌てて返答する影の頭。

 「襲うのは、船に移動してからです、夜船をボートで囲んで四方から乗り込みます。」

 「リリエビッチ子爵の加勢がある場合は囲んだ後、彼に臨検として踏み込んでもらいます。」


 「襲撃の手順は分かったが、今の居場所が分からないのは不安だね」とエルバシッド子爵は信用していないようだ。

 「妖精姫の部下を捕まえられないのかい?」疑問があるとエルバシッド子爵の顔が言っている。


 「妖精姫の部下達ですが、我々の闇魔術師より実力は上です、彼女らに警戒されると近寄れません、さらに王都の食べ歩きを良くするのでしびれ薬や睡眠薬、麻薬に魔薬まで使いましたが全然効きません。」

 「最後は毒薬を致死量入れた料理を食べたのにケロっとしていました。」

 今度こそお手上げだと、首を振る。


 それを見てエルバシッド子爵は逃げられた場合を想定した方が良いだろうと考えた。

 ヴァン国への航路の最後に北の海を通るしかない、そこに帝国海軍を貼り付けよう。

 冒険者ギルドへも依頼として手配しよう。

 人さらいの専門家共がいたな、商業同盟に妖精姫の情報を流して置こう。

 あっという間に失敗したときの対策を考えると、影の頭に退席するように言う。

 「闇ギルドへ行ってもう一度確認してこい、妖精姫の居所を探してこい。」


 エルバシッド子爵から部屋を追い出された影の頭は、そのまま大使館を出て、港へと歩いて行く。

 港に隣接した路地に入ると、ある一軒の酒場に入った。


 酒場の中は入り口の右側にテーブルが10程、左側は一面カウンターテーブルがあり中に据え付けた大きな酒樽の前に座って睨みを利かす大男で髭面の酒場のマスターが居る。


 昼の今の時間から飲んだくれている船員達を見ながら、マスターは入ってきた男を見る。

 目と顎で店の奥のドアの無い出入口を示す、そこは汚れ物を下げたり、湯がいたソーセージの皿に辛子を付けて運ぶ女達が忙しく出入りしている。


 影の頭はマスターに軽く頷くと店の奥へと進む。

 店からの視線を遮るように置かれた衝立の奥に入っていく。

 そこは洗い場と厨房があり、さらに奥に部屋へのドアがあった。


 ドアを軽くノックして、返事を待たずに中へ入ると中は事務所だった。

 事務所では書類を積み上げた机の向こうに男が一人事務仕事をしていた。


 「やあ、ドン景気は如何だい?」


 「これは、旦那じゃありませんか、こんな昼日中からどうなさったんで?」

ドンと呼ばれた男は、影の頭へ驚いた表情で問いただす。


 「良い知らせがあったからね、リリエビッチ子爵の手勢が手助けすることになったよ。」

 とエルバシッド子爵からの情報を知らせる、続けて彼の方に何か情報は無いかと聞いてみる。

 「そっちは如何だい、何か進展はあったかな?」


 「どうやら獲物の部下たちは既に船に移動しているようです、そこで寝泊りしていやすよ。」

 ドンの口ぶりだと確信があるようだ。


 「獲物は一緒にいるのか。」急に希望が出て来た。


 「居るかは確認できていませんが、船大工共に酒を飲ませて聞いてもはっきりした事は言わんのですわ。」

 「ただ子供が手助けしてくれるとは話してくれたので、船に居るのは間違いないでしょう。」

 影の頭は獲物の情報が聞けたので、エルバシッド子爵への報告を安心して行えると安堵した。

 襲撃を何時にするのか段取りを考えないとな。


 「旦那、リリエビッチ子爵の手勢が手助けするってことはこっちは見張りだけで頭数そろえる必要は無くなったんですかい?」とドンと呼ばれた男は聞きたいことを聞く、別に彼の手下ではないので遠慮はしない。

 聞いておかないと金が絡むので、早く知りたいだけだ。


 「そうか、手配はしてくれ金は出す、だが役に立たなければ金は手付だけだ。」

 と影の頭は失敗したら前払いだけで、成功報酬は無いと伝える。


 「旦那も心配でしょうが、こっちも商売なんで最低でも半額は払ってほしいのですがね。」


 「金が欲しけりゃ、成功させろ、と言いたいところだが見張りだけになるかもしれんのだったな。」

 「見張りだけになったら、見張り用の金は全額払おう、だがカチコミするとなったら成功報酬にする。」

 「で、失敗は前金だけだ、それは変わらん。」


 影の頭の言い分に納得した訳では無いが、ドンにも立場があるし、金も必要になる。

 「必要経費は払ってもらいますよ、其れで良いならこちらも了解しますよ。」

 ドンも赤字にさえならなければと半ば諦めて納得する。

 そして、更なる儲けの為、影の頭に噂の確認を取る。

 「旦那、帝国は妖精姫の身柄に懸賞金を掛けたそうですね、幾らなんですかい?」


 「ドンに知らせて無いとはうっかりしてたな、これはあくまでも身柄を拘束した者との取引での賞金だと言うことを前提にしている。」

 「帝国はカスミ姫の身柄を身も心も傷がなければ、言い値で買う!」


 それを聞いたドンは顔を引きつらせて、思わず声が出てしまう。

 「そいつぁ剛毅だ、でも帝国に払える金額より上をいう奴絶対出てきますよ。」


 「その時は魔金属で支払うことになる。」と影の頭も決まりきったことを淡々と言う。


 「それはその通りでしょうね、それしか支払いようが無いですからね。」

 ドンも金額が想像できないのか、魔金属など貴族以外が持たないし使わないので貰っても使えないだろうと思う。

 しかし、物は考えようでこの情報だけでも良い金になりそうだとドンは思う。

 「旦那この話、今流行りの保険とか言う奴で、今回の仕事の保険に利用させてもらっても良いですかね?」

 保険とは、商業ギルドが冒険者ギルド員に対して行っていた事業で、これに味を占めた商業ギルドが始めたばかりの事業だった。


 「保険?なんだそれは?」

 「今やってるのは、冒険者に対して受けた仕事を失敗したときの罰金の支払いとか、船の荷の仕入れの失敗で出た損失を契約時の金額まで払ってもらえるとかですね。」


 「失敗した時金が戻るのか?」よくわからんと顔をしかめる影の頭。


 「ええ、でも保険の契約をした時の内容次第で変わりますけどね。」

 ドンは保険を良く知っているようだ。


 「お前は、今度の仕事が失敗すると言うのか。」と保険より失敗の言葉に怒りを覚えたのかドンを詰問する。


 「いえいえ、保険とはあくまでも、もしもの為ですよ。」

 「旦那も絶対成功するとまでは思っていないでしょう?」

 ドンは影の頭をなだめようと媚びるように言う。


 「確かに絶対など思って無いな。」

 影の頭もドンの言葉に改めて今回の計画の危うさを知っているので納得するしかなかった。

 「では、保険としてどこかに金を払うのか?」


 「逆ですよ、逆、先ほどの旦那の言ってた事を海賊共に売るんですよ。」

 ドンは今度は嬉しそうに言う。


 「言い値で買うってやつか?」影の頭は半信半疑と言う所だろう。


 「万一逃げられても、海なら海賊が捕まえてくれますよ。」

 ドンはとうとう本性を現して目も口も吊り上げこれぞ悪役と言う顔を見せる。


 「分かった、保険を掛けようじゃないか。」

 「もう一度言うぞ、帝国はカスミ姫の身柄を身も心も傷がなければ、言い値で買う!」


 この保険がのちにカスミ達の前に立ちふさがる厄介事の切っ掛けになるとは、カスミ達には知る術のない無い事でした。

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